9. 夜の一人歩きはろくなことがありません



 ラヴィスは終始気を張って警備をしてくれていましたが、その日は特に何事もなく仕事を終え、わたしたちは家に帰りました。


 お風呂に入って疲れを癒し、夕食をとって自室に戻った時です。


「あ、スマホ……!」


 ラヴィスからもらったばかりのスマホをお店に置いてきてしまったことに今更気が付きました。


 普段、自分で魔道具を持ち歩くことなんてなかったので、すっかり忘れていました。


 せっかくの贈り物を早速置き去りにしてくるなんて、ラヴィスが知ったら泣いてしまいそうです。


 それに、今日の夜は寝る前にスマホを触って機能や使い方を学ぼうと楽しみにしていたのに、予定が狂いました。


「ああ……わたしとしたことが、うっかりしていました」


 もう外も暗いですし、今から取りに行くのは難しいと頭では理解しています。しかし、無いと思うと余計に使いたくなるのが人というもの。


 ラヴィスの「いつでも駆けつけます」の言葉が頭に過ぎりましたが、呼び出すためのスマホが今はありません。


 それに、昼間の様子から考えて夜に外出するなど、口にするだけでお説教を食らいそうです。


「お店はそんなに遠くありませんし、スマホを取りに行くだけですから大丈夫ですよね」


 誰にもバレないようにこっそり行って、こっそり帰ってくれば問題ないでしょう。


 上着を羽織って部屋を出るわたしの足元でクロが小さく鳴きました。


「クロはここで待っていて下さいね。すぐに戻ってきますから」


 そう言い聞かせて頭を撫でます。返事をするようにもう一声鳴いたクロを置いて、わたしは家を出ました。


 街灯の明かりだけでは心許ないので、持ってきたランプで足元を照らします。


 丘を駆け下り、早歩きして十分ほどでお店に辿り着きました。


 お店の鍵を開けようとして、わたしは異変に気が付きました。鍵が既に開いています。


「え……?」


 おかしいです。夕方店を閉める時、確かに鍵を閉めました。ラヴィスがうるさく用心するように言っていたので、はっきりと覚えています。


 カチャ、と小さく音を立ててそっとドアを開けます。ドアベルが揺れましたが、幸い音は鳴りませんでした。


 そのまま静かにお店に入り、ドアを閉めて耳を澄ませます。


 お店の奥、お金が入った金庫やリンクに依頼して作ってもらっている私的な魔道具が仕舞われている事務室の方で、人の気配がしました。


 ───誰か、います!


 まさか、本当にわたしの店に泥棒が入ったのでしょうか。


 大変です。いえ、一旦落ち着きましょう。焦ってもいいことはありません。


 こういう時は一一九番でしたっけ? あ、そういえばスマホを忘れたからここへ来たのでした。いえ、それ以前にここはファンタジー異世界で一一九番は存在しません。そして、一一九番は救急でした。おまわりさんは何番でしたっけ?


 動揺のせいか空回る思考の中、奥の部屋からガタガタッと物音がしました。驚きに心臓が跳ね上がって、我に返ります。


 奥の部屋からこちらへ向かって歩いてくる足音が聞こえてきました。


 めちゃめちゃビビってますが、実はラヴィスがお店の見回りに来ていただけだった、的なオチはないでしょうか? むしろ、どうかそうであれと願いながら息を呑みます。


「! 誰だ!?」


 奥の部屋にいた人物がわたしに気付いて声を上げます。全然知らない男の人の声です。ラヴィスじゃありません。


 これはもう、泥棒確定です。


 わたしは緊張に身を固くして縮こまってから、ふと思いました。


 いやいやいや、何故わたしがこそこそ隠れなくてはいけないのでしょう。


 わたしは何も隠れるようなことなどしていません。むしろ、不法侵入をしているのはあちらの方なのです。


「あなたこそ誰ですか! ここはわたしのお店ですよ!」


 そう高らかに声を上げながら、ランプで相手側を照らします。全身黒づくめの男が眩しそうに顔をしかめました。


 その隙をついて、近くにあった椅子を思い切り男に向かって投げつけます。今朝用意したばかりのクロの特等席ですが非常時なので許して下さい。


 椅子を投げつけられた男が「うわ」と声を上げて倒れ込みます。


 直後、別の何者かが背後からわたしの肩を掴みました。


 その腕をすかさず掴んで身をかがめ、勢いよく背負い投げます。


 派手な音を立てて、背後にいた男が床に叩きつけられました。受け身を取れなかったのでしょう、男はすっかり伸びています。


「ふっ、他愛もないですね」


 わたしの店で盗みを働くなんて不届き者には容赦致しません。


「こんのヤロ……ッ」


 椅子を投げつけられた方の男が、フラフラと立ち上がり、壊れた椅子の脚を持って振りかぶります。


「よくも、舐めたマネしてくれたなァ!」


 そう叫びながら振り下ろした腕を紙一重で避け、男のこめかみに上段回し蹴りをお見舞します。蹴り飛ばされた男は壁で頭を打ち、床に倒れました。


「舐めてるのはそちらですよ……って、生きてますよね?」


 強く蹴り過ぎたかしら、とちょっぴり反省していると、突然後ろから腕が回され、首を締め上げられました。


「!」


 まだ仲間がいたのですね。


「調子に乗るのもここまでだ」


 右肘で鳩尾を何度か突いてみますが、腹筋がよほど逞しいのか、まるで効いていません。


 わたしは右足を一度前に出して勢いをつけ、思い切り後ろにいる男の脛を目がけて踵を叩きつけます。こんなこともあろうかと、靴の踵とつま先に鉄板を仕込んでおいて正解でした。


「いってぇ……ッ!」


 男が怯み、腕の力が弱まったところで、わたしは下を向き、反動をつけてから顔を上にあげました。見事な頭突きが男の顔面に命中し、完全に男の腕が離れます。


 鼻血を出してよろめく男から距離を取ろうとした時、目の前にスプレー缶が突き付けられたかと思うと、噴射された何かで視界が覆われました。


「なっ……!」


 不意打ちで、噴射された霧をもろに吸い込んでしまいました。喉が痛くて咳き込みます。霧を浴びたせいか、目も痛くて涙が止まりません。


 催涙ガスのようなものでしょうか。


 前がよく見えないながらも、スプレー缶の方へ手を伸ばし、スプレーを噴射した相手の腕を掴みます。どうやら四人目のお仲間さんがいたようです。


 咳き込むわたしに油断していたのか、強く引き寄せると相手は容易くバランスを崩して倒れ込みました。


 倒れた男の背中を踏み付け、腕を捻りあげると「いだだだだっ!」と悲鳴が上がります。


 痛いのはこちらの方です。目も喉も痛くて仕方ありません。朝までに治らなかったらラヴィスにこの事がバレてしまうではありませんか。


 まあ、お店の中もこんな事になってしまっては、バレない方がおかしいですけど。


 ラヴィスにどう言い訳しようかと考えていたわたしは、背後に迫る殺気に気付くのが遅れました。


 気付いて振り返ろうとした瞬間、強い衝撃がわたしを襲ったのでした。



☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

次回は、お嬢様の不在に気付いた過保護従者が大慌て!

つづきは月曜日に更新予定です!

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