12章 モンスターはセクハラを見逃せない

 イース暦27730年4月8日。

 悪徳尊師討伐から日数が経ち、シュウの機嫌が直ってしばらくした頃。

 シュウはただ1人、セイダン(日本・仙台に相当)の街を歩いていた。シュウはしょっちゅう、事務所からおよそ2㎞離れたところにある団子屋で、オススメのメニューである「幻の団子」を買って食べているのだ。

 シュウは道中にある学問所の花壇に腰掛け、買った団子をパクパク食べていた。運動場から聞こえてくる活気に満ちた声を音楽のように聴いて。

 シュウは、もう、10本を食べきってしまった。モンスターの体は燃費が極めて悪い。だから常人の8倍ほど食べる必要がある。

(やはり、10代後半の少年少女の活気に満ちた声を聴くと、俺もまだまだ頑張らなくちゃいけないな。そう思える。)

 そう思って、人間時代を含めると100歳を超える体を起こして、事務所に帰ろうとしたとき、異変が起きた。

「嫌!」

 そんな悲鳴が風に乗って流れてきたのを、ささやきの耳飾りが聞き逃さず拾ったのだ。シュウは万能の左目を使い、悲鳴が流れてきた方角を見る。

 どんな壁であろうと、万能の左目の視界を遮ることはできない。壁の向こうを、手に取るように知られてしまう。ゆえに、密室で行われた悪事も、シュウは見逃さない。

 会議室では、新年度早々、身体検査が行われていたのだが、問題は教師のやっている悪行だ。

 この、女子生徒に対するセクハラで、今問題になっている太った男の教師、ドーテム=キンモイは、今も、嫌がる女子生徒の服を掴んでは無理矢理脱がせ、全裸で壁の前に並ばせていたのだ。

 シュウの顔に血管が浮かんだ。シュウは、立場を利用して悪事に手を染める、パワハラ、セクハラの類が、人間時代から大嫌いだったのである。

「セクハラ教師!正義の黒不死鳥のお出ましだ!」

 ミスリル包丁の一閃で、窓に張ってある魔力強化ガラスは叩き割られ、暗幕が切り裂かれて落ちた。

 虹色の破片が散らばる床の真ん中に、シュウは、スタッ、と着陸した。

「ひぇぇっ!だ、黒不死鳥!わ、悪かった!金ならやる!だから見逃してくれ!」

「ダメだ。金は要らん。俺が欲しいのは、テメーの断末魔だけだ。」

 脂肪達磨のドーテムなど、シュウの相手にはならない。強力スタンガンの餌食になるのに、1秒もかからなかった。

 その後、シュウは、扉を蹴破って、ドーテムが伸びたのを見て蜘蛛の子を散らすように逃げた男子生徒を、全員強力スタンガンの餌食にした。下心を持って、身体検査を覗くなど、断じて許せる事ではないからである。

 シュウは、セクハラ教師と覗き見男子生徒を確保した後、会議室の隅でぶるぶる震えている全裸の女子生徒らに一言言って、確保者と共に懺悔の間に転移した。

「早く服を着ろ、風邪を引くぞ。」

 被害者の目には、シュウの姿が、恐ろしい悪魔に見えたか、それとも救世主に見えたか。そんな事は、シュウは気にも留めない。シュウの悪い目は、今、外道しか映していないのだ。

「ルーン、大至急、ニラ、唐辛子!用意しろ!」

 ルーンに頭ごなしに命令し、シュウ、ベータ、アルファはいつもの鉄槌団裁判を始めた。まず裁くのはセクハラ教師ドーテム。男子生徒は身ぐるみ剥ぎ取ってボロ雑巾1枚にしてから、座敷牢に詰め込んだ。

「被告人は、神聖な教職の立場を濫用して、嫌がる女子生徒を全裸にして、壁の前に並べ、眺めて楽しんだ外道です!よって、私刑を求刑します!」

 いつもの尋問が始まった。

「おい貴様、被害に遭った女子生徒に対し、申し訳ないと思わんのか?二度と学問所に来れなくなったらどうする?」

「思わない。隠していたら検査じゃぁねぇんだ。正確な結果を出すには、全てを白日の元に曝け出す必要があるのだ。」

 外道の罪は炙り出された。シュウの人間時代のトラウマが、その時蘇った。シュウは言葉にならない咆哮を、懺悔の間に木霊させ、ミスリル包丁でドーテムを刺そうとする。

「シュウ君ダメですこらえてください!」

「放せ!放せぇーっ!」

 私は必死にシュウを羽交い絞めにして抑える。最上位の女神の力をもってしても、このモンスターを抑えるには四苦八苦する。それでもなんとか、シュウを平手打ちして落ち着かせた。

 シュウの理性が飛ぶとは、やはり、人間の少年のころの身体検査の件が、シュウにとって、余程トラウマだったか、よくわかる。

 シュウは人間時代、ドの付く田舎に住んでいたのだが、そこの学校で、幼稚園から中学までの身体検査が、今では考えられない事だが、完全なる全裸で身体測定・健康診断を受けさせられていた。

 理由はシュウの学校の校医が、保護者に語っていた。要約すると、正確な結果を得るには衣服・下着の非着用が望ましく、また同性・異性問わず互いの体を見ることで体のことについて学んでほしいという願いが込められている、と言ったところだ。

 また、中学3年間の場合だが、全学年体つきを記録し、2年は背骨・腰骨を観察し、3年は心電図検査と蟯虫検査が項目に入っていたため、いちいち脱衣させると効率が悪い。だからずっと裸にする、と、そういう事らしい。

 だが、ごもっともな理由を並べていても、所詮は生徒の裸を見たい口実作りにしか、私は思えない。

「俺は人間時代、他人の体を見ても他人に体を見られても、何も感じなかった。だから中1までは平気だった。だが、その半年後、俺はインドの転校生に刺された。その時の傷が残って、それ以来俺は、誰にも体を見せられなくなった。」

「じゃあ、2、3年の時は?」

「無論校医にも、インドの馬鹿転校生に傷つけられた背中は見せられなかった。だから俺は、毒を飲み、病気のふりをして、学校を休んだ。」

 今回のお仕置きは、苛烈なものになりそうだ。お仕置きに私情を持ち込むのはご法度だが、それでもやはり、力が入ってしまう。モンスターにも心はあるのだから。

 シュウは、ここになって、ようやく、言い忘れていた判決を言い渡した。

「主文、被告人を私刑に処する。刑は燻し責めにより執行される。」

 シュウの指がパチン、と鳴らされると、床が変形し、すのこになった。下には大量の、ニラと唐辛子がうず高く積まれている。

「これからこの腐った外道を、燻し責めの刑に処す!人の尊厳をもっともな理由をつけて踏みにじる者よ、煙によって、汚れを清められるが良い!」

 そして、ニラと唐辛子の山に胡椒の袋を放り込み、原子操作で発火させた。

「ニラを混ぜるのは、唐辛子だけだと刺激が強すぎて、脆い人間は呼吸困難や肺水腫で死亡する危険があるからだ。意外と優しいんだよ、俺は。」

 刺激の強い煙が、懺悔の間に充満するので、私たちは、全員避難した。そしてシュウは、アイテムポーチから取り出したメガフォンで、問答を繰り返した。

「どうだ?罪の意識は感じたか?反省はきちんとしたのか、外道。」

「はい…ゴホッ反省しましたゲホッ、どうかガボッ許してぐださい…」

「どうした、ちゃんとした言葉で話しやがれ。」

 煙に巻かれてまともに息が出来ないだけである。

「やはり、ドーテムと男子生徒共を別でお仕置きするのは面倒だ。」

 シュウは、座敷牢に詰め込んでいた男子生徒も、煙に満たされた懺悔の間に放り込んだ。

「おい、貴様ら、反省したのか?罪の意識はあるか?」

「反省してます!ごめんなさい!だから、ここから、出してぇ!」

「女子生徒の裸をじろじろ見ること、どう思う?」

「反省してます、だから、出してぇ!」

「おい腐れ教師、立場を悪用して、女性を踏みにじるのは?」

「ハイ、ワルイ、コトデス!」

「男子共!そもそも、なんでこんな、下らないことに、興味なんか持ったの?」

「持つべきではありませんでしたぁ!」

 似たような問答を魔力自動車1杯分のニラと唐辛子が無くなるまで延々と繰り返す。しかし、最後には答えなくなってしまった。

「どうした!答えろ、って、まずい!これは、一酸化炭素中毒だ!」

 シュウはそれに気づいて大急ぎで火を消し、原子操作で一酸化炭素を分解した。そして、ぐったりしていて動かない外道を全員、医療用再生装置に入れて蘇生させる。死ぬことは許されないから。

 全員蘇生した後、シュウは、ドーテムらを懺悔の間から放り出した。

「これに懲りたら、二度と悪いことをするなよ!」

 事が済んだ後。シュウは何故これが、セイダン教育委員会で問題にならないのかを疑問に思った。

 その結果、教育に関する事柄は王の目が及んでいないことが明らかになった。とりあえず、セミナー国王に報告しよう。公的機関の悪事を、彼は絶対、許さない御方なのだから。



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