第32話

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【Q.あの時の戦いを振り返ってみて、どうですか?】


「いやぁ、年甲斐もなく張り切っちまったと恥ずかしくなるよホント」


 黒いコートを着たその男は、白髪交じりの黒髪を撫でつけ、そういった。


【Q.〈彼〉と相対したとき、なにを思いましたか?】


「ああ、こりゃ勝てないなって。一目見てわかったね」


【Q.あなたほどの人でも?】


「むしろ俺くらいの強さの奴が一番ビビるんじゃないかな。なにせ、〈彼〉からはまるで殺気を感じなかったんだ。周りにはぶったおされて気持ちよさそうにおねんねしてる兵士がごまんといるのにだぜ?」


【Q.殺気を放たない、というのはそれほど異常なことなんですか?】


「そりゃそうだろう。考えてもみろ。殺気を持たずに人を殴れるってことは、そもそも殴ることに対してなんの罪悪感も高揚感もないってことなんだ。いいか? 普通の人にとって、殴るって行為はある種のなんだ。特別な行為。セッ〇スと同じだ。だが、〈彼〉にとって殴るってのは、飯を食う、歯を磨く、顔を洗うことと同じ。〈彼〉は、それくらい自然に人を殴るんだ。そんなやつに恐怖しないわけがないだろう?」


【Q.そうでしょうか?】


「ああ、クソッタレ。もとっくにそっち側だもんな。俺が馬鹿だった。いいか、俺のような普通の人間はな、多少なりとも殴るってことに罪悪感を覚えるんだ。人によっちゃ、高揚感だったり恐怖だったりするかもしれねぇが、なんにせよ感情を揺さぶられる。だがお前らときたら……ああ、いや、もういいや。この年になるともう必死になるのも面倒だ」


【Q.セクハラ発言ばかりしているから新しい奥さんに恵まれないのでは?】


「うるせぇ。俺ぁ、あいつ以外と結婚する気なんかねぇんだよ。それに、娘さえ幸せならそれでいい」


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 アスベルが門番を問答無用で殴り倒した直後、王宮の奥から途方もない人数の衛兵がわらわとでてきた。


 無論、アスベルは一歩も引かず、代わりに彼らは冷たい床に長い長いキスをしている。


「おいおい、あの馬鹿王子、おっさんになんて仕事を押し付けやがる」


 倒れ伏す兵士たちを見下ろして、ロバートが後頭部を掻きむしりながら歩いてきた。


「アスタロトの側近か」

「ロバートだ。よろしく前国王様。そしてさようなら」


 ロバートは額を始点に三角形を描く。


 マッシブ教徒の挨拶だ。


「ふむ……お主、だれかに似ておるのう」

「だとしたらそりゃ気のせいだ。俺はこの町でめったに人前にでないからな」

「であるか。ならば余の勘違いだな。さて、やるか」


 アスベルが脱いだジャケットを投げ捨てると、王宮の奥からさらに数人の兵士がやってきた。


「国王様!」

「む、近衛隊長ではないか。久しぶりだのう」

「なにを呑気なことを! まさか本当にご乱心なされましたか!?」

「はっはっはっ、かもしれんの。それで? もしも余が、力づくで王位を奪おうとするふとどき者であったならば、主らはいったいどうするつもりなのだ?」

「決まっているでしょう……こうするのです!」


 近衛隊長と五人の近衛兵は、ロバートを取り囲んで槍を構えた。


「なんのつもりだ? おたくらは国王を守るのが役目じゃないのか?」

「その通りだ」

「だったらいますぐその粗末な奴をしまいな」

「さては怖気づいているな?」

「なにいってんだ。これは国家反逆罪だぞ」

「刺すのはなれてるが、刺されるのはなれてなくて怖いんだろう? 物は試しだ。案外、気に入るかもしれないぞ?」

「テメェ……」


 近衛隊長の挑発が効いたのか、ロバートのこめかみに青筋を浮かぶ。


「国王様! いえ、アスベル様! いまのうちです!」

「よいのか近衛隊長よ。その男、強いぞ」

「かまいません。我らも本気で----ぶげえぁあ!」


 近衛隊長が話している最中に、ロバートは容赦なく彼の顔面に鉄拳を見舞った。


「た、隊長殿おおおお!」

「い、いかん、完全に伸びてるぞ!」

「鼻血も滝のようだ! と、とりあえず頭を高くして鎧を脱がしとけ!」

「おのれなんと卑怯な!」

「立ち合いの最中によそ見するからだろうが!」

「「「「「ぐわああああああ!」」」」」


 ロバートは近衛隊長に駆け寄った近衛兵たちも瞬く間に殴り倒すと、コートから煙草を取り出し、気だるそうにふかし始めた。


「けっきょく、余が相手をせねばならんようだの。少し休むか?」

「どうせ結果は変わらないんだ、このままおっぱじめようぜ」

「ほほう、見かけによらずずいぶん高飛車な男であるな」

「そんなんじゃねーや。この年になると、自分の役目ってのがだいたいわかるもんなのさ。あの馬鹿王子のところにたどり着く前に、可能な限りあんたの体力を削る。それが俺ら下々の役目だ」

「なるほど、ではなく忠犬であったか」

「つまらんジョークはノーセンキューだぜ」


 アスベルとロバートが向かい合う。

 

 張り詰めた空気がいまにも弾けようとしたその時、アスベルの脇を、銀色の拳が通り抜けた。


 ロバートは顔面に迫ってきた拳を掴むと、咥えていた煙草を落とした。


「こいつは……まさか」

「カイン!」

「カイン様ぁ!」


 アスベルの後ろから、キリカとロザリアがやってきた。

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