1. 筋書き通りにいくと思ったら大間違いです






「お嬢様、マリアお嬢様、おはようございます」


 シャッとカーテンを開ける音と共に、眩しい陽の光が部屋に差し込みました。眠い目を擦りつつ、わたしはなんとか身体を起こします。


「……おはよう、ございます」


 欠伸を噛み殺し、起こしに来てくれた世話係であり幼なじみのラヴィスに、辛うじて挨拶を返しました。


 窓辺から差し込む朝日に、彼のミルクティー色の髪がキラキラと光って見えます。今日も今日とて相変わらず、無駄にイケメン顔ですね。目の保養です。


「どうされましたか? 昨晩はよくお休みになれませんでしたか?」


「なんだか変な夢を見ました……内容はほとんど思い出せないんですけど」


 とてつもなく騒がしくて、どこか頼もしくもあり、総合的に大変疲れる夢だったような気がします。


「ラヴィやリンクも出てきたような」


「なんと! 夢にまで見るほどお嬢様が俺のことを考えて下さっていたなんて……感激の至り……っ」


 ラヴィスは空色の瞳に涙を浮かべて大袈裟に喜んでいます。


「お疲れのご様子ですし、本日のランニングはお休み致しましょうか」


「いえ、日課ですから! 継続は力なりと言いますし」


 そう告げて、わたしは勢いよくベッドから起き上がりました。ラヴィスはすぐにわたしを甘やかそうとするので困ります。


「そうですか? 本日はお誕生日パーティーもございますから、あまりご無理はなさらないでくださいね」


「……誕生日」


 そうでした。今日はわたしの十八歳の誕生日。ついに、この日が来てしまったのですね。


 十年前、自分の運命を悟ったあの日からずっと恐れていたこの年が――。


 わたしは八歳の誕生日を迎えたその日に、自分がこの世界で聖女と呼ばれる存在であることに気が付きました。


 何を隠しましょう、わたしには前世の記憶があり、今生きているこの世界は、その前世で読んだことのある小説とそっくり同じ世界だったのです。


 そう、現代日本で普通に生きていたはずの一般ピープルのわたしは、どうやら王道ファンタジー小説の世界に生まれ変わってしまったようなのです。


 どうしてこんなことになってしまったのか。その経緯や原因は正直さっぱり分かりかねます。


 もしかすると、前世で猫を助けたせいかもしれません。


 確か、この物語の中にそういう言い伝えみたいなものが出てきました。猫を救えば世界が変わる、とかなんとか。


 ちょうど前世を終える直前にその小説を読んでいたので、きっと死の間際にそんなことがふと頭に過ぎったりしたのでしょう。


 今生きている世界は、現代世界のわたしが見ている一種の走馬灯のようなものなのかもしれません。読んだ物語や生きてきた経験の中から紡ぎ出された夢物語なのかも。


 ですが、そんな世界でも生きていればお腹も空くし、怪我をすれば痛いわけで。わたしは前世の記憶があろうがなかろうが、この世界で生きていくしかないのだと腹を括ることにしました。


 わたしが前世で読んだその小説では、魔物に襲われる人々を勇者が助け、様々な苦難を乗り越えた勇者が魔王を倒し、平和を守るという王道ファンタジーが描かれていました。


 そんな世界に生まれたからには、魔物に襲われたり、戦ったりしないといけないのかしらと不安や恐怖に怯えた夜もありました。


 しかし、そんな冒険小説の中とは思えないほどに、わたしの周りはまったくの平和そのものでした。


 この世界でのわたしは裕福な家の一人娘として何不自由なく暮らせており、仲のいい幼なじみもいて、なんでもないこの平和な日常がすっかり気に入っていました。


 ところがどっこい、なんということでしょう。八歳の時、ある事件をきっかけにわたしは自分が魔法を使えることに気が付いてしまいました。


 そう、わたしはこの世界で唯一魔法を使うことができる聖女様だったのです。


 聖女と言うと、いかにも物語の中心人物らしくて聞こえは良いですが、言ってしまえば生贄のようなもの。


 小説に描かれた心優しき聖女様は、魔王と戦った勇者を助けることを願いました。そして、神から授かりし特別な魔法を使ったがために、儚くもその命を散らせたのです。


 そう、聖女様はかの小説で語られる物語のなかで唯一命を落とす人間でした。


 聖女様が命を落としたのは確か彼女が十八歳の時のこと。


 すなわち、聖女であるわたしの人生も小説の筋書き通りにいくとするなら、この一年内で幕を下ろしてしまうということになります。


「……そうは問屋が卸しませんよ」


 わたしには前世の記憶という強い味方があります。小説のあらすじを知っていれば、フラグを回避して、アドリブで物語を変えることだってできるかもしれません。


 そうです。未来は自分で切り拓くもの。


 何者でもない、ただの町娘Aとしてこの世界を謳歌するため。聖女にならないために───。


「マリアお嬢様、タオルをどうぞ」


「ありがとうございます」


 屋敷の外周を十キロほどランニングしたわたしは、メイドのミーナが渡してくれたタオルを受け取って汗を拭います。


「今朝のモーニングプロテインはフルーツミックス味でございます」


「ありがとうございます」


 続いてミーナが差し出してくれたのはプロテインドリンクの入ったシェイカー。運動後三十分以内、いわゆる筋肉回復のゴールデンタイムに飲むプロテインは格別です。


 お風呂上がりの牛乳の如く、腰に手を当てて、ごくごくと喉を鳴らす間にも筋肉が喜んでいるのを感じます。


「ぷはーっ! ランニング後のプロテインは最高ですね!」


 早朝ランニングからのプロテインはもうここ十年ですっかりわたしの日課になりました。おかげで、体力、筋力、脚力、持久力にはかなり自信があります。


 これも平和な日常を守るための対策の一つ。


 わたしは八歳になったあの日からこの十年間、対策を練り、日々努力を重ねてきたのです。


 これからの一年間はその成果を存分に発揮してやろうではありませんか。


「聖女脱却をかけて……!」



つづく


☆ * ★ * ☆ * ★


『聖女とか無理なんでほかをあたって下さい』略して『ほかあた』を読んで下さいまして、ありがとうございます!

(水)(土)の週2回更新予定です。

応援、レビュー頂けると泣いて喜びますので、なにとぞよろしくお願い致します!

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