第29話
「リリィ、どこにいっちゃったんだろうね」
キリカの買出しに付き合って町中を歩いていると、彼女はぽつりと呟いた。
リリィが行方不明になって三日目。彼女が不安に思うのも無理はない。
「森での戦いぶりはみてないけど、あの子もかなり強いんだろ? なら大丈夫。信じよう」
「うん……あれ?」
「どうした?」
「なんだか、広場が騒がしいよ」
見るとキリカのいう通り、広場には大勢の人だかりができていた。
木箱を積み上げた高台の上に、王宮の人間らしき兵士が立っており、その周囲をマッチョのみならず主婦や子供も見上げている。
普段はマッチョたちが腕相撲や指相撲、乳首相撲に興じる憩いの場であるがゆえに、どこか異様な雰囲気が漂っていた。
「んおっほん! 皆の者、よく聞け! 新国王様より、この国では二十歳以上の男を兵役することが決まった! 反マッシブ王国の機運が高まっている北の国に対して、我が国の防衛力を底上げしようという狙いである!」
兵士の言葉に、民衆はざわついた。
「戦争が始まるってことか?」
「若い男がいなくて、どうやって仕事をすればいいのかしら」
「パパと離れるのヤダー!」
「ええい静粛に! これは決定事項である! 拒否するものは国家反逆罪として、王宮地下百階の牢獄いきだ! 以上!」
兵士はいうことだけいって、さっさと木箱から降り、王宮へと帰っていった。
「ねえ、カイン。この国、どうなっちゃうのかな」
「…………大丈夫。キリカには俺がついてる」
「……うん」
現実は、そう甘くはなかった。
新国王アスタロトによる軍事拡大政策はもはや国防の域を超えており、死者がでるほど過酷な訓練や、北の国の技術を流用した兵器の開発にまで着手し始めた。
リリィの行方を探して町を歩いていたカインは、日を追うごとに悪化していく町の様子を肌で感じていた。
農業で栄えていたマッシブ王の畑は荒れ果て、市場から活気が失せていく。
壮健なマッチョたちでにぎわっていた広場も、いまや女子供や老人しかいない。
マッシブ王国に、暗雲が立ち込めている。彼はそう感じた。
広場の片隅でリンゴをかじりながら休憩していると、一組の親子が歩いてきた。
「ねえママ。パパはいつ帰ってくるの?」
「すぐ帰ってくるわ。きっとね。きっと……こほっ、こほっ」
「ママ! 早く帰ってお薬飲もう?」
「ええ、そうね。ありがとう」
幼い男の子と、手をつないで歩く母親。
どうやら母親の方は持病を抱えているようで、顔色が悪い。
けれど、男の子が母親の手を握ると、彼女は途端に穏やかな表情になった。
カインはその光景を見て、幼いころのアスタロトと母を思い出し、ふっと笑みをこぼす。
母は優しい人だった。
目の色も、髪の色も違い、血の繋がりすらないカインに対しても、まるで本当の我が子のように愛してくれた。
夜寝るときは、母を挟んでアスタロトと一緒に勇者の冒険譚を読み聞かせてもらったものだ。
冒険譚にカインはわくわくした。夢の中で自分が主役になって剣を振るうほどに昂った。
対してアスタロトは、勇者に敗北する悪者に同情していた。
悪に憧れていたのではなく、悪いことをしたからといって痛い目にあわされることを純粋に不憫に思っていたようだ。だからなのか、勇者と魔王が仲良く手を繋いでいる絵を描いていた。
思えば、幼いころのアスタロトは母に似ていた。
情緒が豊かで、優しくて、穏やかで。草木を愛でるような慈しみに富んでいた。
もともと争いが好きではなく、父の訓練をしょっちゅう抜け出しては不治の病に侵された母に自分が世話した花や描いた絵を届けていた。
カインは何度父に叱られてもやめようとしないアスタロトに男気を感じ、また、自分にはできない母への励ましに感心して、何度も手助けしたくらいだ。バレた時は互いにかばいあって、けっきょく二人そろって父の鉄拳を食らって泣いた。
心優しい少年だった彼が猛烈に強さを求めるようになったのは、母の死がきっかけなのかもしれない。
カインはいまさらながら、そう思った。
「なぁ兵隊さんや、儂の息子は人なんて殺せるような度胸はない。どうかあの子を返してはくれんか」
広場の別の場所では、老人が町を巡回している兵士になにやら頼んでいた。
「ならん! これは王命である! だれか一人を贔屓するわけにはいかん!」
「なぁ頼むよ。頼むから国王様に伝えてくれ。このとおり」
「ええい、しつこい!」
兵士が老人を突き飛ばすと、老人は尻もちをついて腰をさすった。
カインが仲裁しようかと思ったその時、兵士と老人の間に、小さな影が割り込んだ。
「やめろよ! みんなお前らの我儘につきあってやってんだぞ! 王様に伝えるくらいいじゃないか!」
「国王様は多忙である! 個人の要望など聞く暇はない! 貴様ら国民は、我がマッシブ王国と、国王様のためにその身を捧げよ!」
「なんだよそれ! そんな王様なんかいらないよ! 僕らは王様のために生きてるんじゃないんだぞ!」
「今の言葉は国王様への侮辱である! 子供だからといって許されると思うな!」
男の子の母親が、すぐさま彼を抱きしめて庇う。
「お、お許しください兵士様! この子はまだ礼儀を知らぬのです! どうかお慈悲を!」
「ならん! 反逆の芽は若いうちに潰せとの王命である! その子供は王宮監獄行きだ!」
「王命王命って、お前は自分で考えることもできないのかよこのノータリン!」
「どうやら、ただ牢屋にぶち込まれるだけではすまんようだな」
兵士は帯刀していた剣を抜いた。
「お、おいおい兵隊さんや! なにもそこまでせんでも!」
「貴様も反逆者か! ええい、王命の名のもとに全員この場で斬首する!」
兵士が剣を振り上げる。
母親の頬を涙が伝い、その口から「神よ」という言葉が紡がれる。
ぎらりと鈍い光を放つ凶刃が振り下ろされようとしたその時。
刃の横腹にリンゴの芯がぶつかり、軌道がそれた。
刃は、広場の石畳に突き刺さる。
「さすがに見過ごせないな。それは」
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