13章 蜂蜜
セクハラ教師に正義の鉄槌を下して3日後。シュウはハイドの討伐に加勢することを禁じる旨を告知した。
「皆に言いたいことがあるが、四天王ハイドは俺が1人で倒す。だから絶対に、加勢するな。分かったか?」
ダイヤ組長は心配していた。
「だが、いくら君でも、あのハイドの単独討伐は荷が重すぎないか?奴は今の君の倍以上強いのだぞ?」
「『出来るか』じゃぁ、ありません。『やる』んですよ。ダイヤ組長。やると決めたらやる、倒すと決めたら倒す。唯、それだけです。」
ダイヤ組長はシュウの熱意に押され、仕方なく認めた。
「分かった。だが、約束しろ。死ぬなよ。」
その夜、シュウは棚から高級な蜂蜜の瓶を取り出した。そして、黄金の液体を大匙1杯掬って舐める。
これは、半グレが薬物を吸うのと同じだ。シュウは人間の頃から、健康上の理由から、酒と煙草と薬物に手は出さないことを神に誓っていた。
だから、酒代わりに自分で調合した果物のシロップを炭酸水で割ったものを飲み、煙草代わりにミントオイルの蒸気を吸い、薬物代わりに高級な蜂蜜、もしくはメイプルシロップを舐める。その習慣は、モンスターになっても変わらない。
「異世界の蜂蜜は美味い。地球の物とは大違いだ。」
シュウがいつもの喫ミントと喫蜂蜜を楽しんで、瓶を棚に戻そうとしたときの事だ。末端の組員である童顔の人間が、本部の命令で鉄槌団事務所に届け物をした帰りに、偶然シュウが喫蜂蜜を嗜んでいるところを見つけてしまった。
「黒不死鳥様、それは、あの、最高級の蜂蜜として有名な、【アルラウネの蜂蜜】ではないですか!少し、分けてくださいな。」
「いや、これは瓶がその蜂蜜の瓶なだけで、中身は薬なんだ。そう、モンスター専用の薬で、人間が舐めたら死ぬ程の劇薬なんだ。だから絶対、舐めたりするなよ。」
勿論嘘である。シュウはかつて私に、誰にも分けてやりたくない理由を話していたのだから。
このアルラウネの蜂蜜は、植物系魔族のアルラウネの蜜のみを採取する特殊な蜂が集めて凝縮した蜜であり、この世界で最上の味と香りを誇る代物である。値段は恐ろしいほど高価で、大匙1杯の蜜でも5リルもする。
そんな高級品を、誰かに分けるわけにはいかないのだそうだ。だからシュウは、とっさに噓をついた。
翌日、シュウに蜂蜜をねだった末端の組員チョロマカ=ゾーゼイは、蜂蜜(シュウ曰く毒)を盗み食いしようと企んだ。そしてその計画を、同じ末端組員に言った。
この時シュウは、ナーミ島(日本・南鳥島に相当)の調査に赴いていて留守だった。この島は本来亜熱帯に属するのだが、ここ数十年、雲で覆われ、カチコチに凍り付いている極寒の島と化している。原因は分かっておらず、調査しようにも、そこには魔王軍の人間領戦線前線基地が置かれており、うかつに接近できないのだ。
「ちょっと良いかな。黒不死鳥様がこっそり舐めている蜂蜜を盗み食いしよう。」
「やめなよ。あれは人間にとって毒だと、黒不死鳥様は言ってたじゃないか。それに、黒不死鳥様の逆鱗に触れたらどうなるか、君も知ってるだろ。」
「大丈夫、大丈夫。黒不死鳥様はいま、ナーミ島の調査でいないから。」
チョロマカをはじめとした3人は、瓶の中に入っている残り少ない蜂蜜に勇気を出して指を突っ込み、ぺろりと舐めた。
「やはり、これは毒ではない!蜂蜜だ!」
その後も3人は、事あるごとに蜂蜜に手を伸ばし、シュウが帰ってくる前日には、もう蜂蜜は空になっていた。
「まずいよ…黒不死鳥様はきっとカンカンに怒るよ。明日には帰ってくるというのに…僕が怒られるのはチョロマカのせいだぞ、一体どうしてくれるの?」
その時、玄関で、戸が開く音と、シュウの声がした。
「おーい、お前ら、帰ってきたぞ!」
シュウは、調査中に魔王軍に見つかりそうになったので、予定を切り上げて撤退してきたのである。
オロオロする2人とは違い、チョロマカは悪知恵が働く。死に物狂いで悪知恵を働かせて、黒不死鳥に許してもらう方法を思いついた。
「そうだ、黒不死鳥様が大事にしている、あの大皿を割ろう。」
そういうと、2人の前で、チョロマカはシュウが大事に飾っていた30ゼナもする大皿を取り出して、庭に持って行った。
「じゃぁ割るぞ。3…、2…、1…、」
「おい、よせ!」
「0!もう遅いよ。」
チョロマカはシュウの大事な大皿を、石に叩きつけて割った。そして、同時に、シュウは玄関の整理を終えて、部屋に入ってきた。
「さあ2人共、大声で泣いて。」
シュウの雷が落ちた。シュウはチョロマカの首根っこを掴み、割れるような大声で怒鳴った。
「俺の皿を割るとはどういう料簡だ!貴様ぁっ!更に、その瓶も空じゃねぇか!」
シュウは腹の虫がおさまらない。当然である。30ゼナの貴重品を壊され、大事な蜂蜜を盗み食いされて、怒らない者はない。
「黒不死鳥様、申し訳ございませんでした!実は貴方様の大事な皿を磨いていたら、誤って割ってしまったのです!死んでお詫びをしようと、あの毒薬を舐めたのですが、どんなに舐めても死ねないんです!」
シュウは、怒りと感心がミックスして、低い声で笑った。
「ク、ク、ク。そうさ、毒薬の正体は高級な蜂蜜だ。よくもまぁ、こんな悪知恵を働かせてくれちゃって…お前ら、覚悟は出来てるんだよな?死ななくていいから、苦しんでお詫びをしろ。お仕置きだ。」
お仕置き、それは、末端の組員が最も恐れているものの1つ。シュウは悪事に手を染めれば、家族も友人も上司も部下も、容赦なく拷問の対象にする。
3人は一瞬でボロ雑巾1枚にされ、どこからか出現したワイヤーで雁字搦めにされた。
懺悔の間に運び、審問椅子に拘束する。鉄槌団裁判だ。
「被告人は、恐れ多くも黒不死鳥様の蜂蜜を盗み食いし、更に、貴重な大皿を故意に割った外道です!よって、私刑を求刑します!」
「今の事実に間違いはないか、外道。」
シュウの質問に、3人は、がっくりと項垂れ、罪を認めた。ベータの尋問は続く。
「何故、このような愚かな真似をした?懲悪組に黒不死鳥様の恐ろしさを知らない者はいないはずだぞ?」
「すみません、魔が差したんです。」
チョロマカらは罪を全面的に認めた。外道の罪は炙り出された。
「主文、被告人を私刑に処する。刑はしゃぶしゃぶの刑により執行される。」
シュウはアイテムポーチから、直径3メートルくらいある大鍋を取り出した。それを床に置くと、シュウは鍋に水を張った。水は原子操作ですぐに熱湯になる。
シュウは大きな鳥かごに入れた3人を一気に熱湯に入れ、まるでしゃぶしゃぶのように熱湯にくぐらせた。
「ギャァァァッ!アッチィィ!」
シュウは容赦がなかった。100度の熱湯にくぐらせて引き上げ、全身に負った大火傷を強力ポーションの霧吹きを全身に浴びせてなかったことにし、もう1度熱湯にくぐらせる。これを延々と繰り返した。
「アッチィィ!は、反省しました!ごめんなさい!弁償しますからどうか許して!」
「あっそう。反省しても拷問はやめないぞ。貴様らのせいで、被害額はどれだけ出たと思う、31ゼナだ!だから31万回茹でてやる。」
結局、この蜂蜜事件は、私が身代わりになることで、62回で許してもらった。
「シュウ君、いくら何でもやり過ぎよ、残りは私を茹でてもいいから解放してあげて。」
「へぇ、この外道のために茹でられていいの。なら、残り30万9938回、お前が茹でられることになるんだけど?」
「ええ、別に構わない!私は、アケレリアンの人々の罪を背負ってここで死ぬんだ!私は全てのアケレリアンの生きとし生けるものの罪を贖うために今ここで、シュウ君、君により処刑される!」
シュウは私の気迫に押されたのか、少し身じろぎした。そして、シュウは、仕方なく、3人を解放したのだった。
私は結局、釜茹でにされることはなかったが、シュウにより額に、「基督」という漢字が骨まで物理的に刻まれた。
これ以来、シュウがターゲットの頭蓋骨に漢字を刻むようになったのは、また、別の話。
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