1章 モンスター勇者

 アケレリアンは、私たち神々の目の届く異世界の中でも、ひときわレベルが高い。今まで、どれだけ多くの者が勇者として派遣され、四天王が壱位リドル=デフェルドをはじめとする魔王軍に返り討ちに遭って、殺されていることか。

 普通の神と勇者の力では手に負えないアケレリアン攻略。業を煮やした神々は話し合いの末、神界のトップであるこの私、苦痛の女神ニライカナイと最強のモンスター勇者、シュウを攻略に出すことを決めたのだ。

 シュウは今は危険なモンスターだが、元々は、地球に住む人間で、人間時代の名は朝偉あさい秀三郎しゅうさぶろうだった。

 秀三郎は99歳と364日の老人で、いつも本を読む孤独な男だった。

 少年時代から視力、聴力共に悪く、裸眼視力は約0.1程度、耳も低い声や音は殆ど聞こえなかった。

 そして大学生だった頃、劇薬が目に入ってしまい、それ以来左目が殆ど見えなくなってしまっている。

 そんな彼も、14の時からレベルの高い異世界攻略に6回も成功しているベテラン勇者。今回、今までの勇者では手に負えなかった異世界アケレリアンの攻略に、切り札として召喚されることになった。最上位の女神に史上最強の異端者ならきっと、と。

 しかし、気の遠くなるような時間を生きてきた神々は忘れている。人間は急速に老い、劣化し、腐りにくさっていく生き物であることを。

 かつて秀三郎を召喚したとき、御年58であった。体が衰え始めていたため、どうにか魔王討伐、攻略成功したものの、かなり苦戦を強いられた。

 今回はさすがに、いくら切り札の勇者といえども、年には勝てぬと嘆いたのだが、ふと、この枯れ木のような体を交換すればいい、という発想が、脳裏をよぎった。

 その方法は、幸運不運を司る神に依頼し、運命を操って、秀三郎に死んでもらって、魂だけ召喚してから私があらかじめ用意していた新しい体に入れよう、というものである。

 イース暦27729年(西暦2069年)1月5日、私はついに、行動を起こすことにした。思い立ったが吉日、思いついたその日に。

 運の神ジョーカが、シュウのいる図書館に、邪教を妄信するテロリストを派遣した。

「異教の書など、この世にいらなぁいっ!この世に神は唯一、ラメンジャーのみ!」

 ラメンジャーなどという神は、聞いたこともないのだが。

 テロリストは、何を思ったか、奇声を上げながらスプリンクラーや非常ベルを壊したうえでガソリンを撒いて火をかけた。

 館内は地獄絵図。人々が我先に逃げ出す中、秀三郎だけが逃げず、蔵書を守ろうとした。

 自身の10倍以上大きな炎と戦う姿は、とても、死にかけの老人とは思えなかった。

 秀三郎と火焔との激戦は3時間以上続いた。秀三郎の活躍により、蔵書の多くを救うことができたが、本人は炎の中心で力尽き、糸の切れた人形のように倒れた。

「ここまでか…炎が熱くない…俺はもう死ぬようだ…全部助けられず申し訳ない…」

 そう呟いて、秀三郎は意識を闇の底に沈めた。享年99歳364日、生涯未婚、生涯童貞で秀三郎は、人間としての生を終えた。

「ここは、どこだ?そうだ、俺は火の中で力尽きて死んで、それから…」

 私は事情を話した。秀三郎は乗り気ではなかったのだが、たった1枚の書類を見せただけで、

「やります!全力を尽くして!」

 と、快く承知してくれた。

 偽物なのだが、書類には、こう書いてあった。

「貴様は以下の罪により、地獄に落としてやる…(略)…ただし、異世界アケレリアンの攻略に成功したら、罪は帳消しだ。閻魔」

「しかし、俺の体は燃えて無くなってしまった筈だ。これでどうやって、短刀ドス拳銃チャカを握ればいいんだ?」

「だーかーらー、そのために一旦死んでもらって、体を交換するの。この体に入ってみて。」

 新しい体は、悪鬼の死体から作られている。秀三郎は生前、人としての心がいくつか欠落しているので、人間よりモンスターの体の方がぴったりだろう。

 秀三郎はフランケンシュタイン・モンスターのような体に入っていった。

 秀三郎の魂が見事にフィットした瞬間、体に反応が起こり、体に刺さっていた金具が、銃弾のように飛んだ。金具は私の手首を掠めて切り裂いた。血がダラダラと流れ、新しい体にかかった。

 その瞬間、体から「バチッ!」と大きな音がした。血が染み込み、体が閃光に包まれる。女神の血を触媒にして、秀三郎は、自らの体を「異端の力」を行使するのに最適な体に内部から作り変えている。

 金色に光るからだから、糸や金具が吹き飛んでいく。すべて外れたら、体が潰れて点になる。

 次に、点になった体が光の球体になって膨らんでいく。やがて光の球体は、石の卵のようになって、そこで激しい反応が止まった。

 石の卵を尋常ならざる力で割り、中から完成した新しい体を手に入れた秀三郎が出てきた。秀三郎は石の卵から出ると、右手で上を、左手で下を指さして、高らかに言い放った。

「天上天下 唯我独尊。」

 完成した新しい体は、人間の姿にも、与えたモンスターの体にも、全く似ていなかった。

 肌が三日月のように青白いのは、与えたモンスターの体と同じだ。だが、それ以外の点は、秀三郎のオリジナルだ。

 純白のサラサラの髪は胸くらいまで伸び、耳は歪に尖っている。見えない左目は人間のままだったが、視力は悪いが見える右目は白目が赤、黒目が金色で、瞳孔が縦長の、モンスターの目に変わっていた。

 そして、顔から左足にかけては、特徴的なひび割れ模様が、らせん状に赤く描かれている。

 顔も体も、モンスターのくせに神のように整っていて美しい。しかし体の方は、中性的な、いわばマネキンのような体つきだった。

 体表面はガラスや陶磁器のようにつるりとしていて、人間なら体表面にあるはずのもの…例えば、体毛(髪と眉以外)、乳首、臍、性器といったものは全く存在しない。また体つきも、ほぼ凹凸がない。

「見るなぁぁぁ!」

 秀三郎はいきなり、私を突き飛ばした。モンスターの尋常ならざる力の前に、軽い私の体は10メートルも飛んだ。

「悪かった。背中の傷は誰にも見られたくないんだ。」

「あっ。ごめん!」

 今、秀三郎は裸体である。ゆえに、背中の傷が見えてしまう。その傷を中心にやはり、ひび割れ模様があるので、人間時代よりも目立ってしまう。

「俺もごめん。これ、13の頃にクラスメイトに刺されてしまってな。その傷が消えないんだ。だから背中は医者にすら見せられない。」

 シュウが言うには、シュウは少年時代から現在まで、あらゆるものを適度に食べることを是とする主義であって、特定の食べ物を食べない人を悪く言っていた。

 それで、牛だったか、豚だったか忘れたが、食べようとしないインド人の転校生を軽蔑するわ、罵倒するわ、攻撃するわ、強引に口に押し込むわでいじめていたのだが、余程追い詰めてしまったのだろう。彼は半年ほど我慢していたが遂に、調理実習の時に衝動的に果物ナイフで秀三郎の背中を刺してしまったのだそうだ。

 このインド人は、すでにお亡くなりになっている。追い詰められていたとはいえ人を刺してしまったことは十分に反省していたため、本来なら殺人未遂で地獄行きのところ、閻魔様に許してもらったそうだ。

 傷の話から話題を変え、自分のレベルやスキルを見てみた。

 レベル:444

 スキル:

 原子操作

 原子、分子を自由自在に操り、物を作れる。生命、霊的なものには使用できない。

 万能の左目

 無数のスキルを記憶し自由に発動させられる左目。

 魔法の達人

 どんな魔法も無詠唱で発動可能。毎秒1発の速射性を有する。魔力量を節約できる。

 外道ハンター

 外道を苦しめることで、膨大な経験値を積める。

 転移

 自由自在に自分や他人をワープさせられる。ただし、一度行ったことのある場所しか行けない。

 アイテムポーチ

 亜空間に道具を無限収納でき、その時必要なものを一瞬にして取り出せる。

 最初から400を超えるレベルに加え、スキルも主要なもので6つもある。元々切り札と言われていただけあってかなり強かったが、モンスターになったことで、さらに磨きがかかっている。

「おっと、いつまでも裸のままおしゃべりする訳にもいかんな。部屋を貸してくれ。この姿にふさわしい服…【黒不死鳥ダークフェニックス装束】を作って着替える。」

 そう言って、原子操作で早速作ったバスタオルを巻きつけ、濃緑のフレームの眼鏡をかける。モンスターになっても、視力は回復しなかったのだ。そして、勝手に近くの個室に入り、問答無用で借り切った。

 個室からは、入ってすぐに出てきた。出てきた秀三郎は、黒不死鳥装束と名付けられた、不死鳥の銀刺繍が入った黒い着物と青い袴に身を包んでいた。

「いかがかな、この黒不死鳥装束は。この服はカーボンと金属、そして特殊な化学繊維でできていてな、丈夫で、拳銃弾や刀による斬撃を防ぐこともできる他、水を良くはじきさらに燃えにくい。これ自体が着物型の鎧なんだ。」

 シュウがあえて、着物の形にしたのは、彼曰く

「異世界に行っても、モンスターになっても、俺は日本人である、そのアピールだ。」

 そうだ。

「秀三郎君、はい、これ。私からのプレゼント、【ささやきの耳飾り】。これを付けると、聞こえにくい音がはっきり聞こえるようになり、遠く離れていても私と会話できるよ。」

「ありがとう…って、要するにこれ、通信機付きのおしゃれな補聴器じゃないか。」

 そういってケラケラ笑った。

「秀三郎君、そろそろアケレリアンに行こう。」

「よし、準備はできた。あと、朝偉秀三郎は、もう死んだ。俺の名前は、シュウ=アサイーだ。」

「行こう、シュウ君。」

 1月6日、私とシュウは、神界に別れを告げ、アケレリアンの国の一つ、【エミシャイヌ王国】(地球の地図でいう日本・北海道・東北地方に相当する場所)に赴いた。


















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