聖女とか無理なんでほかをあたって下さい

PONずっこ

0. プロローグという名のクライマックス




「聖女はどこだー!」


「聖女をよこせー!」


 地鳴りのような足音に、激しい怒号が空気を揺らす。


 此処はターナ・アッカーサ王が治めるアッカーサ王国――の王都から遠く離れた西端にある辺境の地、ローレンルリラ領の外門前だ。


 固く閉ざされた外門の前には、夥しい数の武装した兵士たちが押し寄せていた。


「マリア様、ご安心下さい。この俺が必ず貴女様をお守り致します」


 兵士たちが要求する聖女であるマリアの傍には、騎士のごとく剣を構える護衛ラヴィスがいた。


「はい。でも無理はしないで下さいね。怪我なんてしてはいけませんよ。ほかにも頼れる方がいらっしゃるのですから」


「いいえ。俺が! 俺だけが、マリアお嬢様をお守り致します!」


 薄茶色の髪に空色の瞳。貴公子のような容姿に勇ましい騎士姿。それに似合わぬ意固地さで、ラヴィスは激しく自己主張を繰り返す。


「ラヴィ助は相変わらずリアにべったりだな〜」


 気配もなく突如聞こえてきた声に振り返ると、そこには気の抜けた顔で欠伸をしている黒い忍装束姿の猫耳獣人の少年、ロキがいた。


「ロキ、おかえりなさい」


「ただいま〜、リア。こっちの首尾は上々だよ」


「ご苦労さまです。こちらはもう少しかかりそうなのですが……」


「時間稼ぎなら、アホ勇者と魔王サマに任せとけば大丈夫じゃない?」


 ロキは呑気に外門の上から領地の外を見下ろして言う。


「オラオラオラァ! 勇者様に楯突くやつがどうなるか教えてやるぜ!」


 高笑いまでついてきそうな勢いで、赤髪の勇者レオンが聖剣エクスカリバーを兵士たちに向けてぶん回していた。


 凄まじい衝撃に空気が弾ける。エクスカリバーの一撃で周囲の兵士十数人が一斉に吹っ飛んだ。いつ見ても彼の剣戟はすごい威力だ。


「とてもじゃないが、勇者とは思えん言動だな。奴も闇に堕ちたか」


「ラヴィ、一応彼は味方ですよ。……多分」


 言いながらマリアも自信がなくなってくる。


 ふっと辺りが暗くなって顔を上げると、空に怪しげな黒雲が立ち込めていた。


「これは……! お嬢様、伏せて下さい!」


 ラヴィスが慌ててマリアの頭を伏せさせる。それとほとんど同時に、凄まじい閃光と激しい雷鳴が大気を引き裂き、大地に突き刺さった。


 巨大な黒い雷槍が刺さった大地は深く抉られ、周辺にいた兵士は百人単位で一掃されている。


 さすがは、世界を滅ぼすと言われた魔王の一撃。伊達ではない。


「ひゅ〜、魔王サマやる〜」


 散り散りに乱れた隊列を見て、にやにやしながらロキが口笛を吹く。


「おいコラ、ヘボ魔王!! てっめえ、危うくオレまで巻き込まれるとこだっただろうが!」


「チッ、生きておったのかクズ勇者め。相変わらず悪運だけは強いやつよの」


 勇者レオンの喚きを、空中に浮かぶ黒い人影が嘲笑う。


 闇夜を映したような藍色の美しい長髪。こめかみから伸びる立派な角は魔族の特徴だ。血のように赤い瞳が物理的にも心理的にもレオンをはるか上空から見下していた。


 彼は魔族の国を治める恐怖の大魔王、ルシフェルだ。


「んだとコラァ! ぶっとばすぞ!」


「やれるものならやってみるが良い。その前に私が貴様をぶちのめしてやろう」


 仲の悪さは天下一品。勇者と魔王なのだからそれも当然か、とマリアは溜息をつく。


「レオンさん、ルシフェルさん、喧嘩は後にして下さいね〜! それから、兵士さんたちも殺しちゃダメですよ〜!」


「おうよ、マリー! オレに任せろ!」


「この程度の手勢、マリアの手を煩わせるまでもない」


 マリアの言葉を理解しているのかいないのか、よく分からない二人の返事に苦笑する。


「マリアさん、こちらの準備も整ったよ」


 その穏やかな声にほっとする。


 羊のように柔らかそうなふわふわの緑髪に、優しげな茶色の瞳。ゴーグルを額まで引き上げ、魔道具技師のリンクが魔道具を手にマリアの傍にやって来た。


 彼の存在はこの場における貴重な癒しだ。


「リンク、ありがとうございます。では、わたしも参りましょうか」


「そうだね。早くしないと、レオンくんとルシフェルさんが兵士たちを全滅させちゃいそうだし」


「そんじゃあ、こっちもそろそろ仕掛けようかな〜」


「よろしくお願いしますね、ロキ」


「かしこまり〜」


 緩く返事をしたロキが一瞬で姿を消す。のんびりとした口調に似合わず、動きは俊敏だ。


「マリアさん専用の魔道具だから、好きなだけ使って大丈夫だよ。もし途中で壊れても、僕がすぐに修理するから安心して」


「はい、思いっきりぶちかましますね」


 頼れるリンクの笑顔に、マリアも微笑み返す。


 リンクから受け取った巨大掃除機のような魔道具を手に、マリアは外門の上に立ち、兵士たちにその姿を見せた。


「皆さん、ご機嫌よう」


「おいあれ!」


「なんだ!? あれが聖女か!」


「聖女だ!」


「聖女が出てきたぞ!」


「聖女を捕らえろー!」


 姿を現したマリアに、兵士たちが口々に騒ぎ立てる。


「残念ですが、わたしは聖女ではありません」


「嘘をつくな! そのピンクシルバーの髪に、桃色の瞳! 間違いなく噂に聞く聖女そのものじゃないか!」


「そうだそうだ!」


「そうですね。不本意ながら、皆さんがご存知の噂の人物というのは、確かにわたしのことでしょう。ですが……」


 一度言葉を切り、マリアは魔道具を構えて兵士たちへ向けた。


「聖女とか無理なんで、ほかをあたって下さい」







☆ * ★ * ☆ * ★


『聖女とか無理なんでほかをあたって下さい』略して『ほかあた』を読んで下さいまして、ありがとうございます!

聖女になりたくないマリアちゃんと愉快な仲間たち(護衛従者・天才技師・獣人・勇者・魔王)が繰り広げる異世界ファンタジーラブコメです。

(水)(土)の週2回更新目指して頑張りますので、お楽しみいただけると嬉しいです!

応援、レビュー頂けると泣いて喜びますので、なにとぞよろしくお願い致します!

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