4. 落ち込むくらいなら筋トレしましょう



 異世界型スマホは前世のスマートフォンと同じような形状をしていました。


 本当にわたしが使っても壊れないのでしょうか。これまで壊してきた数々の魔道具を思い出すと緊張します。息を呑み、おそるおそる指で画面をタップしてみます。


 すると、フワッと画面が明るくなりました。


「す、すごいです! 動きますよ! 壊れません!」


「良かった」


「当然ですよ、お嬢様。リンクも技師としての腕だけは確かですからね」


 なんだかんだで本当は、ラヴィスもリンクのことを尊敬して信頼しているのですね。言い方は素直じゃないですが。


 リンクがわたしの横から画面を覗き込んで、使い方を教えてくれます。


「このマークを押すと、通話ができるよ。とりあえず、マリアさんのお屋敷、ご両親、それから僕とラヴィの連絡先は登録してあるから」


「まあ、助かります」


 わたしが連絡する先がほぼ網羅されています。さすがはリンク。


「ほかにも追加で登録できるから。方法はまた教えるね」


「ありがとうございます」


「一度通話を試してみようか」


「はい!」


 リンクに言われた先ほどのマークをタップし、連絡帳からラヴィスの番号を呼び出します。


 なるほど、操作もほとんど前世のスマートフォンと似たようなものですね。さすが、前世の人間が書いた小説の世界です。


「かけますよ」


「はい、お嬢様」


 目の前にいるラヴィスが既に自前の通信機を手にスタンバっています。かけると、わずかコンマ一秒でラヴィスが呼び出しに応じました。


「はい! お嬢様のラヴィスです!」


 通信機と目の前にいる本人からの圧がダブルですごいです。


「かかりました〜!」


「やりましたね、お嬢様! さすがです!」


「いや、ただ通話しただけだけどね」


「お嬢様の人生初の通信相手になれて光栄です」


 くっ、とラヴィスは目頭を押さえています。大袈裟ですが、そう言うわたしも今世初の通話に感動と興奮が冷めやりません。


「ありがとうございます! ラヴィ、リンク! 最高のお誕生日プレゼントです!」


「マリアお嬢様……! もったいないお言葉感謝致します」


「喜んでもらえてよかったよ」


 喜ぶわたしに二人も顔を綻ばせます。


「通話以外にもいくつか機能があるから」


 そう言って、リンクは簡単に使い方を教えてくれました。


「すっかり長居してしまいましたね」


 ラヴィスとリンクの三人でランチのミートパイとアップルパイを食べ、食後の紅茶を飲み終えてから、わたしは席を立ちました。


「そろそろ屋敷へ戻りますね。パーティーの支度もしないといけませんし」


「それでは、馬車を用意して参ります。お嬢様はこちらで少々お待ちください」


「ええ、頼みます」


 ラヴィスは頭を軽く下げてから、颯爽と研究室を後にしました。


「パーティー、楽しみだね」


「はい。リンクも遅れずに来てくださいね。リンクの好きな甘いものもたっぷり用意しておきますから」


 リンクは大の甘党で、特にアップルパイが大好物です。なので、リンクの研究室に行く時はいつもアップルパイを手土産にしています。


 ちなみに、ミートパイはラヴィスの好物です。


「ありがとう。でも、僕が楽しみと言ったのは、甘いものじゃなくてマリアさんのドレス姿のことだよ」


「……!」


 お世辞と分かってはいても、リンクにこうも純粋な目で真っ直ぐ見つめられると、思わず照れてしまいます。


「リンクってば、研究室に籠ってばかりのくせに、どこでそんなお世辞を覚えてくるのですか」


「お世辞なんかじゃないのに」


 わたしは照れを咳払いで打ち消して、リンクに向き直ります。


「そ、そんなことより、例のものの開発は、どうなっていますか?」


「そっちも順調だよ」


 実は、わたしもラヴィスに内緒でリンクに依頼しているものがあるのです。


「魔力量を調整するコンバーターを作ったのも、そっちの副産物みたいなものだから」


「このこと、ラヴィは?」


「もちろん、知らないよ」


 ラヴィスとリンクは、わたしが魔法を使えると知っている数少ない存在です。


 ですがラヴィスは、わたしが聖女として命を落としてしまう運命だということまでは知りません。


「でも、いつまでラヴィに言わないつもり?」


「いつまでも、ですよ。ラヴィに言えば、心配させてしまいますから」


「そうだね。ラヴィの事だから、心配のあまりきみを屋敷に軟禁しかねない」


「それは困りますね」


 ラヴィスなら本当にやりかねないので笑えない冗談です。


 リンクにもわたしから未来のことを話したわけではありません。


 彼には魔法とはまた違った特殊能力があり、それによってわたしの未来を見たと言うのです。


 リンクは触れた者の未来を見ることができるそうです。ただ、見たい未来が見えるほど万能なわけではないとのこと。


 それでも、昔からリンクの占いは当たるので、わたしは今でもよく占ってもらっています。


「ところで……誕生日ですし、今年も占ってもらっても?」


「もちろん。なにか良いものが見えると良いんだけど」


 リンクは柔らかく微笑んで、わたしの右手を優しく握りました。


 少ししてから、八の字に眉尻を下げたリンクがわたしの手を離します。


「残念だけど、今のところきみの未来に変わりはないみたいだ」


「……そう、ですか」


 リンクの言葉に思わず声が沈みます。


「大丈夫?」


 正直、大丈夫ではありません。


 十年間、ずっと対策を練って努力を重ねてきたのです。それが、結果に結びつかないというのは、これまでのことが全て無駄になったようなもの。やるせない気持ちにもなるでしょう。


 どれだけ足掻いても未来は変わらないのでしょうか。


「そんなに気を落とさないで」


 俯いていたわたしの顔を覗き込み、リンクが元気づけるように微笑みます。


「大丈夫だよ。これからの出逢いで未来が変わる可能性だってある」


「……この十年間、少しも変えられなかったのにですか?」


「たった一つの出逢いが変化になり、未来を変えるなんてことはよくあることさ。マリアさんはまだその一つに出逢えていないだけ」


「……出逢えるでしょうか」


「下を向かず、前を見てたらね」


 その言葉にハッとして顔を上げます。


「そう、ですね。俯いていてはいけませんよね」


 わたしとしたことが、柄にもなく落ち込んでしまうところでした。


 未来を変えようというのです。こんなところで気落ちしている暇なんてありません。そんな暇があれば筋トレでもしていた方がよっぽど有意義というものです。


「ありがとうございます! やる気が湧いてきました!」


「その調子だよ、マリアさん」


「はい!」


「僕とラヴィは何があってもきみの味方だから」


「リンク……ありがとうございます。とっても心強いです」





つづく


☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さいまして、ありがとうございます!

次回は予期せぬ出会いからトラブルに……。

(水)(土)の週2回更新予定です。

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