5章 放火魔セプタ
イース暦27730年3月9日。2か月の間、シュウは新たに手に入れたスキル、【変化】の練習をしている。今は休憩がてら、魔力テレビを見ている。
「続いてのニュース。我がエミシャイヌ王国のセミナー=デーダー陛下とイースの連合軍が魔王軍に大勝しました。今回の戦いでわが軍は…」
私とシュウは情報を得るため、毎日、魔力テレビで流れるニュースを見ている。ニュースによると、この世界では【
「続いてのニュースです。昨日、チパン帝国(日本・関東以西に相当する場所)首都イェトー(日本・東京に相当する場所)であった放火事件により、イェトー中が焼き尽くされた事件で、犯人、セプタ=マナビスが、国境を越えエミシャイヌ王国内に逃走しました。」
昨日、イェトーでは極めて風が強く、乾燥していた。そんな中、突如あった放火事件。乾燥した強い風により、炎は一気に舞い上がり、巨大住宅街を焼き尽くす大火となった。イェトーには多数の古い木造家屋が密集している。この中でもし火事があれば、火は街中に広がり、多数の命が失われ、巨額の経済的被害が出る。今回の大火でも、数えきれないほどの命が失われ、街の建物も、唯一の鉄製の建築物である333メートルの巨塔、【バベル】を除いて全滅した。人や魔族の損失、建造物や物品の損失の量はともかく、イェトーに置かれていた懲悪組の支部が巻き込まれ、ダイヤ組長の弟グラファイトを含む組員の9割以上が命を落としたことは大問題だった。ダイヤ組長の怒りも極限に達している。
「黒不死鳥!私の弟を焼き殺した罪は重い!殺害命令を出す!今回は確実に、鉄槌団の全力を以て、息の根を止めろ!」
「はい、自分のしでかしたことを篤と篤と魂に刻み込みます。必ずや、苦痛と後悔に泣き叫びながら地獄に落ちるでしょう。」
懲悪組の逆鱗に触れたものがどうなるのか、チパンの者にもしっかりと分からせてやる、と、シュウは意気込んで、セプタの居場所を調べに、プロの情報屋にコンタクトを取った。
「奴を仕留めるためなら、金に糸目は付けん!報酬は100ゼナ出す!確実に殺れ。」
シュウはルーンとベータに命じ、火あぶりの準備をさせてから出撃した。
シュウは悪人を拷問し処刑することが大好きな危険人物で、殊更火や熱を使うものを好むのだ。
「お前は薪と油を用意する手伝いをしろ!確保後、すぐに鉄槌団裁判、そして刑執行だ!」
私は最上位の女神なのに、勇者に命令されるのだった。
とある森の奥、大木の裏に、薄汚れているとはいえ華やかな身なりの女が、座り込みながらぶつぶつ言っていた。
「そんな、そんな…ここまで大事にする気なんてなかったのに!私はただ、オクタさんに…」
彼女、セプタ=マナビスが狂ったのは、去年の大火のこと。
鍛冶屋をやっているヒノブ=ヨージンのコンロの消し忘れから発生した火事は、瞬く間にイェトー中に広がった。この火事に、青果店を営んでいたマナビス家も巻き込まれ、グバンマーヒュ神殿に避難していた。
避難生活をしばらく送っていたある日のこと。
セプタが神殿の回廊を歩いていたら、この神殿で修業をしていた青年、オクタ=タネハと、ばったり出会った。
「きれいな人…」
セプタの心に、小さな火が付いた。
「ちょっと、そこの嬢ちゃん、少しいいか?箒の棘が刺さってしまってな。なかなか取れないんだ。君ならできるか?」
セプタはオクタの指に刺さっていた棘を抜いて、刺抜きをオクタに返そうとした。その時、セプタとオクタの手が触れあった。
セプタはオクタに惚れてしまい、それ以来オクタのことが頭から離れなくなってしまった。
「逢いたい、また逢いたい!なのに逢えない!同じ屋根の下にいるのに!」
セプタと会って以来、オクタの挙動が少しおかしくなったので、オクタは病気を疑われ、付きっきりで看病されているのだ。
元々、オクタは修行の身。本当は、堂々と女と付き合うわけにはいかない。だからセプタとオクタは、今まで周りの目を盗んで、夜中にこっそり会って話をしていたのだ。しかし今は、毎日24時間、誰かが見張っている。これではとても、顔を合わせられない。
そこでセプタとオクタは、部屋が幸運にも隣同士だったことと、壁に亀裂が入っていたことをいいことに、そこからこっそりと手紙を交換していたのだ。
そんな実らぬ恋の炎に身を焼かれる生活が、しばらく続いた。
長い長い避難生活最後の日。
セプタの父、青果店主人アルマゲと母キビシーが、大喜びして神殿の門をくぐってきた。
「セプタ喜べ!うちの店が、遂に元通りだ!これでまた今まで通り暮らせる!」
「そ、そう。よかったね…」
セプタは喜べなくなった。もう、二度と、オクタには会えないだろうから。
グバンマーヒュ神殿は本来は、女人禁制の聖域である。今までは大火という非常事態だったので、女性も避難場所として受け入れていたが、普段入ろうとしたら、槍を持った門番に追い返されてしまう。
「最近、セプタの様子が変だわ。きっとあの青年にそそのかされたんでしょ。これは早いところ婿を見つけて、あの青年のことは忘れてもらわないと。」
三角フレームの眼鏡がチャームポイントの、ザ・教育ママのキビシーは、一人娘の将来を思って、ため息をついた。今も、キビシーの目の前では、セプタが庭の地面に、何度も何度も、白い指が黒と赤になるまで指で「逢いたい逢いたい」と書いている。
それを庭の外からのぞき見していた、ならず者の青年がいた。彼、トリ=キョサーハンは、にやりと笑みを浮かべた。
「神殿で修業中の青年に惚れた娘、ねぇ。こりゃ、良いカモになりそうだぜ。」
トリは薄汚い歯をむき出して笑い、客を装って青果店に入った。
セプタはカウンターの向こうで店番をしながら、ずっとぶつぶつ言っている。そこに、トリがするりと入り込む。
「誰に逢いたいんだって?俺でよかったら聞いてやってもいいぜ。誰にも言いふらさないから、さ。」
セプタは恐る恐る口を開き、グバンマーヒュ神殿のオクタに惚れたこと、逢いたいのに逢えないことを話した。そして、家が直ったから、神殿が本来女人禁制だから、手紙一つ渡せないことを。
「そうかそうか。ならお前は幸せもんだな。何故なら俺、あのオクタ=タネハの世話係の一人なんだ。俺でよかったら、手紙くらい、届けてやるよ。だけど…」
トリは交換条件を出した。
「もちろんタダじゃないぞ。手紙1枚当たり10リル(1リル=約100円)よこせ。」
「いいの?ホントに届けてくれるなら、お金ならいくらでも出します!」
「よっし!交渉成立だ!それにしても、今までこんなに書き溜めてたのか。12枚だから…1ゼナ20リル!まいどありぃ!」
トリは、手紙をオクタに渡すつもりは、さらさらなかった。トリにとって、金さえ手に入れば、恋する乙女の心など、どうでも良かったのである。
トリは隠れ家で、手紙を破って燃やしてしまった。そして、オクタになりきって、偽物の返事を書いて、翌日セプタに渡したのである。
「わぁ!嬉しい!ホントに返事をくれるなんて!」
セプタは実情を知らぬに、大喜びしていた。
それからというもの、セプタは毎日のように、少女にとって大金である10リルもの金を、トリに貢いでいる。
当然、花の18の乙女の貯金はすぐに底をつき、セプタは店の金をくすねるようになってしまった。
「セプタ、うちの金が少なくなってきている気がするんだが、お前何か知らないか?」
「え?し、知らないわ。」
「そうか?なら、良いんだけど。疑ってすまなかった。」
今日も、トリが手紙の渡し賃を回収にやってきた。セプタはトリの腕をつかんで、渡し賃を負けてくれるように懇願した。
「トリさん、今回は、今回だけは負けて頂戴!お店のお金に手を付けたのがばれそうなの!」
「ああ、そう!じゃぁ渡せねぇな。あーあ、オクタの奴、がっかりするだろうな。」
セプタはふさぎ込んでしまう、そこに、トリがヒソヒソ耳打ちする。
「実は、ここだけの話、オクタに逢う方法が、一つあるんだ。」
「え、何?何?」
セプタは目を輝かせる。
「もう一度火事になればいいんだよ。なぁに、そう大きな火事でなくていい、家が燃えれば、また神殿で暮らせるかもよ。」
トリの目的は、火事場泥棒だった。セプタから金を取れなくなってきたことで、ここらで一つ、大儲けしようと企んだのだ。
「ホントに、火事になればまた会えるって、オクタさんも言ってたの?」
「ああ、そう、残念がってたぜ。」
トリは肩をポンポン叩いて、去っていった。路地裏で、トリはほくそ笑む。
「ばーかーめー。火付けは大罪、死に当たるってのに。そこまでしてあんな奴に逢いたいもんかね。まぁ俺にはどうでもいいが。アイツがお縄になったところで。」
しかし、トリは知らなかった。隣の国には、警官より、神の天罰より、もっと恐ろしい怪物がいるという事を。
「そうよ、そうよ。また火事になれば、オクタさんも言ってたじゃない。」
セプタの目は、完全にどす黒く染まっていた。その日の深夜零時、セプタは店に置いてあった箱と梱包材を積み上げ、台所の油を撒いて火をつけたのだった。
「これは私の心から出た恋の炎、燃え上がれ、届け、あの人の神殿まで!」
実行日は風が強かったのもあって、火はあっという間に、首都全体を飲み込んでしまった。バベルもすぐに、火にまかれて焔色に染まる。
セプタは恐ろしくなって、どさくさに紛れて、チパン帝国からエミシャイヌ王国に逃げ出してしまった。己が今、誰に目を付けられているかも知らずに。
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