8. 泥棒さんなんて返り討ちです



 朝の日課であるランニングと筋トレを終え、汗を流してから服を着替えます。


 わたしが特訓している間、一緒に早起きしてくれたクロはタオルの上に丸まってうたた寝をしていました。そんな姿も愛らしくて堪りません。


 朝食をとるためにクロを連れ、ダイニングルームへ向かう途中、メイドさんたちの話し声が聞こえてきました。


「強盗だなんて……まあ、怖い」


「怪盗『黒猫』は人に危害を加えないのではなかったの?」


「最近では何件か怪我人や攫われた人もいたとか……」


「どうかしたのですか?」


「まあ、お嬢様! おはようございます!」


 話の内容が気になって、つい声をかけてしまいました。


「それが……巷で噂の怪盗『黒猫』が、このローレンルリラ領に現れたそうなんです」


「それも人を襲ったらしく、被害者は大怪我を負ったとか」


「攫われた人もいるようですよ」


「まあ」


 これまで領内でも何度か『黒猫』の被害は出ていたようですが、人が襲われたという話は初めて聞きます。


「本当に『黒猫』さんの仕業だったのですか?」


 ラヴィスからも近頃『黒猫』が人にも危害を加えているという話を聞いてはいましたが、俄には信じられません。


「怪盗『黒猫』が犯行現場に残していくという例の黒いカードが今回もあったそうです」


「お嬢様もどうぞ、お気をつけ下さいませ」


「そうですね、気をつけるようにしておきます」


「はい。我々もお屋敷の戸締りなど徹底して用心するように致します!」


「よろしくお願いします」


 そう言ってメイドさんたちと別れ、ダイニングルームで朝食をとり終わった頃、わたしのもとへラヴィスがやって来ました。


「お嬢様、おはようございます。本日は天候がよろしくありませんので、お店は開けない方がよろしいかと」


 お店というのは、父から譲り受けた魔道具屋の支店の一つで、わたしが切り盛りしています。こう見えてわたしも店の主として立派に働いているのです。


「あら、よく晴れたいい天気ですけど」


「昨夜遅くに雨が降ったようで地面がぬかるんでいるのです。お履物が汚れてしまいます」


「それなら長靴を履けばいいではありませんか」


 靴が汚れるくらいのことでいちいち休んでいたらお店が潰れてしまいます。ついでに言うと、朝ランニングした時には既に、地面はカラッと乾いていました。


「しかし……」


「休みたいならラヴィは休んでもいいのですよ。別に手伝って頂かなくても、わたし一人でなんとでもなりますから」


「滅相もございません! このような危険なご時世にお嬢様をお一人にするなどありえません!」


「危険なご時世?」


「お店に強盗が押し入って来るかもしれませんし、道中盗賊に攫われてしまわれるやも」


 言いながら想像したのか、ラヴィスは顔を真っ青にしました。


「若くてお美しい上にお金持ち、三拍子揃ったお嬢様を狙わない強盗がおりましょうか!?」


「それはいるでしょうよ」


 ラヴィスの被害妄想に呆れながら、わたしは出勤準備を始めます。


「世界は広いのです。強盗に狙われそうな人なんてわたしの他にも五万といますよ」


「しかし……」


「それに、強盗が襲って来ても返り討ちにして差し上げれば良いではありませんか」


 わたしが日々なんの為に欠かさず特訓をしているのか、何よりも自分の身を守るためです。


「わたしは誰よりも安全です。なんと言っても、領内一の剣豪と謳われるラヴィが護衛についているのですから」


「お嬢様……っ。はっ! この命にかえてもマリア様を必ずやお守り致します! どうぞご安心下さい!」


「はい、頼りにしています」


 にっこり微笑んで軽く丸め込みます。やっぱりラヴィスはちょろ甘ですね。


 そんなやり取りの後、わたしたちはいつものようにお店へと向かいました。


 真っ白に塗られた壁に赤いドアの着いた可愛らしい外観の小さなお店です。ドアを開けるとカランコロンとドアベルが鳴りました。


 特製の手袋を付けて、お店の商品である魔道具たちを整理します。


 この手袋は魔力を遮断する特殊な素材でできており、わたしが触っても魔道具を壊してしまわないようにと、リンクが発明してくれたものの一つです。


「クロの特等席を用意しましょうね」


 椅子を出して、お店の入口近くに置きます。座席にはクロの毛色が映えるよう、赤いクッションを敷きました。


「さあ、どうぞクロ。わたしの可愛い看板猫さん」


 そう声をかけると、クロはまるで言葉を理解しているかのように、クッションの上に座りました。とっても可愛いです。


「猫より番犬の方がいくらか役に立ちますよ」


「そんなことはありません。招き猫と言って、猫はお客さんを呼んでくれる商売人の強い味方なのです」


 そうですか、と不服そうにしながらも、ラヴィスは開店準備を手伝ってくれます。


「それに、わたしには既にラヴィという心強い番犬さんがついていますからね」


「そうですね! 番犬の役割は俺にお任せ下さい!」


 犬扱いされたにも関わらず、何故か嬉しそうです。本当にラヴィスは変わってますね。


 カランコロン、とドアベルが鳴ってお客さんが入ってきました。


「いらっしゃいませ」


 笑顔でお客さんを迎えるわたしに対して、ラヴィスはいちいち強盗犯でも入ってきたかのような鋭い視線を向けます。入った瞬間に牽制されたお客さんが怖がってしまうのでやめて欲しいです。


「おはよう、マリアちゃん。ラヴィスさんはどうしたの? そんな怖い顔して……せっかくの男前が台無しだよ」


「おはようございます。なにかと物騒な世の中ですので、お嬢様やお客様に危険がないよう、警戒を怠らないようにしているのでございます」


 常連のお客さんに、ラヴィスがきりりとした顔で挨拶を返しました。


「ああ、また『黒猫』が出たって言うしねえ。マリアちゃんも気をつけるんだよ」


「ご心配ありがとうございます。ですが、この通りうちにはラヴィがいますので、泥棒さんもきっと逃げてしまいますよ」


「それもそうねえ」


 そんな風に談笑しながら、お客さんに依頼されていた魔道具をお渡しして、お会計を終えます。


「でも、泥棒とは言えわたしゃ『黒猫』のことが嫌いじゃなかったんだけど……何が『黒猫』を変えちまったのかねえ」


「義賊だなんだと言われても、奴も所詮はただの盗賊だったということですよ」


「そうなのかねえ……。『黒猫』に助けられた養護施設もあるって聞くし。うちの子らも『黒猫』をヒーローみたいに思ってたから……。『黒猫』が人を襲ったってことがまだ信じられなくってねえ」


 確かに『黒猫』の変化にはわたしも違和感を覚えずにいられません。


 でもラヴィスの言うように、『黒猫』も結局は盗賊に過ぎず、これまで人を傷付けなかったのもただの偶然で、世間の評判が勝手に『黒猫』の存在を美化していただけだということも十分考えられます。


 なんにせよ、こうして毎日盗賊に怯えて警戒していないといけないのは、窮屈で仕方ありません。早く警備隊の方々が捕まえてくれることを祈るばかりです。



☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

次回は夜の一人歩きでトラブルに遭遇…!

(水)(土)の週2回更新予定です。

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