11章 神は無慈悲也
ダイヤ組長の命令が出た。今回は殲滅戦となる。リクッビ尊師を倒したとしても、部下が残っていれば、危険な組織が再発する可能性がある。ガン細胞と同じく、全滅以外許されないのだ。
「さあ、戦の時間だ!敗戦の屈辱を雪ごうぞ!」
シュウの呼びかけに、クライネ兄妹、ナスカ、ムスカ、アスカの5人が声を上げる。
「えい、えい、おーっ!」
深夜。ウボイサンガ神殿の最深部にて。
リクッビ尊師は鼻の下を伸ばしながら、クッションにもたれかかり、酒をグビグビ飲んでいた。完全に油断しているが、実はこの時すでに、リクッビ尊師は王手をかけられていた状態だった。
何故なら傾けている葡萄酒には睡眠薬が混ぜられており、また目の前で蝶のように舞っている人間の美少女の中に、アスカが紛れ込んでいるのだから。
「リクッビ、覚悟!」
アスカが突然、ナイフを取り出して、リクッビ尊師に斬りかかった。あの薄く肌の露出の多い服のどこに、凶器など隠していたのだろうか。完全に不意を突かれたリクッビ尊師だが、近くにいたリクッビ尊師を妄信している人間が、花瓶を投げつけたことで、リクッビ尊師の心臓は助かった。
アスカは花瓶を投げつけられて倒れたが、実際は倒れたふりをしているだけで、本人はノーダメージ。それを知らないリクッビ尊師の手下は、アスカを捕らえて「救済」(苦しめて殺すことで、魂を救済できると、リクッビ尊師は本気で思っているらしい)するために、アスカに近寄った。
アスカは、倒れてもがいていたのが嘘のようにさっと立ち上がり、5人ばかりを華麗に倒した後、大声で言い放った。
「貴様らは調子に乗り過ぎた!神はお怒りである!」
その言葉を合図に、ナスカとアルファが乱入してきた。
「【
【
先程の一閃で、3人が同時に、上半身と下半身が分離した。そのまま、さらに多くの手下を両断していく。血を吸った赤と黒の刀身を見て、手下の一人が、悲鳴を上げた。
「あ、赤ドスのアルファ!そんな、攻めてきたのは鉄槌団だったなんて…!」
アルファはシュウが来る前から、鉄槌団最強の剣士として名を轟かせていた。外道は、アルファの特徴である黒の軍服・軍帽に黒マントの姿を見て、皆青ざめていた。
だが今回は、特徴的な服とマントが乾かなかったので、妹の黒スーツの予備を拝借している。だから赤に黒の刀身を見るまで、この手下はアルファと気が付かなかったのだ。
「このスーツ、動きづらいな!もう!」
妹ベータは兄アルファより、7㎝背が高い。だからスーツのサイズも大きく、小柄なアルファの体に合わないのだ。ゆえに、動きが制限されて全力を出せないでいる。
「外道共!このナスカ=エルピスを忘れるでないぞ!」
エルピス兄弟の長男、ナスカ。彼は深緑に染めた膝まで届く長さの髪が特徴の男で、神官でありながら徹底的に神官らしくない振る舞いをする男だ。
ナスカは裏社会では、「切り裂きナスカ」の名で恐れられている。ナスカは魔法が使えない代わりに、独自の剣術を極めていて、魔法剣士にも対抗できる強さを有する。ナスカの攻撃手段の最大の特徴が、いきなり飛んでくる死のブーメラン。ナスカの紺と紫の僧衣から、いきなり取り出され投げつけられるブーメランは、まるで魔法のように縦横無尽に飛び、鋭い翼の部分で相手を切り裂く。
「いっ!」
ブーメランの一つに当たったリクッビ尊師の手下が、肩を切られた。仲間が心配して声を掛ける。
「大丈夫だ。ただのかすり傷…」
しかし、その手下はいきなり痙攣して、がくりと崩れ落ちた。
「毒だ!あのブーメランには毒が仕込まれている!」
アルファとナスカ、2人の剣士により、ウボイサンガ神殿は壊滅状態。さらに、部屋の外で手下を殲滅していたシュウ、ベータ、ムスカの3人がなだれ込んできた。
「【焼き払え、炙り出せ】、【
「【千の手に千の剣を握る】、【
ベータの短文詠唱の強力魔法にムスカのサポート魔法が命中する。すると、巨大な炎は細かく分かれ、その分かれた1発1発が残った手下全員に、1発ずつ公平に命中した。残りがリクッビ尊師、ただ一人になったときには、リクッビ尊師は睡眠薬入り葡萄酒の効果で、既に意識がなかった。
シュウはリクッビ尊師を担いで、懺悔の間へ連行し、いつも通り、身ぐるみ剥ぎ取ってボロ雑巾1枚にしてから床に寝かせてある十字架に縛り付けた。
「グギャァ!」
リクッビ尊師は、右手の平を釘付けにされると、あっさり目を覚ました。
「被告人もお目覚めのようですので、ここに、鉄槌団裁判を開廷します!」
「被告人は、宗教団体の皮をかぶった犯罪組織を作り、1000を超える被害者を出した外道です!よって、死刑を求刑します!」
「な、なにをするんだ!神の代理人たる儂をこんなにしおって!この背教者、不信心者!罰当たり!地獄に落ちるぞ!底知れぬ闇の中で、永遠の業火に焼かれ、断罪の刃に切り刻まれ、苦痛と後悔に泣き叫ぶのじゃぁ!」
「黙れ。地獄に落ちるのは貴様だ。貴様が神の名を語りやっていた所業は、我々が常に、神界から見ておったぞ。」
私は腹が立ったので、神威をむき出しにして、強引に黙らせた。
「では、今ここで、罪を悔いて祈るがいい。」
私は折角、救いのチャンスを与えてやったのに、リクッビ尊師は、ぶるぶる震えているだけで、何も言ってこなかった。
外道の罪は炙り出された。もはや、この外道を救う方法を、私は知らない。
「主文、被告人を死刑に処する。刑は十字架刑により執行される。ルーン!五寸釘3本持ってまいれ!」
私は首をかしげた。すでに、リクッビ尊師の右手の平は、五寸釘で止められているはずだが。3点打つなら、あと2本じゃないか。
「阿呆!打ち直しだ!手の平に釘を打ったら肉が裂けて落ちてしまうだろうが。お前は女神だろうが。元人間に教えられるな。」
シュウの根本的な間違いに、私は反論した。
「最上位の神だからと言って、何でも知ってると思ったら、大間違いだ!私たち神は人間や魔族と違い、1柱の神につき1種類の事柄しか極められないんだ!それ以外は人や魔族と変わらないんだ!」
そう、これが、神が人間に劣る唯一の点である。複数の事柄を司る神はおらず、複数の神の集団を、人間が1柱の神として認識しているにすぎないのだ。
「そうなのか。知らずにすまない。」
「分かればよろしい!」
何はともあれ、釘の打ち直しだ。もう打ち込んだ釘を引っこ抜くのは面倒なので、改めて正しい位置、手首の骨と骨の間に、五寸釘を打つ。ここに打つことで、両腕が安定して固定され、骨折もなく、出血も比較的少量で済み、何より神経が切れて手と腕が麻痺する。そして、足の方は、斜め45度に曲げた状態で踵の部分を重ねて留める。
「シュウ君、なんで君はそんなに、拷問や処刑に詳しいんだ?」
「それは…知らないほうが幸せだと思うよ。後、膝を壊しておくのを忘れてるよ。」
シュウは人間時代からそう言った事柄に詳しい理由を、教えてはくれなかった。そして、話をそらして、ルーンに指示を出していた。
今行っている十字架刑、これは地球人の神聖なイメージとは異なり、酷く残虐極まりない刑だ。足は踏ん張りがきかないので、体重は肩にかかる。肩の関節はもろいから、すぐに外れる。
「ウヒヒヒッ、肩が外れたら~、体重が胸に掛かる~。すると~、筋肉疲労でだんだん呼吸がままならなくなって窒息する~。」
シュウは悪魔の笑みを浮かべて、嬉々として説明していた。
鉄槌団構成員は、懺悔の間を後にする。もはや死を待つばかりのリクッビ尊師の成れの果てを残して。
翌日、シュウは様子見に来た。私にうんちくを語りながら。
「この刑は、あまりにも残虐だから、ローマの市民権を持つものは免除されていたんだって。それもそのはず、これ、死ぬのに数日かかるんだよね。」
そう言いながら、シュウは懺悔の間の重い扉を開けた。
「まずい!毒ガスだ!息を止めろ!」
シュウは慌てて原子操作で毒ガスを分解して無害化した。そして、吸収してしまった者全員に、強力ポーションを振りかけた。
「お前たちも道連れだ!儂と共に地獄に落ちろ!【
息も絶え絶えなリクッビ尊師は、最後の悪あがきで、闇魔法を展開した。魔法陣からは、毒ガスが大量に噴き出してきて、懺悔の間を満たす。しかし、
「ふん、サリンか。だが、俺に毒は効かない。さあ、最後まで迷惑をかけた外道め!この俺が地獄の底に叩き落としてやる!」
原子操作で分解し、全員にまた、強力ポーションを渡した。最後の悪あがきは、結局不発に終わった。
シュウのアイテムポーチから、2.5mはある巨大な金色の斧が取り出された。シュウは何百㎏もあるだろうそれを、モンスターの尋常ならざる力でひょい、と持ち上げて、大上段に構える。それが、落雷のように振り下ろされた。
「チクショオオオオ!ヤメロオオオオオッ!」
こうして、外道はモンスターの
その後、総本山を失ったヤルタファオッテ教の団体は、すぐに瓦解した。そして、ヤルタファオッテ教の危険性をダイヤ組長はセミナー国王に指摘、王もそれが事実だと明らかになった時点で、エミシャイヌ王国中に禁教令を出した。エミシャイヌ王国に信教の自由はないのだ。
ヤルタファオッテ教の残党は程なくして、全員摘発されたそうだ。教祖もシュウにより粛清されたので、今後ヤルタファオッテ教が悪事を働くことはないだろう。
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