第23話

「お尻ぺんぺーんですわー!」

 

 尻を叩きながら前方を走るロザリア。


 その後ろを、追いつかないよう、けれど見失わないよう気を付けて走るアスベル。


「さて、どうするかの」


 安い挑発は無視して、思考を巡らせる。


 なぜかリリィに触れてはならないと言いつけられてしまった以上、身体能力にものをいわせて取り押さえるわけにはいかない。


 触れずに攻撃する方法もあるにはあるが、下手に打ち込めばロザリアの体が爆散してしまう。


「であれば直接あてなければよいことよ! ぬん!」


 アスベルが開いた手を突き出すと、空気の塊が飛んでいき、ロザリアの足元の屋根を抉った。


「きゃあ!? な、なんですの!?」

「空気を掴み、撃ち放っただけのこと」

「く、空気を放つ!?」

「案ずるな。王家の秘術を数百倍に希釈した技ゆえ、当たり所がよければ体が爆散するようなことはない」

「当たり所が悪ければ爆散するってことじゃありませんのそれ!? あっ!」


 アスベルの放った空気弾がロザリアの着地地点を粉砕。

 足場を失った彼女は家屋の窓をぶち破って飛び込んだ。


「こ、この程度で諦めるわけにはいきませんわ! わたくしの記者魂、なめないでくださいまし!」

「ほほう、なかなかよい根性である!」


 続いてアスベルも家屋に侵入。

 

 ベッドの上でくつろいでいたカップルが抱き合いながら目を丸くしていた。


「これは失敬!」


 アスベルは一言告げて、反対側の窓から飛び出したロザリアを追いかけた。


 狭い路地裏に着地し、右を向く。そこには体を横向きにしてカニ歩きをするロザリアと、彼女に迫るリリィが見えた。


「ははは、どうしたパパラ! 急に動きが鈍くなったな! 狭いところは苦手なのか!?」

「くっ、想定外ですわ! まさか壁と壁の隙間が狭くて、胸がつかえるだなんて!」

「ぐはっ!」


 リリィは自身の胸に両手を当ててうなだれ、立ち止まった。


「だ、大丈夫であるか?」

「ほっとけ……」

「き、気にせずとも、そなたもそれなりにあるぞ? ちょうど余の手のひらサイズくらいの」

「う、うるさい! いいんだよいちいちそんなこといわなくても! はやく追いかけるぞ!」


 リリィが復活したころ、路地の出口から「ぷはぁ!」とロザリアが飛び出した。


光学迷彩ステルス!」


 ロザリアが祈るように両手を打ち鳴らすと、彼女の体の周囲に青い稲妻が発生して、姿が消えた。


「消えた!? まさか、転移魔法か!?」

「いや、これは……」


 アスベルは、周囲の雑踏のなかから足音を探った。

 

 ロザリアの骨格から導き出される筋肉量と体重。そこから聞き分けられた彼女の足音。

 

 足音はどんどん町の西側へ遠ざかっていく。


「こっちである!」

「なんでわかるんだ!?」

「余は耳がよいのだ。あの女の足音を聞き分けたまでのこと」

「聞き分けたって、この雑踏のなかをか……?」


 リリィは半信半疑といった様子だったが、ついてきた。


 ほどなくして、アスベルは西の外れにある廃協会にたどり着いた。


「この中にいるはずである」

「はぁはぁ……ほ、本当か……?」


 汗一つかいていないアスベルに対して、リリィは呼吸を荒くしていた。

 とはいえついてこれるだけでもあっぱれである、とアスベルは心の中で呟いたのだった。


 アスベルが教会の扉を開くと、そこは聖堂だった。


 無数の長椅子が並び、正面には巨大なパイプオルガンと、その向こうには三つ首の竜を象ったステンドグラス。


 明りは灯っておらず、崩壊した天井から降り注ぐ満月の淡い光が室内を照らしていた。


「まさかここまで追いかけてくるなんて思いもしませんでしたわ」


 パイプオルガンの上で足を組みながら座っていたロザリアが、拍手しながらいった。

 

「追い詰めたぞビッチ!」

「殿方のお部屋に夜這いをかける方がビッチではありませんこと?」

「よ、夜這いなんかかけてない! わたしは暗殺者だ! この毒針をみろ!」

「お医者さんごっこもここまでくるとさすがに理解できませんわ……」

「ちがーう! そんなんじゃなーい!」


 かしゃーん、と床に針を叩きつけるリリィ。

 そんな彼女の前に、アスベルが一歩踏み出した。


「すまぬロザリアとやら。どうにも余のつれがその写真を見られたくないようなのだ。ここはひとつ、余に免じて渡してはもらぬか?」

「うーん、でもわたくしにとってはとてもいいスクープなのですわ。それに、捏造ならまだしも事実を公表することのなにがいけないのですの?」

「事実ではない。余とこの女は、本当に狙い狙われる関係なのだ」 

「本当ですの?」

「王は嘘をつかん」

「つ、つれ……」


 アスベルが珍しく言葉で交渉している時に、リリィは頭から湯気を立ち上らせていた。


「本当に本当ですのー?」

「本当に本当だ。頼む、代わりにそなただけの単独取材に応じる。それでどうだ?」

「単独取材……それは美味しい話ですわー! 個人情報はおろか顔すらまともに表にはでてこない新国王様の独占記事なんて、増刷間違いなしの特大スクープですもの!」


 ロザリアは掌から火を噴き出すと、空中に浮き上がった。

 

「な、なんなんだあの義手は。この国の技術じゃないぞ」

「うふふ、これは北の国の技術でしてよ。北の辺境に流れてきたものをわたくしのお父さまが買ってくれましたの。珍しいからけっこう悪人に目をつけられたり----って、きゃあああ!?」


 突如、天井の割れ目から鎖が降ってきて、空中にいたロザリアに巻きついた。彼女はそのまま床の上に落下し、埃を巻き上げる。

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