第31話
※ ※ ※
「まったく、兄さんは本当に座っていただけなんだね。ここまで状況を整えるにずいぶん苦労したよ。君がいてくれて助かったよ、エルザ」
謁見の間。
玉座に座っていたアスタロトは、脇に佇むエルザをにこやかに労った。
「白々しいですね。わたしはただの伝達係。国の方針は、ほとんどあなたの独断で決めたじゃないですか」
「それはそうさ。ここは僕の国だからね」
「……だれも、あなたを国王とは認めてないわ」
「おお、怖い。そんな輩はさっさと牢屋にいれないとね」
嘲笑するアスタロトに、エルザは歯噛みする。
「あなたはなにが狙いなの? まさか本当に戦争を起こすつもりじゃないでしょうね?」
「起こすさ。北の国の技術はあなどれないからね」
北の国は技術大国だ。
様々な鉱石が採れる土地に恵まれており、それらを加工して輸出することを主産業にしている。
長年培われた加工技術で作られた魔道具は世界中で需要があり、ほとんど作物が育たない土地柄であるにも関わらず北の国は世界で三つの指に入る大国である。
「たしかに、あの国の魔道具産業は凄まじいかもしれないけど……だからって……」
過去、北の国がマッシブ王国に攻めてきた歴史はない。同時に、普段から交易するほど親密でもない。隣り合う国ながら、険しい北の山が両国を隔てているからだ。
特に北側は切り立った崖が多い渓谷地帯。雨風で削られ雪と氷でコーティングされた危険な谷を越えるくらいなら、山を迂回して他国と交易したほうが容易なのだ。
マッシブ王国は閉ざされた国。豊かな自然に守られている。
「それだけじゃない。この国はいま、世界から取り残されている。いつまでも武術の力に頼っていては、いずれは技術の力に屈服させられる。父上も、兄さんも、そこがわかっていない。君もね」
北の山があるかぎり両国の関係が変化することはないだろう、とエルザは予想していたが、アスタロトが抱く危機はそれだけではないようだ。
いつか世界が牙を剥く。
エルザには、彼がそう言っているように聞こえた。
「そんなの、考えすぎよ」
「けど、君の主は、君が侮っている技術で作られたカメラによって王位を奪われた。違うかい?」
「そ、それは……。だとしても、あなたはいったいなにをするつもりなの? 世界征服でもするつもり?」
「いいや、世界からこの国を守るのさ。そのために世界を征服しなければならないければ、それもありだとは思っているけどね」
「…………」
アスタロトの言葉に、エルザは返す言葉もなかった。
彼の知性は計り知れない。下手なことをいえば容易く言葉の隙を突かれて言いくるめられてしまう。このままではやがて、納得させられるだろう。
彼のマッシブ王国を想う気持ちは本物だと感じたし、彼の考えも理解できる。
けれどエルザは、国王を巡る問題と国の危機は別問題だと自分に言い聞かせた。
彼女が押し黙っていると、一人の衛兵が謁見の間にやってきた。
衛兵は息を切らせて、アスタロトの前に跪く。
「なにごとだい?」
「ご、ご報告です! 謎の男が城内に侵入し、暴れております!」
「そんなの、君たちで対処できないのかい?」
「そ、それが、その男は拳だけであっという間に門番を倒し、さらにその他大勢の兵士たちも継ぐ次とやられておりまして……」
「それって……」
エルザはすぐにアスベルだと気がついた。
「その男は君たちの手に余る。すぐにロバートをむかわせるんだ」
「しょ、承知しました!」
「ああ、それと、念のためいっておくけど」
「は、はい?」
「ロバートに相手をさせるとはいえ、君たちがサボっていい理由にはならないからね? 負けるとわかっていても、少しでもあの男の体力を削るんだ。わかったね?」
「そ、それは……」
「承知できないのかい?」
「い、いえ……承知、いたします……」
衛兵は覇気のない返事をして、謁見の間をでていった。
「なんとむごいことを……」
銅像のように固まっていた近衛隊長が、沈痛の面持ちで呟いた。
「君たちもいくんだ。王を守るのが役目だろう?」
「……っ」
玉座から見下ろすアスタロトに、憎々し気な視線を投げかける近衛隊長。
数秒ほど視線を交わらせ、彼は観念したように俯いた。
「……総員、出撃だ!」
近衛隊長は踵を返して謁見の間を後にする。近衛兵たちは槍を手にその背を追って出撃した。
「わたしもいきます!」
「いや、君はここにいるんだ」
「どうして!? わたしは医者よ! 怪我人を治療しないと!」
「いいや、駄目だ。君は備えだからね」
「備え?」
「ああ。この王宮で、二番目に危険な人物に対する……ね」
エルザには、アスタロトがなにをいっているのかわからなかった。
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