9章 モンスター勇者 完敗
オーアツ島の戦いが繰り広げられている時。
魔王ダノット=トランパードの元に、1体の
但しその姿は、人ならざる要素が前面に押し出されている。人型の体からは銀の角と尻尾が生えていて、両の目尻と左の額、右の頬には、髪や目と同じ色の鱗がある。
この紅龍こそ、600年以上続く龍彗戦争を引き起こした元凶、四天王が壱位、龍鬼リドル=デフェルドである。
リドルは手を叩きながら、低い、威厳のある声で、他3名の四天王に、集合を命じた。その声は、世界に散らばっている3名に、魔力通信機越しに届く。
「直ちに魔王の間に集合せよ!魔王トランパードのお呼び出しであるぞ!」
ものの数秒で、リドルの後ろに、3つの黒い渦が発生し、3名の四天王が転移してくる。まず、四天王が弐位、機神ハイドが転移してくる。続いて、残りの2名も、同時に転移してきた。
軍服を着たチョビ髭のドラキュラは、四天王が参位、厄皇フュードラン。
白髪を三つ編みにした、着流しに眼鏡の雪女は、四天王が四位、氷王エリセト。
四天王、2年ぶりの勢揃いである。
「おはよう。今日は何と良い天気なのだ。絶好の集会日和だ。こんな日に、顔ぶれが変わらず四天王が全員揃ったことを朕は大変、喜ばしく思う。」
魔王の尊大で芝居がかった口調も、2年前に魔王を継いだ時から変わっていないようだ。
「あと1年で、この四天王も顔ぶれが変わらず50周年を迎える。これは魔王領が遠くアグラット島(地球・ブリテン島に相当)にて成立して以来、初の事であーる!」
「はい、それは何と、めでたいことでしょう。大体、この世界の魔王軍は四天王の入れ替わりが激しすぎるのです。」
リドルが言った。
この世界の魔王軍では、300年弱前に、ここアムリタ大陸(地球・南北アメリカ大陸に相当)に第2代魔王領が成立して以来、「魔王は長くても8年で引退する」という決まりがあり、魔王が次々に入れ替わる。四天王は、魔王が自由に任免できるため、魔王が頻繁に入れ替わるこの世界の魔王軍では、四天王も同様に入れ替わりが激しく、数年から数十年に1回くらい入れ替わるのだ。唯一の例外を除いて。
現在の四天王は、4名のうち3名が、四天王の継続期間が3桁に達している。これは史上初と言ってもいいことなのである。
「まさに偉業也!あと1年なんて待ちきれませぬ。前祝を今すぐやりましょう!」
一刻も早く祝宴を挙げたいリドルは、魔王を急かす。リドルのせっかちさをを魔王は窘める。
「慌てるな、リドル。あと1年位、お前にとっては一瞬ではないか。今まで49年、四天王は顔ぶれが変わらなかった。あと1年経っても変わっていないだろう。」
リドルは「悪い予感がするから前倒しにしろ」と魔王に訴えているのだが、魔王は信じてはくれず、逆に「心配性」のレッテルをリドルに張り付けた。
「それで、1年後の祝宴についてなんだが…」
「魔王様、リドル様!オーアツ島の戦いでわが軍は圧倒的に劣勢!実験用にジャガーノート・クラスに搭載していたリドル・トーチ改も破壊されました!」
「何?それは大変だ。急用故集会は一時解散。ハイド、奴らに目にもの見せてくれる。出撃せよ!」
「実験」という単語を聞いて、昔のトラウマを思い出して震えていたハイドは、ビシッ!と敬礼して、オーアツ島に転移する渦を開き、くぐっていった。
「全く、魔王城がこうも広いと、転移がないとやっていられませんな。」
フュードランが文句を言い、エリセトがうんうん頷く。何せ魔王城は広すぎる。大きすぎる。魔王の間だけでも、チパン帝国のフゥチ大火山(日本・富士山に相当、ただし少し高く、高さは4㎞程ある)がすっぽり収まる大きさがある。あまりに大きすぎて、通常空間には建てられず、幻想の空間に浮いている。
リドルがこらこら、と言いながら転移して消える。フュードランとエリセトも、遅れて転移し、幻想の空間から通常空間に戻っていった。
ところ変わってオーアツ島。エミシャイヌ王国軍へハイドより、降伏勧告がなされた。しかし、アルゴンらは見栄を張り、降伏勧告を突き放した。
「ふざけるな!誰が魔王軍なんかに!ここで俺を殺しておかないと、いつかテメーを殺しに行くぞ!」
この台詞がハイドの耳に入った瞬間、エミシャイヌ王国軍に災厄が降りかかった。
シュウは仮にも「勇者」を名乗っているくせに、巻き込まれることを恐れて、アルファらのいる所に撤退した。そしてそれが、シュウの命を繋いだ。
降伏せず攻めてくるエミシャイヌ王国軍に対し、ハイドはぼそり、と呟く。
「【フリィトアーマー】、展開。」
すると、ハイドの全身に黒い靄のようなものが巻き付いた。黒い靄は魔力砲、それも地球の戦艦に積んでいそうな連装砲を4基8門取り付けた鎧のような形を形成する。
フリィトアーマーを装備したハイドの姿は、大きな戦艦の模型を一度ばらばらに壊し、鎧のように繋ぎ合わせたようなものを身に着けたようだった。
これがフリィトの戦い方。フリィトらは、このような鎧を纏い、取り付けられている装備で戦う。その姿は、まさに、軍艦の擬人化絵そのものである。
「もう一度言う。立ち去れ。さもなくば死ぬぞ。」
もう一度、降伏勧告をしたが、応じる気がないと判断したハイドは、エミシャイヌ王国軍の殲滅を開始した。
4基8門の魔力砲が、一斉に火を噴いた。別々に飛ぶ魔力弾は空中で細かく分裂する散弾で、これに当たった人間や魔族は、複数個所で木切れを倒したドミノのように一斉に倒れていった。
倒れて死んでも、体にはさらに魔力弾の欠片が命中し、どんどんボロボロになっていく。常人が見たら吐き気を催す。
「そんな、カルシウム様が!将軍様ぁーっ!ぐわっ!や、やられたっ!」
4体のドラゴン将軍、ナトリウム、アルゴン、カリウム、カルシウムのうち、カリウムに次いでカルシウムも、全身ハチの巣にされて死亡した、そんな報告が飛び交い、士気がまたもや下がった。全軍の生存者の半数が2体目のドラゴン将軍の死を知った時には、エミシャイヌ王国軍は総崩れになっていた。
逃げる者の背中にも、やはり無数の魔力弾の欠片が無常に刺さり、大地は数多の種族の血と涙で潤された。
この日の激戦で、エミシャイヌ王国軍は全軍の殆どを失い、西へ、落日の方角へと逃げ崩れていった。戦死者の7割は、機神ハイドの散弾によるものだった。勝利した魔王軍も、被害は決して少なくはない。魔王軍も、全体の4分の3を失う大損害を負ったのだ。
この悲報は、国中に、地球の大本営発表とは違って正直に伝えられた。兵力の大損失も勿論衝撃ではあり、遺族の涙は街を濡らすほど流れたが、それ以上に、エミシャイヌ王国の主力であった龍族のうち、カリウムとカルシウムが死亡し、アルゴンも決して軽くない傷を負ったことは、大きな衝撃だった。
シュウら8名の鉄槌団構成員は、全員、懲悪組本部に生きて帰ってきた。全員、重軽傷を負っており、殊にシュウは、最も重傷だった。
シュウは、ハイドが放った流れ弾に腹を撃ち抜かれていたのだ。裏社会の外道の刃物や魔法銃を防ぐことが出来る黒不死鳥装束と言えども、四天王の攻撃は防げず、貫通を許してしまったのだ。
シュウは帰るころには、血が抜けて自力で歩けなくなっていたので、私はシュウを医療用再生装置に担ぎ込み、壊れた組織・器官と失った血液を再生させた。
こうして、シュウの初めての魔王軍との戦は、最強勇者、シュウの完敗で幕を閉じた。
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