第35話
「なぜか眠っていたようだが、起きるまで待っていてくれたのか?」
「いいや、二度と目覚めないと思ってただけさ。なんで起きてんだお前? 俺ぁ、確かにあんたの首を折るつもりで殴ったはずだ」
「そうか。だが俺の首は折れちゃいない。期待外れだったようだな」
「いいや……期待以上だぜ、あんた」
握りつぶした兜を放り捨てるロバート。小さく圧縮された兜は石の床を砕いた。
「この兜、何キロだ?」
「三十キロだ。鎧の上半身が七十五キロ。下半身も七十五キロ。手甲は片方十キロ」
「トータルで二百キロか……これまた古典的な特訓方法だな」
「由緒正しき、といってくれないか。本来は全身で百五十キロなんだがな。つい欲張って、かさまししている」
「隊長の癖にずるいじゃねえか」
「中には軽くする者もいるんだ。これくらい許して欲しい。まぁ、軽くした者は国王様に見抜かれて降格させられたがな」
近衛隊長は茶色の短髪をかき上げて笑った。
「弱いふりをしていたのか?」
「いや、日常生活を送るだけで精一杯だっただけだ」
「そうかよっ!」
ロバートが神速のジャブを放つ。
けれどその拳は、近衛隊長の左手によって阻まれた。
「ようやく体が追いついた」
「見えていたんだな? 最初から」
「ああ」
「どうりで打たれ強いわけだ。お前は俺の拳が見えていた! 受け止められないまでも、当たり所をズラすことはできたってわけだ!」
「そうだ。だがいまは受けることもできる」
「も、ってのは?」
「殴ることもできるということだ」
近衛隊長はロバートの拳を握りしめたまま右腕を振りかぶった。
歯を噛みしめ、彼の大胸筋から肩、二の腕、前腕にかけて、太い血管が浮かび上がる。
「へっ、悠長に----っっ!? うごけねぇ、だと……?」
ロバートは距離を取ろうとするも、掴まれた手が引き離せない。
「俺は近衛隊長! 国王様を守る者! 守護者の拳、受けてみろ!」
近衛隊長の拳が、ロバートの顔面を----穿つ。
※ ※ ※
「ここから先は謁見の間だ!」
「止まれ、逆族め!」
「まかり通る!」
アスベルは行く手を阻もうとする兵士たちをなぎ倒し、謁見の間にたどり着いた。
「国王様!」
エルザが無傷であることを確認し、アスベルはほっと胸を撫で下ろす。
「へえ、ロバートを差し向けたのに思ったより元気そうだね」
「余を送り出してくれた者たちがおる」
「死人がでるよ?」
「近衛隊長を置いてきた」
「ええ!? ド、ドレイクを!?」
「そうか……。やはり、あの男……」
「年齢さえ若ければ、余の代わりに王家の秘術を習得するはずだった男だ。なにも問題はない。それよりも、だ」
「え? ええっと、二人とも、誰の話をしているんですか……?」
エルザの耳は、近衛隊長が強者である事実を受け入れられないようだった。
そんな彼女を放置して、アスベルは拳を鳴らし、アスタロトの座る玉座へと歩いていく。
彼の目の前に立ち、殴りつけた。
「いきなりなんだい?」
アスタロトは、涼しい顔でその拳を自身の掌で受けとめていた。
「そこは余の椅子である。いますぐどくのだ!」
「どかしてみなよ、兄さん」
「二の型ーーーー」
「い、いきなり!?」
頭を抱えてしゃがみ込むエルザ。
アスベルの右足が、白く発光する。
「ビャッコ!」
上段のハイキックが炸裂。弧を描いて顔面に打ち込まれたその攻撃を、アスタロトは座ったまま足で防いだ。
「ふふ、いくら王家の秘術といえど、その予備動作の大きさでまともに食らうとでも?」
「二の型」
アスベルの軸足である左足までもが、白く輝きだした。
彼は右足を地につけて体を回転させると、こんどは左足で回し蹴りを放つ。
「なに!?」
「ビャッコ!」
二度目の攻撃は、空を切った。
アスタロトは玉座の背もたれをつかみ、逆立ちしている。
そのまま両手で体を跳ね上げると、謁見の間の中央に着地した。
「まさか、両足でできるとは。僕には見せたことがなかったよね?」
「奥の手、というやつである」
「そんな大事なものを最初にみせてよかったのかい?」
「出し惜しみをするつもりはないのでな」
アスベルはシャツのボタンを外し、玉座の上に置いた。
「お主も脱ぐのだ、アスタロト」
「いいだろう……本気でいかせてもらうよ」
アスタロトもまた、鎧の金具を外して身軽になる。
無駄を削ぎ落した肉体は、一見華奢ではあるが、戦いに必要な筋肉は十分に発達していた。
「そのまえに、少し話したいことがある」
アスベルの言葉に、アスタロトは構えを解いた。
「いいよ。なんだい兄さん?」
「お主の望むこの国を教えて欲しい」
「なんだ、そんなことか。僕はこの国を世界に通用する国にするつもりだ。そのためにも、国民には全力で働いてもらう。この国の戦力としてね」
「結果、民の笑顔を失われてもか?」
「民の笑顔? なにをいっているんだい兄さん。進んでこの国のために死ぬことが幸せな人間以外、僕はいらないよ?」
アスタロトは、さも当たり間だといわんばかりの口調でいった。
「狂ってる……自分の望む人間以外、皆殺しにするつもりだわ……」
エルザは、自身の肩を抱いて唇を震わせていた。
「ふむ。であるならば、やはり余の考え方とは違うな」
「へえ、兄さんに国のあり方を考えるほどの知能があったなんて驚きだよ。ちなみに兄さんはこの国を、どんな国にするつもりなんだい?」
「皆が笑顔でいられる国にする」
「そっか。素敵だね。でもその夢は叶わないよ」
「いいや、掴み取る。この拳での」
アスベルは謁見の間の中央に歩いていく。
二人は向かい合う。
互いに、視線は決して外さない。
「国とは民草と殴りあうものだ」
「いいや違うね。国とは国民に殴らせるものだ」
「正しきは----」
「強者のみ!」
二人は、同時に踏み込んで、顔面を殴りあった。
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