第28話
「……まさか、へこんでいるのか?」
「少し……」
「……そうか」
なんとなく、二人は庭の野菜を眺めながらぽつりぽつりと会話が始まった。
「これは?」
「それは玉ねぎとジャガイモの芽」
「なら、こっちは?」
「それは人参だ」
「これはなんて野菜なんだ?」
「それは雑草」
うららかな春の日差しの中、ゆっくりと時間が流れていく。
「それで、貴様はこれからどうするつもりなのだ?」
「え?」
いきなり話題を変えられ戸惑うカイン。リリィは膝を抱えながらじっとこちらを見つめてくる。
「まさかこのままだらだらとキリカのヒモになるわけじゃないだろうな」
「そ、そんなわけないだろ! 俺だって、なにか……」
「なにかやれることがあるとしても、貴様はそれでいいのか?」
「どういう意味なんだ?」
「貴様自身はどうなりたいのだ。いや、どうありたいと聞くべきか。王としての役目から解放されて、そのうえで貴様はいったいなにを望んでいる?」
「それは……。リリィは? リリィは、なにがしたくてここにいるんだ?」
「わたしはキリカのためにやれることがあるならなんでもしたい。ただそれだけだ」
「そっか……俺も」
「違うだろう。本当にキリカを想っているのなら、もっと早くあの子にあいに来ていたはずだ」
「…………そうだな。君のいう通りだ」
「自分の心に問いかけてみろ。時間はある」
リリィは立ち上がると、ぐぐっと伸びをした。
「ありがとう、リリィ」
「礼なんかいらない」
「でも、言わせてくれよ」
「ふん。国王じゃなくなったとたんに、いやに素直な男になったな」
「たぶん、それだけじゃなくてさ。リリィが似てるんだ」
「ん? 似てるって、だれに?」
「俺の気になってる人に」
カインがジャガイモの芽を見下ろしながらそういうと、リリィは、ぼっと顔を真っ赤にした。
「き、き、気になるって、ど、どんなふうに?」
「別に変な意味じゃない。単純に奇麗だと思ってるだけだよ」
「き、奇麗……とは、それは、あれか? 拳が?」
「はは、よくわかったな」
がくり、とリリィがうなだれる。
けれど、カインは「でも」と話を続けた。
「それだけじゃなくて、心も奇麗なんだと思う。だって彼女は、俺と同じ気持ちを植物に抱いていたから。って、これじゃ俺、自分で自分のことを褒めてるみたいだな。でも、そう思ったんだ」
「……そうか」
「それに俺にとって、気安く話しかけてくれる数少ない友人でもあるしな。かけがえのない人なんだ、その人は」
「そ、そうか……それは、その、大事にせねばな」
「ああ」
「と、ところで、貴様を城から追い出したその弟とやらはいったいどんな奴なんだ?」
「……本当はあいつが王位を継ぐはずだった」
「本当は、とは、どういうことだ?」
「あいつは、王家の秘術を習得できなかったんだ」
カインは立ち上がり、リリィに向き直って拳を固めた。
「俺は父上との山ごもりで習得できた。だから俺は父上の名と姓を受け継いで後継者に選ばれたんだ。だけど、あいつは諦めきれなかったんだろうな。罪もない人たちを実験台にして大勢を傷つけた。中には命を落とす人もいたくらいだ」
「なっ! なぜそんなことを……。強くなることが王位を継承する資格ではないはずだぞ!」
「強くなりたかったんだと思う。俺よりも、父上よりも。でも、七年前のあの日。アスタロトが九歳の誕生日の日に、父上はあいつのやってることを知った。父上はあいつを国境に近い北の辺境に送りこんで、それ以来会ってない」
アスタロトは父の葬儀にも出席せず、連絡のひとつもよこさなかった。
きっと心の底から自分たちを恨んでおり、王位の座を奪う機会を虎視眈々と狙っていたのだろうとカインは思っていた。
その予感が見事的中してしまったことは、皮肉としかいいようがない。
「七年前だと……? おい、アスタロトが殺した人の中に、東の島国の武闘家はいなかったか?」
「わからない。あいつは、手当たり次第に人を襲っていたから」
「そうか……」
「どうした?」
「……なんとなく、気になっただけだ」
そういってリリィは踵を返し、歩き出す。
「どこにいくんだ?」
「散歩だ。そのうち帰ってくる」
「……夕飯までには帰ってこいよ」
「わかっている」
一言告げてキリカ家の敷地から出ていくリリィ。
その晩、彼女が帰ってくることはなかった。
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