第24話

 割れた天井の上には、こちらを見下ろす三人のモヒカンがいた。


「ひゃはははは! 俺たちの根城に面白い奴らが迷い込んできたぜお前らぁ!」と、ボス格らしきぎょろついた目のモヒカン。


「本当っすねボス! あんな腕見たことねぇっす! 売ったらボロ儲けできるっすよ!」と、肥満体系で糸のように細い目のモヒカン。


「それに女も上玉だ! 腕ぶんどって売りとばしゃきっといい金になりやすぜ! ヒヒッ!」と、いかにもずる賢そうな三日月型の目をしたモヒカン。


 三人のモヒカンは天井から飛び降りてくると、ロザリアを取り囲んだ。


「ヒヒヒ、見れば見るほどいい女だ!」

「俺よりおっぱいでけぇや!」

「ひゃははは! これならいっそ俺らでお楽しみしちゃうかぁ!?」

「おい、お主ら。なぜこんなことをするのだ?」


 アスベルは突然の珍客にも動じず冷静に尋ねた。


「ああーん? なんだあ、男もいやがったのか」

「あ、でもボス! あっちにも女がいるっすよ! しかもけっこう美人!」

「ううーん、どれどれぇ?」


 ボスモヒカンが指の側面を額に当ててリリィにねぶるような視線を向けた。


「なっ! やめろ見るな! なんかいやだ!」


 そういって体のラインを腕で隠そうとするリリィ。


 ボスモヒカンは「ありゃ駄目だ、顔はいいが胸が小せぇ」といって唾を吐き捨てた。


「貴様ら、神への祈りは済ませたか? 幸いここは教会だ。いまならまだ間に合う----って、あれ?」


 リリィは針袋に手を伸ばすが、彼女の手は空を掴む。

 ついさっき、最後の針を自分で床に叩きつけたことを忘れていたようだ。


「いちおう聞くが、お主らはロザリアをどうするつもりなのだ?」


 アスベルが尋ねると、ボスモヒカンは腰の後ろのホルダーから短刀を取り出して、刃に舌を這わせた。


「さぁて、どうしようかな。あんたは、どうするのが一番楽しいと思うんだぁ?」

「すぐに解放し、余のもとへ返すことがもっとも穏便な答えである」

「ひゃはははは! そんなつまんねぇことするかよ! 俺たちゃ一番ビンビンになる答えを聞きてぇんだ!」

「ビンビン、か……よかろう!」


 アスベルは握りしめた右手を腰へ、緩く開手した左手を顔の前へ運んだ。いつもの構えだ。


「一の型----」


 すぅ、とアスベルは息を吸い、止めた。

 同時に彼がいた場所の床が弾け、アスベルは瞬きも許さぬ速度で三日月目のモヒカンに肉薄した。


「へぇ?」


 間抜けな声で声を発する三日月目のモヒカン。彼の顎に、アスベルの拳が穿たれる。


「セイリュウ」


 アスベルの拳が青く発光し、放ったアッパーカットとともに竜巻が発生。

 三日月目のモヒカンはまっすぐ上方へと飛んでいき、教会の天井に突き刺さった。


「うおおおおお!? な、なんじゃこりゃああああ!?」


 ボスモヒカンが上を見て狼狽えている隙に、アスベルは太っちょモヒカンにもアッパーを食らわせる。


 明らかに体重が重そうな彼でさえ、まるで封を解いた風船のように飛んでいき、天井に突き刺さった。


 天井に突き刺さった二人は、ビン、と足を伸ばしたまま微動だにしない。


「おおおおおお!?」

「さあ、これでビンビンであるぞ。オマケにもうひとつどうだ?」

「い、いや、もう十分だ! 完全にビンビンだ!」

「遠慮するな。一の型ぁ~~~~」


 腰だめに力を溜めるアスベル。

 ボスモヒカンは両手を前に突き出し、首を左右に振りまくっていた。


「ややややややや! やめ----」

「セイリュウ!」

「ああああああああああああああ!」


 ボスモヒカンも天井に刺さり、三人組はそれっきり大人しくなった。


「うむ! 今日は良い月夜である! これにて決着!」


 アスベルは天井を見上げていった。


「あ、あの、ほどいていただきたいですわ」

「おお、すまん。月に見とれていたゆえ許せ」

 アスベルは足元にはいつくばっていたロザリアの鎖を手で引きちぎった。


「ありがとうございますですわ。あ、あの」

「なんだ?」

「どうして、わたくしを助けてくれたんですの? あのまま放っておけば、あなた方のプライバシーは守られましたのに」

「助けてほしくなかったのであるか?」

「い、いいえ! 助けてもらえて、感謝しておりますわ」

「であればいいのだ! 余は民の幸せを願っておる。ゆえに、そなたが喜んでいるのならばそれでいい!」

「わたくしのため……ということですの……?」

「うむ!」

「ああ、まさかあなたが、あなた様が……」


 ロザリアは床の上に跪くと、両手を組み合わせて、祈るようにアスベルを見上げた。


「わたくしの、ヒーロー」


 目の中にハートを浮かべ、頬に紅の差し色を入れて、彼女はそう呟いた。


「は? おいパパラビッチ。貴様、いまなんていった?」

「アスベル様はわたくしのヒーローですわ。わたくし、わたくし、恋をしてしまいましたわー!」

「はあああああ!? ふざけんなビッチ! 人に通い妻とかいっておいてなに自分はコロッと惚れているんだ! 本当にビッチなのか貴様!」


 跪くロザリアの襟を掴んでがっくんがっくん揺さぶるリリィ。それでもロザリアはうふうふ笑っていた。


「わたくし、アスベル様限定でならビッチでもかまいませんわ!」

「あのチョロガキといい、ちょっと優しくされたくらいで簡単に惚れるな! 女のプライドはないのか貴様ぁ!」

「おーっほっほ! むしろいまどき男の人と仲良くできないだなんてあなたこそいつの時代の人間でして!? だいたいお言葉ですけど、わたくしは今この瞬間の気持ちに正直に生きているだけですわ!」

「ぐっ、性根までビッチか貴様!」

「はいはい、好きなだけ罵倒するがいいですわ。わたくしはあなたとの小競り合いには興味がありませんの。わたくしが興味津々なのはぁ……」


 ロザリアの視線はアスベルに注がれる。

 彼女はポラロイド・カメラを構え、シャッターを切った。


「アスベル様だけですわー!」

「ええい、撮るな! 撮るなー!」

「はっはっはっ、よいではないか暗殺者よ。余の写真だけならばなんの問題もあるまい」

「その通りですわー! あ、あなたの写真はお返ししますわね。こんなのいりませんわ」

 

 谷間から写真を取り出し、床に放り捨てるロザリア。

 リリィはぎりりと歯を食いしばり、ふっと力を抜いて写真を拾った。


「ふん、まぁいい。写真は回収した」

「うむ、よかったな」

「ねぇアスベル様ぁ。わたくしの名前を呼んでくださいませんかぁ?」


 アスベルにぴったりと体を密着させ、彼の胸をいじいじと指でつつくロザリア。アスベルは少しだけ、気を許しすぎたかと思い後悔し始めていた。


「う、うむ? ロザリア?」

「きゃー! 嬉しいですわー!」

「ふ、ふん。馬鹿馬鹿しい。………………おい、国王!」


 リリィは、びしり、とアスベルを指さした。

 

「む、なんだ?」

「やっぱりわたしはお前を殺す! 覚悟しておけ!」

「ふっ……そうか。まっておるよ」


 アスベルとリリィは互いに笑みを浮かべて見つめあう。


「ああーん、わたくしもアスベル様に夜這いしたいですわぁ!」

「う、うむ? 夜這いは駄目だが、普通に遊びにくるぶんにはかまわぬぞ?」

「おい、帰るぞビッチ。この暗殺者のわたしが安全なルートで家まで送ってやる。感謝しろ」


 リリィはロザリアをアスベルから引き剥がし、ずるずると引っ張っていった。


「いやーん! アスベル様ぁー!」

「またくるのだぞー!」


 アスベルは、遠ざかる二人に声をかける。

 リリィは無言で手を上げ、ロザリアは投げキッスを返した。


「いまのはわたくしにいったのですわ!」

「……わたしだ。馬鹿め」

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