第27話
キリカ家にて。
「大変だったねー」
お茶碗に白米を山のように盛りながらキリカがいった。
「うむ。余は武術にこそ自信はあるが、話術にはとんと弱いでの」
「それでも少しは言い返す言葉もあったろうに。馬鹿なのか?」
ぽりぽりと沢庵をかじりながら、ツインテールのリリィがじとっとした目を向けてきた。
「でもこうしてアスベル様と食事を共にできるなら、王位なんて関係ありませんわ!」
ぱしゃしゃしゃ、とカメラを連射するロザリア。
リリィのこめかみに青筋が浮かんだ。
「なんで貴様がここにいるのだビッチ」
「あらあ、わたくしはアスベル様がいらっしゃる所ならどこでもあらわれますわよ。ね、キリカさん」
「そうなんだー、初めて知ったよー」
「おいちょっとまて、二人は知り合いだったのか?」
「以前、取材でお伺いさせていただいたんですの」
「そうそう。少しでも入門者がくればいいなと思って、わたしからロザリアちゃんに頼んだんだよ」
「こんな闘技者グラビアしか人気のない三流ゴシップ誌に頼むなんて、ヤキが回ってるとしか思えないぞキリカ」
「んまー! なんてことをおっしゃいますの! えい!」
ロザリアが腕を飛ばしてリリィの手からお茶碗を奪い取る。
「あ、貴様! 返せ!」
「おーっほっほ! とりかえしてごめんあそばせー!」
部屋の中で走り回る二人。
そんな二人を気にする様子もなく、キリカはアスベルに白米をよそったお茶碗を手渡した。
「はーい、どうぞー」
「すまぬキリカ。寝床だけではなく、食事まで」
「んーん、気にしないで。ここはアスベルの実家だもん」
「恩に……いや、ありがとう、キリカ。助かるよ」
「「「え!?」」」
キリカだけではなく、リリィもロザリアも、アスベルの標準語を聞いて固まった。
「あ、アスベル? どうしたの急に?」
「俺はもう王じゃない。なら、王としての振舞いなんて必要ないだろ?」
「な、なんだこの寒気は!」
「こ、こんなのアスベル様らしくありませんわ!」
リリィとロザリアは手を握りあって、アスベルに奇異の目を向けている。
「じゃあアスベルは、カインに戻るってこと?」
「ん……ああ。そうだ。今日から俺はカインになる」
「そっか! おかえり、カイン!」
「ああ、ただいま」
キリカだけが、にっこりと笑って彼を受け入れた。
それから四人の穏やかな共同生活が始まった。
「手伝うよ」
炊事場にて、昼食の用意をしているキリカに声をかけるカイン。道着にエプロンという変わった格好のキリカは、ぱぁっと顔を明るくさせた。
「ありがとー! じゃあ、そこの戸棚からお皿をだしてもらっていーい?」
「承知……じゃない、わかった」
指示通り、戸棚から皿を出そうとするカイン。
ところが棚は歪んでいるのか、ガラス戸が開かない。
「ふん!」
少し力を入れると、棚の側面がへし折れ、中の食器が割れた側面から雪崩のように落下。食器は音を立てて粉々に割れてしまった。
「わあ! カイン大丈夫!? 手、切ってない!?」
「あ、ああ。大丈夫だ。あ、あの、他になにか手伝えることは」
「んーと、ここはいいから、ロザリアちゃんを手伝ってきてもらってもいいかなー?」
「わかった」
カインは炊事場を出て、居間に向かう。
そこでは鼻歌を歌いながら箒をふっているロザリアがいた。
「ロザリア」
「アスベル様! じゃなくて、カイン様!」
「なにか、手伝うことはあるかな?」
「そんな! カイン様のお手を煩わせるだなんて! わたくしなら大丈夫ですわ! わたくし、お掃除大好きですもの!」
頭には三角巾。口にはマスク。両手には手袋。
普段の派手な格好と違い、いまの彼女はプロの掃除職人のようだ。
「俺もこの家で暮らしてるんだし、なにか手伝わせてくれ。頼む」
「そこまでおっしゃるのなら……。そうですわね、それでは、わたくしがちりとりをもちますので、この箒でゴミを掃いてほしいですわ!」
「任せろ!」
カインはロザリアから箒を受け取った。
「じゃあいくぞ」
「いつでもどうぞですわ」
カインが箒を一振りすると、その風圧で溜まっていたゴミが一気に舞い上がる。
あっという間に部屋中が埃まみれになった。
「ふぇ、ふぇっくしょい!」
「あらら……これではマスクをつけていないカイン様では耐えられないですわね」
「そ、そうみたいだふぇっくし! わ、悪いロザリア!」
「いえ、お大事になさってくださいね」
たまらず部屋を飛び出し外に出るカイン。
庭先では、リリィが小さなスコップを片手に土いじりをしていた。
「ふふっ、お芋ちゃんも大根ちゃんも、大きくなったなー」
「なにをしてるんだ?」
「どわあ!?」
リリィが反射的にスコップを投げつけてくるも、カインは難なく掴み取る。
「き、貴様! 無音で背後に立つな!」
「悪い。ところで、その、なにか手伝えることはないかな?」
「手伝いだと~? そうだな、なら……いやまてよ。どうせ貴様、キリカやロザリアの手伝いをしようとして失敗したのだろう」
「なんでわかったんだ!?」
「ふん、貴様のことなんかお見通しだ」
「まだそんなに話したことないのにすごいなリリィは! 人を見る目があるんだな!」
「ま、まぁな……」
「俺にはそういうセンスがないから、正直うらやましいよ」
王宮を去るとき気丈に振舞ってはいたが、正直なところ、かなり精神的にまいっていた。
アスタロトの見事なまでの策略に、ただ腕っぷしが強いだけの自分とは違う、王としての資質を垣間見てしまったのだ。
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