3. わたしも魔道具使えるんですか



「リンク、こんにちは」


「やあ、マリアさん。ちょうどいいところに」


 研究室のドアを開けると、ゴーグルをつけたふわふわくせ毛の青年が顔を上げて、柔らかく微笑んでくれました。


 癒し効果のある若草色の髪に、茶色の瞳を穏やかに細める彼は、わたしのもう一人の幼なじみリンクです。


 父の職場で働く魔道具技師長さんの息子で、彼も幼い頃はわたしの世話係としてよく遊んでくれていました。


 そんな彼も今や天才魔道具技師と呼ばれ、お父上の跡継ぎとして早くも期待されています。


 いつもわたしの傍で油を売っているラヴィスとは大違いですね。研究室を一つ任されている彼は日夜研究に明け暮れて、有意義な時間を過ごしています。


 わたしと三つしか年も違わないというのに立派に活躍していて、本当に尊敬できる兄です。


「おいコラ! お嬢様には『様』をつけろ! 敬意を払え!」


「ラヴィ、そういうの良いですから! 幼なじみに敬意も何もないでしょう」


 わたしに対する時とは打って変わったラヴィスの高圧的な態度に、わたしは慌てて彼を制止します。


「まったく……『マリアさん』って呼ばれるのも少し寂しく思ってるくらいなんですから」


 幼い頃はラヴィスもリンクもわたしのことを「マリアちゃん」と親しげに呼んでくれていたのに。


「きみももう立派なレディだからね。子ども扱いはできないよ」


 リンクは朗らかに笑いながらわたしに椅子を勧めてくれます。ラヴィスのとち狂った言動にも動じない、本当に心の広い人です。


「今日でマリアさんも十八歳か。おめでとう。とっても綺麗になったね」


「ありがとうございます」


 後ろで「綺麗になった、だと? 訂正しろ! お嬢様は生まれたその日から天使のように愛らしく美しい!」などと喚き立てているラヴィスの言葉はスルーします。


「それより、ちょうどいいところに、と言うのは?」


「そうそう。ちょうど今、頼まれていたものが出来たところだったんだよ」


「頼まれていたもの?」


「そう、マリアさんが使えるまどんぐっ!」


「だああああ! 黙れリンク!」


 リンクの言葉を強制的に遮ったのはラヴィスでした。リンクの口をアップルパイで塞ぎ、その耳元で怒鳴りつけています。


 リンクは口に押し込まれたアップルパイを美味しそうに咀嚼したあとで、頭を掻きながら謝りました。


「ああ、ごめんごめん、サプライズなんだったっけ」


「おいー! おまえうっかりにもほどがあるだろ! もう全部喋ってんじゃねえか!」


「えーと、もしかして……」


 ラヴィスは内緒で、わたしが「使えるまどんぐっ!」つまり、魔道具を作ってもらうようリンクに依頼していた、と。そういうことなのでしょうか。


 ちなみに、魔道具というのは、原動力を魔力によって賄う道具の総称で、用途によってさまざまなものがあります。


 なかには特殊なものもありますが、主に前世の世界でいう電化製品全般と同じような働きのものがほとんどです。


 この世界に電力は存在しません。その代わりが魔力です。


 電力と違うのは、魔力は人が体内で生み出すものという点です。


 魔道具は基本的に使用者の魔力を使って動きます。


 この世界において、人は皆誰もが多かれ少なかれ魔力を持っています。その魔力量には個人差がありますが、大抵の人は自分の魔力を使って魔道具を動かすことができます。


 ですが、わたしは魔道具を使うことができません。何故なら、わたしが使おうとするとどんな魔道具もたちまち故障してしまうからです。


 幸いわたしの家は裕福なので、魔道具の使用を含め全て使用人の方々が代わりにやってくれるので、大きな不便はありませんでした。


 それでも、皆が使っている魔道具を使ってみたい、というのはわたしの一つの夢でもあります。


 ほかの人たちとは違ってわたしは魔道具なしに魔法を使うことができてしまいます。しかし、魔法を使うと聖女だとバレてしまいますので、安易に使うことはできません。


 我が家の生業である魔道具を一人娘のわたしが使えないというのも恥ずかしいですし。


 なにより、普通の人が使えるものが使えないというのも返って悪目立ちすることになりかねません。


「わたしでも使える魔道具が……あるんですか?」


 それが本当ならとても嬉しいです。是非、使ってみたい。


「……お嬢様」


 ラヴィスは少し戸惑ったような表情を見せましたが、ついには諦めた顔で苦笑しました。


「ええ。本当は誕生日パーティーの席でサプライズプレゼントとして贈らせて頂きたかったのですが……」


「まあ、ラヴィありがとうございます! 嬉しいです!」


 感激のあまりラヴィスの両手を取ります。


「! ……光栄です」


 ラヴィスは照れたように頬を赤らめ、瞳を細めました。


「マリアさんが魔道具を故障させてしまうのは、恐らく普通の人よりも魔力量が多過ぎるせいだと思うんだ。だから、魔道具に送り込む魔力量を調整できる装置を付けてみたらどうかなって」


「魔力量を調整……そんなことができるのですか!」


 さすがはリンク! 不可能を可能にする天才技師と謳われるだけあります。


「理論上はね。まだ動作確認は出来てないんだけど……。良いよね、ラヴィ?」


「ああ。お嬢様に差し上げるのだ。先に出来栄えは確認しておかないとな」


 依頼人であるラヴィスの許しを得て、リンクが取り出したのは、小型の多機能通信機でした。前世の世界でいうスマートフォンです。


 わたしは嬉しさのあまり、心のなかで小躍りしました。


「異世界型スマホ……!」


「すまほ?」


「ああ、いえ、なんでもないのです。お気になさらず」


 現代のスマートフォンによく似た薄型手のひらサイズの通信機に興奮が隠せません。わたしもついに異世界型スマホを手にする日が来たのです。


「使ってみても?」


「もちろん」


 そう言われ、わたしはリンクから一旦ラヴィスを経由して異世界型スマホを受け取りました。




つづく


☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さいまして、ありがとうございます!

次回はリンクの特殊能力が明らかに……。

(水)(土)の週2回更新予定です。

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