6. 怪盗『黒猫』さんの隠密術羨ましいです



「お嬢様、見知らぬ男に素性を明かすのは感心致しません」


「ラヴィこそ、わたしの命の恩人にあのような態度をとるのは感心できませんよ」


「うっ……大変、失礼致しました」


 叱られた犬のようにしょんぼりするラヴィスに、反省の色を見て表情を緩めます。


「まあ、今回は道に飛び出したわたしも軽率でしたし、おあいこということに致しましょう」


「おあいこになどなるものですか! 本当に俺は心臓が止まるかと思いましたよ!」


 早くも元気を取り戻したラヴィスがワンワン吠えたてます。


「大きな声を出さないで下さい。猫さんが驚いてしまいます」


「猫? まさかその猫を助けようとして? 信じられません。猫なんかのためにお嬢様が馬車に轢かれそうになるなど、一体何をお考えなのですか!」


「轢かれるつもりなどありませんよ。猫さんを助けて走り抜けるはずだったのです」


「実際は轢かれそうになっていたではありませんか!」


「……まあ、そうですね」


「そうですね、じゃありません! しかもそんな汚い猫なんかのために!」


「猫なんかとはなんですか。よく言うでしょう、猫を救えば世界が変わると。それに、この子は毛の色が黒いだけで汚くなどありませんよ。ほら、よく見て下さい。綺麗な黄金色の瞳をしているではありませんか」


「猫を救ったところで、お嬢様に何かあったら俺の世界は終わりです! 猫の瞳の色など、心底どうでもいいんですよ! それも黒猫とはまた不吉な……!」


「猫の毛色に不吉もなにもないでしょう」


 黒猫が不吉なんて、そんな迷信がこの世界にもあるのでしょうか。


「黒猫というと、最近世間を騒がせているこそ泥を連想させるではありませんか」


「ああ、怪盗『黒猫』さんですか」


 近頃、アッカーサ王国内で窃盗事件が頻発しており、犯人は未だ捕まるどころかその姿もはっきりと確認されていません。


 一人なのか、複数人による犯行なのか、全てが謎に包まれたその犯人を世間では畏怖と親しみを込めて『黒猫』と呼んでいます。


 その由来は盗みを働いた場所に必ず猫の足跡マークがついた黒いカードを残していくからだそうです。


 時には、同じカードで予告状なるものが届くこともあり、怪盗などとも呼ばれています。


 何故泥棒に親しみを込めるのかと言うと、『黒猫』はお金持ちの家にしか盗みに入らず、しかも盗んだものの一部を貧しい人たちにこっそり分け与えていくのだとか。


 だから、裕福な家のものは『黒猫』を恐れ、貧しい人たちは『黒猫』を称えている、ということなのです。


「義賊ぶってはいますが、所詮はただのこそ泥です」


 そう言ってラヴィスは不愉快そうに鼻を鳴らします。我が家も怪盗『黒猫』の標的になりかねないので、きっとラヴィスも警戒しているのでしょう。


 それでもわたしには怪盗『黒猫』が完全な悪者のようには思えませんでした。


「でも、奪われるのは金品だけで、人的被害は出ていないというではありませんか」


 窃盗事件と言えば、被害に遭うのは金品だけではなく人の命も奪われて当然というのがこの世界です。


 強盗に襲われて怪我をしたり、殺されたり、拐われたりなどという話は、痛ましいことに大変多く耳にします。


 ラヴィスがいつもわたしの外出について回るのも、そういった危険を考えてのことでしょう。


 それに比べて『黒猫』は人に一切危害を加えずに、富を余らせている者から貧しい人へお金を流しています。


 そんな『黒猫』に人々が親しみを覚えるのも、分からなくはない感情です。


「誰にも見つかりもしないなんて、すごい腕前ですよね」


 勇者さんにも魔王にも見つかりたくないわたしには大変羨ましいスキルです。もしも『黒猫』に会えたなら、その見事な隠密逃亡術を盗ませて頂きたいくらいです。


「なっ! そんな……お、俺だって! その気になれば『黒猫』なんかより立派に怪盗をやってのけますよ! 俺の方がすごいです!」


「なにを張り合っているのですか。ラヴィはわたしの世話係なのですから、怪盗なんてする必要はないでしょう」


「それはそうですが……。まあそれに、奴が人に危害を加えなかったのも過去の話ですよ。最近では、『黒猫』による人的被害も出ていると聞きます」


「え、そうなのですか? 本当にあの『黒猫』が? 信じられません」


「だから言ったではありませんか。所詮は卑しい泥棒なのです。本性を現したに過ぎませんよ。ところで──」


 ラヴィスは改まってわたしの腕の中にいる猫に目をやりました。


「その猫はどうするのですか? まさか連れて帰るおつもりでは」


「連れて帰るつもりですよ」


「なっ!」


「もちろん、猫さんが嫌でなければ、ですけど」


 そう言って猫をそっと地面に下ろします。四足を地につけて降り立った猫を撫で、怪我がないことを確認しました。


「よかった、大丈夫そうですね。見たところ野良猫さんのようですが、どこか行くところがあるのでしょうか?」


 猫は地面におしりを着けて座り、綺麗な黄金色の瞳でわたしを見上げています。


「もしよろしければ、うちにご招待したいのですが、いかがでしょう?」


 小首を傾げる可愛らしい猫の姿に、頬を緩めながらそう提案すると、猫は愛らしい声で「にゃあ」と鳴き、わたしの手に頭を擦り付けるようにしました。


「まあ、なんて可愛いのでしょう。うちに来たいのですね」


「猫は何も言っていませんよ」


「返事をしたではありませんか、にゃあと」


「ただ鳴いただけです」


「ラヴィには聞こえなかったのですね、猫さんの言葉が」


「お嬢様には聞こえたというのですか!?」


「ええ、聞こえましたとも」


 そう答えながら、再び猫を抱き上げます。ふわふわの手触りがとっても気持ちいいです。大人しい猫ですね。


「それでは猫さん、どうぞ我が家へお越し下さい。今日は猫さんの歓迎会ですね」


「お嬢様のお誕生日パーティーです!」


「まあ、どちらでも良いではありませんか」


「良くありません!」


「わたしはラヴィやリンク、お母様、お父様、大切な人たちが集まれるなら理由はなんだって良いのです」


「! お嬢様……っ、そうですね。お嬢様のおっしゃる通りです! さあ、お屋敷へ帰りましょう」


「はい」


 相変わらずちょろ甘なラヴィスに微笑んで、わたしは猫を抱いたまま馬車に乗り込むのでした。




つづく


☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さり、ありがとうございます!

次回は可愛い猫さんを仲間に増やして、誕生日パーティー開催です。

(水)(土)の週2回更新予定です。

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