第33話

「キリカ! ロザリア! なにゆえここへ!?」

「なにゆえじゃないですわ! 急に町中から兵士がいなくなってなにごとかと思ったら!」

「兵士をやっつけた男が王宮に殴りこみにいったんだよーって、広場にいた男の子が教えてくれてー」

「その上その男は、自分のことを王様だなんていっていたというじゃありませんか!」

「あれー? でも、自分のことを王様っていったってことはー……」


 キリカが顎に人差し指をちょこんと添えて首をかしげると、アスベルは力強く頷いた。


「うむ! 余はアスベル・ナックルライフ! この国の王である!」


 その返事を聞いて、キリカもロザリアもぽかんと口を開き、ほどなくして噴き出した。


「ふふふ、やはりアスベル様はこうでないと!」

「あはは、そうだねー。なんだかわたしも、このほうが落ち着くよー!」

「おい、ちょっとまて……なんだこの状況は……? なんであんた、俺の娘と親し気に話してるんだ……?」


 ロバートはぶるぶると指を震える指をアスベルに向けていた。


「む? 知っていたのではないのか?」

「な、なにを?」

「例の写真は、ロザリアを助けた時のものだぞ」

「んなっ! じゃ、じゃあ、なんだい? もしかしてあんたは、娘の恩人?」

「そうなるな。いやしかしお主、ロザリアの父上であったとは……余も驚いたぞ」


 アスベルの返事を聞いたロバートは、頭を抱えた。


「かぁー、なんだよそりゃあ。じゃあなにか? 俺は娘の恩人をぶん殴ろうとしてたわけか」

「恩人どころか結婚を考えておりますわ! だからお父さま、どうかここはお見逃しいただきたいですわ!」

「はぁー、そうか。結婚か……。あーあ、俺の娘ももうそんな年になったのか……」

「う、うむ? いや、結婚は考えてないが……」

「なあ、アスベルさんよぉ」

「う、うむ。なんであるか」

「俺ぁ、これでも愛妻家でさぁ。シスターだったあいつをそれはもう何年もかけて口説き落として、それでやっと付き合ったんだ。

 それはもう途方もない時間をかけた。娘が産まれた時にゃ、この子のために一生を捧げようと、それまで神様なんざちっとも信じちゃいなかった俺は、生れてはじめて神に誓ったんだ。わかるだろう? 俺の気持ちが」

「お主がいかにロザリアを大事にしているかということはーーーー」

「気安く呼び捨てにしてんじゃねぇ! それに、俺の話はまだ終わっちゃいねーぞ!」

「う、うむ……すまん……」


 ならなぜ同意を求めたのだ、とアスベルは思わずにはいられなかった。

 

「あいつの母親はなぁ、死ぬ寸前まで自分のことよりも、俺や娘の身を案じてた。案じすぎて、この国の未来を心配していたくらいだ。

 じゃあどうすんのって話なんだが、俺は頭が悪い。でもひとつだけわかることがある。この国が世界一強い国になれば、天国にいるあいつも安心してくれるってことがな」

「それがお主のもっとも望むことか。どうりで強いはずだ」

「あの馬鹿王子も、動機は違えどこの国を世界一にしようとしてる。俺たちの利害は一致してるんだ。だから俺は、あいつが作った組織の中で、あいつの指示に従って暗躍し続けた。お前にできるか? ただ拳が強いだけのお前に、こんなデカいことをしでかす想いはあるのか!」


 ロバートの問いに、アスベルは「ある!」と即答した。


「へぇ、なんだよそりゃあ。いってみろ」

「余は、皆が笑顔でいられる国を作りたい!」

「……ああ、そう。で、具体的にはなにをするんだ?」

「それはわからぬ!」


 アスベルの返事に、ロザリアは肩を落として、キリカは苦笑いをしていた。


「おい、俺の話を聞いてなかったのか? おっさんだからって舐めるんじゃねぇぞ」

「舐めた覚えはない。余は、本当になにをどうすれば皆が笑顔になれるのかわからぬ。余にはこれしかないのでな」

「ならそいつで嫌な奴を片っ端から殴っていくのか? はは、そんなガキのーーーー」

「それしかない、と思っておるよ」

「……本気か? まさか本気で、拳一つで、世界と渡り合うつもりなのか?」


 ロバートの瞳から嘲けりの色が消えた。


「渡り合うのではない。頂点になるのだ。でなければ、お主が満足しないであろう?」

「お、俺? おいおい、まさかお前ぇ、俺の望みまで叶えるつもりなのかよ」

「余は、王である。ならば、民草の願いは叶えばなるまい。例えそれが、お主であったとしてもな」


 余裕の笑みを浮かべるアスベルに、ロバートは息を飲んだ。


「へ、へへへ。百歩譲って、お前ぇがデカいのは認めよう。でもな、俺ぁあの馬鹿王子に賭けたんだ。必ずあいつを頂点に立たせるってな。吐いた唾は飲めねぇ。悪いが、あんたを通すわけにはいかねぇ」

「よい臣下をもったな、アスタロトは。では----む?」


 拳を固めるアスベルの前に、キリカとロザリアが立ちはだかった。


「ここはわたしたちに任せてー!」

「アスベル様は先へお進みくださいまし!」

「キリカ……ロザリア……だが」

「わたしたちなら大丈夫だよー! アスベルは、アスベルがやらなきゃいけないことをやって!」

「そうですわ! お父さまが誰に未来を委ねようと構いませんが、少なくともわたくしはアスベル様の作る未来を信じております! だから行ってくださいまし!」

「二人とも……」


 アスベルは握りしめた手をほどいた。


「恩に着る!」

「着せられましょー!」

「着せられますわ!」


 アスベルは駆け出し、いまだ気を失ったままの近衛隊長を飛び越え、謁見の間を目指す。


「素直に通すと思うか!」


 ロバートも跳び、空中で迎撃しようとするが、彼の横腹にロザリアの銀の拳がめり込んだ。


「ぐうお! 最大出力だと!? 本気かロザリア!」

「当然ですわ!」

 

 ロザリアのフォローによって、アスベルは無事に着地し先へと進んでいった。

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