2. 筋肉は裏切りませんから



「お嬢様、本日のお誕生日パーティーですが」


「ええ、お父様にも伝えておきましたが、パーティーは地味に質素にお願いしますね。決して目立ちすぎないように」


 目立つことは禁物です。


 ただでさえ、わたしの家は領主様のお屋敷に次ぐ広さと豪華さを誇っていて、少々目立ち気味なのです。


 此処はアッカーサ王国の王都から遠く離れた西端にある辺境の地、ローレンルリラ領。魔族が暮らす魔王国との国境付近にあり、物語の中心となる地でした。


 その子音をもじっただけの雑な王国名に、ラ行を逆から読んだだけのテキトーな領地名。幼い頃のわたしはその名で確かにここがあの小説の世界なのだと、確信したものです。


 そんなローレンルリラ領で、わたしの父は魔道具屋として財を成した敏腕商人でした。


 これといった特産のなかったローレンルリラ領に魔道具という特産品を生み出したとして、領内の産業に大きく貢献した父は領主様からも一目置かれる存在なのだそうです。


 そんなわけで、我が家は貴族でもなんでもないのですが、立派なお屋敷に使用人さんまでいるリッチな生活を送れているというわけです。


「何をおっしゃいますか。お嬢様のお誕生日なのですから、盛大にお祝いさせて頂きます」


「いけません! わたしの命がかかっているのですから!」


「えっ、命……ですか?」


 目立って物語の中心的人物、たとえば勇者さんなんかの目に止まっては大変です。


 地味に目立たず、静かに暮らすこと。それが、生き残るための対策その一なのですから。


「とにかく、地味に質素に! 招待客はラヴィとリンクだけ。あとは家の者だけで十分ですからね」


「は、はい。かしこまりました」


 困惑気味のミーナには申し訳ありませんが、納得していただくほかありません。こっちは文字通り命かかってますからね。


「ところで、パーティーは夜からでよかったですよね?」


「左様でございます」


「それでは、昼間はリンクの研究室へ行くので、差入れ用にパイを用意していただけますか?」


「はい。いつものミートパイとアップルパイですね。すぐにご用意致します」


「よろしくお願いします。日が暮れる前には戻りますから」


「かしこまりました」



 そうして着替えと朝食を済ませ、出かける準備を整えていると、部屋のドアがノックされました。


「お嬢様」


 その声だけで誰だかすぐに分かります。今朝も起こしに来てくれた世話係であり幼なじみでもあるラヴィスの声です。


「どうぞ」


「失礼致します」


 丁寧な所作でドアを開けて入ってきたのは、綺麗に整えられた薄茶色の髪に、空色の瞳の青年です。


 彼は父の職場で働く有能な秘書官さんの息子で、幼い頃からわたしの面倒をみてくれていた世話係の一人です。


 わたしより二つ年上ですが、いつもそばに居てよく遊んでくれたので、仲の良い兄のような存在でした。


 例の小説に登場してきた記憶はありませんが、さすが小説の登場人物だなと思わずにはいられない美形さんです。


「マリアお嬢様、改めまして本日はお誕生日、まことにおめでとうございます」


「ありがとうございます」


 ラヴィスは綺麗な顔を綻ばせて祝いの言葉を贈ってくれます。


「より一層お美しくなられて。貴女様にお仕えできることが俺の至福であり、誇りです」


 わたしの前に膝まづいて、そっと右手をすくい上げたラヴィスが、手の甲への口付けを前に盛大な溜息をつきました。


「……あとは、妙な筋力トレーニングさえやめて頂ければ、なにも申し上げることはないのですが」


「なにを言っているのですか、ラヴィ。筋肉は決して裏切らない最大の味方なのですよ?」


「大変失礼を申し上げますが、ちょっと何を仰ってるのか分かりません」


「ランニングも筋トレも未来を生きるための重大な対策その二、その三なのですから!」


 生き残るための対策その二は、万が一にも勇者さんに見つかってしまった場合、脱兎のごとく逃げ切ることです。


 そのための脚力と持久力を鍛えるランニングというわけです。


 対策その三は、億が一にも聖女にされてしまった場合、魔法を使うと小説の筋書き通りになってしまいかねませんので、魔法ではなく物理で魔王を倒すということです。


 そのために日々鍛錬を積み、わたしはついに熊をも素手で倒せるほどの強さを手に入れました。


「なんのことかさっぱり分かりませんが……」


 ラヴィスは呆れながらも、切り替えるようにわたしの手をとり直します。


「お嬢様のことはこのラヴィスが必ずやお守り致します。ですからどうぞ、ご安心下さい」


 そう言って、誓いを立てるようにわたしの手の甲へそっと口付けを落としました。


「ラヴィに守ってもらわなくて済むように、自分を鍛えているのです」


「そんな寂しいことをおっしゃらないでください。護衛役の俺の仕事がなくなってしまうではありませんか」


「ラヴィは護衛役ではなく、世話係でしょう」


「ええ。世話係兼護衛役です。俺もこう見えてしっかり鍛えていますから、ご心配なく」


 本人が自負する通り、ラヴィスは体術、剣術共に大変優れた才能の持ち主で、このローレンルリラ領にはラヴィスに適う剣士は一人としていないともっぱらの噂です。


 その腕を買われ、領主様の騎士団だけでなく王国騎士団からもお声がかかっていたそうですが、彼は頑としてそれを受け入れませんでした。


 貴族でもない一般庶民に騎士団から声がかかるなど、通常では考えられません。それほど、ラヴィスの腕前が突出して秀でているということです。


 それにも関わらず、貴族でもなんでもない魔道具屋の一人娘なんかの世話係に甘んじているのですから、ラヴィスの考えることはよく分かりません。


 確かにお給金や安全性で言えば我が家に仕える方が良いでしょうけど、地位や名誉は騎士団の方がよっぽど上です。実力に見合ったやりがいのある仕事に違いありません。


「まったく、あなたほどの実力の持ち主がこんなところで世話係をしているなんて、宝の持ち腐れ、才能の無駄遣いです」


「なにをおっしゃいますやら。俺の力は全てマリアお嬢様の為にあるもの。お嬢様以外に仕えるつもりなど微塵もございません」


「はあ、ラヴィはもの好きですね」


「マリアお嬢様にお仕えできることが至福なのですから。一生お傍でお守り致します」


 彼は綺麗な顔で微笑んでいますが、言外に「一生離れませんよ」という恐ろしいほどの執着を感じます。


「ところで、これから何処かへお出かけでもされるのですか?」


「ええ。リンクの研究室へ」


「そうですか。では、俺もお供致します」


 はあ、そう言うだろうと思いました。


「一人で大丈夫です。行き慣れたいつもの研究室なんですよ?」


「いいえ、屋敷の外は危険で溢れているのです。引ったくりや強盗に遭うかもしれませんし、誘拐でもされたらどうするのですか!」


「もう子供じゃないんですから……本当にラヴィは過保護ですね」


「過保護で結構。気をつけるに越したことはありません」


 ラヴィスは頑固なところがあるので言い出すと聞きません。仕方がないですね。


 わたしはそのままラヴィスを引き連れてキッチンへパイを受け取りに行くことにしました。




つづく


☆ * ★ * ☆ * ★


『ほかあた』を読んで下さいまして、ありがとうございます!

次回はマリアのもう一人の幼なじみ、癒し系天才魔道具技師のリンクが登場です。

(水)(土)の週2回更新予定です。

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