第37話

「どうやら、僕も奥の手を出すしかないようだね」


 アスタロトの軸足である左足までもが黒く染まっていく。


「む!?」


 危機を察知したアスベルは距離をとる。

 

 アスタロトはたおやかな鶴のように足を曲げ、漆黒に染まった両足を地につけた。


「見てくれ兄さん……これが僕の究極だ!」


 足の漆黒はアスタロトの胴体にまで浸食し、唯一肌色が残るのは胸元だけ。両腕に、赤黒い光と青紫色の光がとぐろを巻いていく。


 瞳さえも黒く濁ったその姿は、まるで悪魔だった。


「五の秘儀----サタン」


 アスタロトの姿が消えた。


はやいーーーー!?」


 アスベルの胴体に中段突きがめり込んだ。


 さらにアスタロトはくの字に曲がった彼の後頭部に踵落としをかまし、床から跳ね上がったアスベルの髪を掴んでからの膝。


 跳ね上がった上半身にジャブの連打を浴びせ、駄目押しの回し蹴りを顔面にぶちかました。


 アスベルは後方に吹き飛ばされ、大の字に倒れこむ。


「国王様ああああああ! いやあああああ!」


 あまりにも凶悪な乱舞に、エルザが顔を覆い隠してしゃがみこんだ。


「まさか、これで終わりじゃないよね? 兄さん」


 アスタロトが腰に手を当てて問いかける。


 アスベルは、倒れたまま……にかっと白い歯を見せて笑った。


「伝わってきたぞ……伝わってきた! うっ! うっぷ……!」


 跳ね起きるアスベル。

 

 直後、血反吐を床にぶちまける。


「…………伝わったって、なにが?」

「お主の培ってきたすべてが! お主の想いが伝わってきた!」

「はっ、肉体言語主義もここまでくるとイカれてるね」

「余は体験主義であるゆえ、お主の語る想いは言葉だけでは納得できなかった。だが、いままさに納得したぞ! お主の本物の想いが!」

「……だったらなんだい? 僕の本気が伝わったら、兄さんはどうするの?」

「余もみせよう……奇しくもあの赤髪と同じだった、余の技を!」


 アスベルの両足が白く輝く。

 

 腕には赤と青の光が溶け合い、薄い桜色の光を放ち始めた。


 緩く開いた左手は顔の前。


 固く握った右手は腰の横。


 足は肩幅。

 

 視線は正面。


 体は半身に構え、重心は爪先へ。


 残像を残してすり足気味に距離を潰す。


「ふっ、そんな馬鹿正直な攻撃が……うぐっ!?」


 左手の抜き手と見せかけた右フックがアスタロトのこめかみにめり込んだ。


 続いて肝臓を破裂させんばかりのボディブロー。


「がはぁ!」


 唾を吐き出すアスベルの顔面に打ち込まれるワン・ワン・ツー。


 伸ばし切った腕で髪を掴んで顔面に膝。


 最後に、アスタロトの頭部を両手でがっちりと掴んで、アスベルは体を反らせる。


「ぐううううううっ! あああああああ!」


 口から血を流しながら、アスタロトが吠える。


 しかし、頭部を固定する両腕からは逃れられない。


「これで」


 アスベルの額に、三つ首の竜の紋章が浮かび上がった。


 ゲンブの固さで腹筋を絞り、いま、彼は頭を振り上げた。


「終わりである!」

「ああああああああああああ!」


 ごぉぉおおおん……。


 それは、千里先まで響きそうなほど、澄んだ音色だった。


 アスタロトは白目を向いて倒れ、動く気配はない。


 アスベルもまた、逆側に大の字になって倒れた。


「終わった……の?」


 エルザが恐る恐る目を開けると、アスベルがすっと拳を突き上げ、びくんと震えた。


「よい勝負であった! これにて決着である!」

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