10. 足跡を辿る



「ラヴィスさん! 大変です!」


 騒がしくドアを叩き開けたのは、俺と同じくこの屋敷に住み込みで働いているメイドのミーナだ。


「どうした!? まさか、お嬢様になにか!」


 すぐさま身構えて立ち上がる。


 ミーナはマリア様の専属メイドだ。その彼女が早朝から俺のもとへ駆け込んでくるなど、お嬢様に何かあったとしか考えられない。


「お嬢様が……お嬢様が!」


「落ち着け。何があった?」


「お、お嬢様が……お部屋にいらっしゃらないのです!」


「なんだと!? よく探したのか?」


 話しながらも早々に部屋を駆け出して、マリア様の部屋へ向かう。


 マリア様は度々俺たちの目を盗んで一人行動をとることがある。


 ランニングや筋トレなどの謎の特訓に行っていることもあれば、リンクの研究室にいることもある。


 一人で街に出ているかと思えば、厨房でこっそり筋力増強スムージーなるものを錬成していたり、倉庫で魔道具を触ってはうっかり壊していたこともあった。


「厨房や倉庫は?」


「いらっしゃいませんでした」


「庭には? お部屋のクローゼットのなかに隠れているなんてことも」


「探しました! 屋根裏もベッドの下もゴミ箱も机の引き出しも!」


「いや、いくらお嬢様でもさすがにゴミ箱や引き出しの中には入れないだろう」


「とにかく! 何処にもいらっしゃらないんです!」


 青ざめた顔で、ミーナが声を震わせる。その尋常ならざる様子に、いつもの隠れんぼではないと悟る。


 俺は急ぎ、ノックもなしにマリア様の部屋のドアを開けた。


 部屋の中はいつも通り綺麗に片付いている。


「特に荒らされた様子もないな」


「はい。窓にも鍵がかかっていました。部屋のドアはいつも通り鍵はかかっていませんでしたが……」


「どちらにせよ、屋敷自体の施錠は俺自身も昨夜見回りをして確かめた。外部から誰かが侵入してお嬢様を攫ったということは考えにくい」


「お嬢様がご自分でお部屋を出ていかれた、ということでしょうか」


「ほかに何か変わったことは?」


「あ、そういえば、外出用のランプが一つなくなっていました」


「ランプが? ……もし、お嬢様が持ち出したのだとすると、夜に外へ出て行かれたということになる」


「では、お嬢様は昨夜からお戻りになられていないと!?」


 ミーナは青ざめて口元を手で覆う。


「お嬢様が行くところは限られる。ひとまず、俺はお嬢様の店を見てこよう。ミーナは旦那様と奥様にこのことをお知らせして指示を仰げ。おそらく、旦那様のことだからすぐに警備隊へ通報するようにと仰るだろう」


「は、はい!」


 ミーナは返事をして部屋を駆け出した。


 俺は通信機を取り出して、先日登録したばかりの連絡先を呼び出す。


 応答を待たずに屋敷を出て丘を駆け下りる。だが、何度呼び出してもマリア様の通信機が応答することはなかった。


「クソっ、肝心な時に使えないな」


 諦めてリンクの通信機を呼び出す。まだ寝ているのか、なかなか出ないのがもどかしい。


『……もしもし?』


「遅い! 呼んだらすぐに出ろ!」


 やっと応答したリンクに開口一番文句を浴びせる。


『いや、朝早過ぎるでしょ。今何時だと思ってるの?』


「朝の五時半だ! 十分寝坊だろう!」


 リンクは夜型人間なので朝に弱い。そのことは昔からよく知っているが、そんなことは今どうでもいい。


「おまえのところにお嬢様はいるか?」


『マリアさん? こんな朝早くに来るわけないよ』


 呑気に答えながら、欠伸をするリンクに舌打ちが出た。


 どうかリンクのところに居てくれと願っていたのに。当てが外れた。


「それなら今すぐお嬢様の店まで来い」


『ええ? なんで?』


「いいな、五分以内だ!」


『は? そんな無茶な。今起きたとこ』


 リンクが言い終わる前に通信を切る。言い訳なんて聞いている暇はない。


 走って五分後、マリア様の店に到着した。外観は特に異常はない。いつも通りの店だ。


 息を切らしながらドアノブに手をかける。鍵を開けてもいないのに、ドアが開いた。


「鍵が……」


 嫌な予感に冷や汗が流れる。


 この予感が外れて、店の中には笑顔のマリア様がいますように、と祈る。


「あら、どうしたのですかそんなに慌てて。さてはラヴィ、寝坊しましたね」


 からかうように微笑むマリア様を想像して開けたドアの向こうには、信じられない光景が広がっていた。


「な、んだ……これは……!」


 壊れた棚、そこから落ちた魔道具たち。大破した椅子に、火の消えたランプが床に転がっていた。


 明らかに何者かが侵入して荒らした跡、さらに言うなら争ったような形跡がある。


 毎日のように過ごしてきた店とは思えない変わり果てた景色に愕然としながらも、なんとか店の中へ踏み込んだ。


 何気なく拾い上げた椅子の脚を見ると、血のあとがついていることに気付いて息を呑む。


「……っ!」


 まさか、マリア様が何者かに襲われたのか。この血は、マリア様の──?


 そんな可能性を頭に思い浮かべるだけで血の気が引く。


「え!? なにこれ? 一体なにがあったの?」


 背後から聞こえてきた声に振り返る。寝癖のついたぼさぼさ頭のリンクが、店の入口で店内の惨状に目を丸くしていた。


「お嬢様が……いないんだ」


 リンクの問いかけに答える声が震える。


「なんだって?」


 聞き返しながらリンクは店内に入り、状況を確認するように周囲を見回した。


「血が、ついてる」


「え!」


「もし、これで殴られたのがお嬢様だったら……」


「……っ」


「何者からも、必ずお守りすると誓ったのに。お嬢様に何かあったら……俺は、俺は……っ」


「落ち着け、ラヴィ」


 マリア様の不在に動揺する俺の肩をリンクが掴んだ。


「お嬢様を殴ったやつ、絶対に地獄へ落とす……!」


「お、落ち着けって。殴られたのがマリアさんとは限らないだろ。マリアさんを襲った何者かが返り討ちにあったのかもしれない。そもそも、マリアさんはここには来ていなくて、店に侵入した連中が仲違いを起こしただけかも」


「じゃあ、マリア様は何処へ行ったって言うんだ!」


「その手がかりを探るのがきみの仕事だろう!」


 温和なリンクの珍しい大声に、はっと我に返る。


「……そ、うだな、悪い。取り乱した」


 呟くように謝り、詰めていた息を吐き出しながらしゃがみ込む。その先に、一枚の黒いカードが落ちていた。


「いや、僕こそ大きな声を出してごめん。マリアさんがいなくなったんだ。焦って当然だよ」


「おいコレ!」


「うわあ! なに!?」


 勢いよく立ち上がり、リンクの目の前に拾ったカードを突きつける。


「怪盗『黒猫』のカードだ!」


 床に落ちていたのは、猫の足跡のマークがついた真っ黒なカードだった。



☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

マリアを襲ったのは怪盗『黒猫』!? ラヴィとリンクはマリアを救い出せるのか……。

つづきは水曜日に更新予定です!

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