第25話
※ ※ ※
「それじゃあな。もう二度とわたしを撮るなよビッチ」
「あなたの写真なんかいりませんわ。はやくお帰りになったらどうですの?」
「くたばれ」
リリィは吐き捨てるようにそういって、家々の暖かい光が灯る住宅街に消えた。
「はぁーあ、今日は素敵な一日でしたわー。でも疲れてしまいましたわー」
シャツを脱ぎ捨て、灰色のショートタンクトップ姿になるロザリア。
ポラロイド・カメラをテーブルに置き、さきほど教会で撮影したアスベルの写真を握ってソファに寝転がる。
しばらく写真を眺め、クッションに顔を押し付け、今日一日を振り返る。
思い出すのは、アスベルの凛々しい顔ばかりだ。
「ああ、アスベル様ぁ……」
幸せな顔で、彼女は夢の世界へと旅立った。
しばらくすると玄関から鍵が開く音がした。
「ただいまー。って、そんな格好で寝たら風邪ひくぞロザリア」
父親らしきその人物は、ソファの上で寝息を立てるロザリアに近づいていく。
「ううーん、むにゃむにゃ……」
寒さからか、彼女は猫のように体を丸めていた。
「やれやれ、乳も尻もでっかくなったが、まだまだ子供だな」
男はロザリアの背中と足に腕をまわし、彼女を寝室へ運んだ。
ベッドに寝かしつけると、彼女の手から、一枚の写真が落ちた。
「ん……?」
そこには、天井に突き刺さった三人を背景に、爽やかな笑顔を浮かべるアスベルが映っている。
「……こいつは……」
男はリビングに戻った。クローゼットを開くと、中には黒いコートが何着もぶら下がっている。そして、いままさに着ていた黒コートを、ハンガーにかけた。
男はソファに座り、写真をテーブルに放り投げると、煙草に火をつけてソファにもたれかかった。
「ふぅー……。革命、ねぇ」
煙草の先から立ち上る紫煙は、ぐるぐると渦を巻いていた。
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【Q.〈あなた〉のことを教えてください】
「語るほどのことはなにもないさ。僕は今、流浪の身だからね。己の拳を高めるためだけに日々に捧げているよ」
答えたのは白い角刈りの男。顎や頬には無精髭を生やし、着ている服も、服というよりはぼろ切れをまとっているようなありさまだ。
ただし、ぼろ切れから伸びる腕や足の筋肉は異様に発達しており、さながら古代の彫刻のような肉体をしている。
服装と相まって、修行僧のようだ。
【Q.どのような修行をしているのか教えていただけませんか?】
「教えるのはいいんだけど、修行……とは少し違うかもしれない」
【Q.なぜですか?】
「僕の旅はこれまで奪ってきた命のためにあるからね」
【Q.過去を、悔やまれておいでですか】
「いや、悔いはない。少なくともあの時の僕は、ある種の境地に至っていた。それが間違いだったとしても、そこまで自分を高めることができたことに誇りをもっているよ。とうぜん、そこまで至るまでにかかわったすべての人たちに感謝もしてる」
【Q.あの戦いを振り返ってみてどう思いますか】
「足りないものが見えた気がしたよ。ただ、そうだね。戦いそのものを振り返るとしたら、なかなかいい勝負だったんじゃないかと思う。なにせ僕は、唯一〈彼〉の心臓まで手が届いた男だから。ところで、どうして君はこんなことをしているんだい? ああいや、答えづらければ別にいいんだ。おおよその見当はついてるし……ね」
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「余は人を殴りたいぞ」
玉座で頬杖をつきながら、アスベルはいった。
そんな彼に対して、近衛隊長は咳ばらいを返した。
「国王様、お言葉ですが」
「なんだ近衛隊長よ。よもや、そんなことをいってはいけませんとでもいうつもりではあるまいな?」
「いいえ、違います。殴りたい、ではなく、殴りあいたい。違いますか?」
近衛隊長の返事にアスベルはふっと微笑み「わかってきたではないか」と呟いた。
「では近衛隊長。余と
「いえ、まだ無理です」
「まだ?」
「ええ。まだ、です」
口角を吊り上げる近衛隊長。アスベルは彼が嘘をついているようには見えず、「ふふん」と嬉しそうに鼻を鳴らす。
「ならばその時がくるまで待つとしようかの。肉は熟成させねばうまくないでの」
「はっ、ありがとうございます」
近衛隊長が会釈すると、謁見の間に一人の衛兵が息を切らせて走ってきた。
「どうした、なにがあった?」
近衛隊長が尋ねると、衛兵はぼそぼそと彼の耳元で報告した。
みるみる近衛隊長の顔が青ざめていく。
報告を聞き終わると、近衛隊長はアスベルの目の前で跪いた。
「国王様! ご報告がございます!」
「申してみよ」
「さきほど、アスタロト様がこの城に参られました!」
「……そうか」
アスベルは動じた様子もなく、ただ頷いた。
むしろ怪訝な表情をしていたのは、彼の傍らにいたエルザだった。
「アスタロト……? あの、その人って」
「余の弟である」
「お、弟!? じゃ、じゃああの時、医務室にきた彼は……」
「余も驚いた。いまは北の辺境で国境警備の任をまかされておるはずなのに、まさか一人でこの城にくるとはの」
「というか、国王様に弟がいただなんて初めて知りましたよ!?」
「奴が城を離れたのは七年ほど前。まだアスタロトが九歳の時である。当時からこの城にいる者は、父上の命によって、奴のことは話してはならぬと固く禁じられておったからエルザが知らぬのもむりはない」
「そっか、わたしが働き始めたのは三年前だから……って、まさかドレイクも知ってたの?」
エルザの視線が近衛隊長に注がれた。
「う……ま、まぁ、知らなかったといえば嘘になるな……」
「ひどーい! なんで教えてくれなかったのよー!」
「悪かった。だが、君にとって余計な負担になると思ってのことでだな」
「やだやだゆるせなーい! こんどショーを観に行くときは奢ってよね!」
「いつも俺が出してるじゃないか……」
「…………お主ら、なんか仲良くなっとりゃせんか?」
アスベルは、この日初めて目を見開いていた。
「え!? ああ、いや、そんなことないですよ! 最近、よくファイティング・ショーを見に行ったり、そのあと食事にいったりしてるだけで、別に……」
「そ、そうです国王様! そもそも自分は格闘技をもっと知ろうと思ったことがきっかけでして、なにもやましいことはありません! 本当です!」
「ほーん、そうかそうか。よいのう」
「ちょ、ちょっとまってください国王様!? 本当ですからね!? ほらドレイクももっといって!」
「し、信じてください国王様! 自分は、本当に純粋に格闘技に興味があるだけなんです!」
「わ、わたしもそうです! こんな、ちょっと気が利くだけの男に興味なんてありませんからっ!」
「じ、自分も! そりゃあ、娘たちは懐いてはいますが、そんな軟派な気持ちで格闘技を観ているわけではありません!」
「よいよい、余は人の恋路をじゃまするほど野暮ではない。はげめよ」
「だからぁ!」
「違いますって!」
エルザと近衛隊長が必死に弁解していると、謁見の間の入口から白い鎧を着た青年が足音を響かせて入ってきた。
足音が聞こえると、途端に二人の声も小さくなっていった。
「やあ、兄さん。久しぶりだね」
青年、アスタロトは、片手をあげて笑いかけてくる。
彼の傍らには、黒いコートの男がポケットにてをつっこんだ不遜な態度で付き添っていた。
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