フォンダンショコラ
なまけもの
フォンダンショコラ
「スイーツの王子」そう彼は呼ばれていた。
一部上場企業に事務として勤めて4年。私は「彼氏いない歴=年齢」の救いようのない女になっていた。
そんな私の職場に1年前から赴任してきた営業部のエースがいる。
成瀬颯太。28歳、独身、爽やかイケメン。これが彼のプロフィールだ。
おまけに、趣味がスイーツ作り。週末にスイーツを手作りしては、職場の女性はもちろん、上司にも配っている。もう中年男性まで虜にするモテ男だ。
そんな彼を職場の女性たちが好きにならないわけがない。
かくいう私もそのうちの1人であるのだけれど。
だが私は、社交性があるわけでもない。仕事が特別できるわけでもない。顔が飛びぬけて可愛いわけでもない。
すべてが「平凡」な女なのである。
そして、成瀬さんの彼女の座を奪おうと必死に、お手洗いでメイク直しをしている同僚たちを見ていたら、自然とあきらめていた。
そう。そんなモテる成瀬さんには、受付の可愛い彼女がいる。
正直、先程紹介したプロフィールに、さらに「女性に一途」というのが追加されていたら、人間国宝認定だろう。
だが、さすがにこの世の中、人間国宝は手の届くところに転がってはいない。
成瀬さんは「来る者拒まず、去る者追わず」の典型的な「女を沼らせる男」なのである。
なぜ、女は一途な男性よりも、このような成瀬さんタイプに沼ってしまうのだろう。
これは女性全員の恋愛人生においての永遠の謎である。
「田中さん。はい、これどうぞ」
そんなことを考えていると、後ろから成瀬さんに話しかけられた。
「あ、ありがとうございます」
そう恥ずかしくて目を合わせられない私は、前を向いたままぺこりとお辞儀をした。
そうだ。今日は月曜日だった。
毎週月曜日は成瀬さんが手作りスイーツを配る「スイーツの王子デー」なのである。
でも、ここ数ヶ月は専らチーズケーキだ。その前はカップケーキ。そのまた前は、チョコクッキーであった。
なんでも成瀬さんはハマるとそればかり作りたくなってしまう性格らしい。
そんなこんなで今週も、ありがたく成瀬さん手作りのチーズケーキを頂戴した。
*
それから数日後……。
「王子があの受付嬢と別れたって!!」そう焦るようにフロアに駆け込んできたのは、同僚のうちの1人だった。
まじか……。あんなに可愛い子なのに。そう率直に思った。
でもまあ、私には関係のない話だ。そう思い、溜まりに溜まった業務を終わらせるべく、作業を進めた。
かなりの時間が経って、多くの人が帰宅した。それと反対に、私は後輩のミスの後始末として残業をしていたのだ。
広いオフィスには、もう数人ほどしか残っていなかった。
「田中さん、もうすぐ終わり?今日一緒に帰らない?」
後ろから突然話しかけられ、振り返るとそこには成瀬さんがいた。
「……私に話しかけてます?」そう半信半疑で聞くと、「他に誰がいるの」と笑いながら言った。
「あの、もうちょっとで終わります……」
そう私が返事をすると、「オッケー、下のエレベーターホールで待ってる」そう言って足早に去っていった。
*
残りの業務を急いで終わらせ、帰りの支度をする。エレベーターに乗り、1階に着くとホールのソファーに座っている成瀬さんがいた。
「……お待たせしました」
そう彼のもとに小走りで近づいた。すると、
「お、田中さん。今、甘いの食べたい気分だから付き合ってくれない?」
その成瀬さんの一言で、何故か私たちはお洒落なカフェに行くことになったのであった。
「ご注文は?」そう店員さんに聞かれると、成瀬さんは「フォンダンショコラで」と即答した。
チーズケーキじゃないんだ……。と思いつつ、「私も同じので」そう言った。
*
カフェに小一時間ほどいて、明日も会社があるため解散する流れになった。2人で最寄り駅まで歩く。
少し沈黙が続き気まずいと感じていたときに、成瀬さんが突然、
「田中さんさ、間違いだったらごめんね。僕のこと好きでしょう?」
そう言いだした。
「…え!?な、な、なんのことですか!?」
あまりの衝撃に焦って大声を出してしまった。
そんな私の様子を見て、「ははっやっぱり」そうお腹を抱えて笑う成瀬さん。
「あーおもしろい」なんて涙目になり、その涙を拭った後、
「突然なんだけどさ、俺たち付き合ってみない?」
そう、私に目線を合わせて言った。
これが、さえない私とスイーツの王子である成瀬さんが付き合った瞬間であった。
*
成瀬さんとの交際の日々はこのような感じだった。
趣味がスイーツ作りなだけあって、週末は成瀬さんのお家にお邪魔し、一緒にフォンダンショコラを作った。
そして、平日はカフェに寄ってお話をした。このときも、成瀬さんは決まってフォンダンショコラを注文していた。
こんな冴えない私に、成瀬さんはとても優しく接してくれた。
そんなある日、いつもどおりカフェでフォンダンショコラを食べていると、成瀬さんが突然「田中さんってフォンダンショコラに似てるよね」と言ってきた。
「えっ私がですか?」
「うん。見た目は普通なのに、中身がとろっとしてるところ。田中さんも見た目は静かだけど、実際は結構喋るでしょ」
その成瀬さんの言葉に、「私のことをよく見てくれているんだと」嬉しくなった。
*
成瀬さんと付き合って1ヶ月ほどが過ぎた。私と付き合っている間、毎週恒例の「スイーツの王子デー」はフォンダンショコラであった。
そんなに食べて、作って良く飽きないなあと私は陰ながら感心していた。
……だが、何故だろう。月曜日である今日、成瀬さんが持ってきたのは「モンブラン」だった。
*
その夜のことだった。仕事から帰り、リビングでくつろいでいると、ブーッブーッとスマホが鳴った。成瀬さんからの着信だ。
「もしもし」そう私が出ると、成瀬さんは何故だか冷たい声で「ああ、田中さん」そう返答し、こう私に告げた。
「別れよう」
「……えっ」
「なんかさ、飽きちゃったんだよね。ごめんね」
それだけ言い、ブチっと電話を切られた。
なんのことか分からないまま、私は成瀬さんと別れてしまったようだ……。
こんな酷い別れの告げ方をされても、涙が自然と溢れるくらい、私はまだ成瀬さんのことが好きだった……。
*
「ねえ、颯太くん。なんでモンブランばっかり作ってるの?」
「ああ、最近ハマっててね」
「私、フォンダンショコラが好きだから、今度作ってほしいなぁ」
「ごめんね。俺、フォンダンショコラはもう飽きちゃったんだ」
了
フォンダンショコラ なまけもの @namakemono_10
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます