第22話
「スクープ目的のパパラッチか。残念だが、この男を被写体に選んだところで撮影できるのは凄惨な撲殺死体だけだぞ」
「それはそれでとても興味がありますわ。でも、いちおう、わたくしが求めていた絵は撮れましたので」
「求めていた絵?」
リリィが疑問符を頭上に浮かべると、ロザリアは現像されたばかりの写真をこちらに見せてきた。
真っ黒に塗りつぶされていた写真に、少しずつ色彩が宿っていく。
そこには、リリィの手を握るアスベルが映っていた。
「まさか新国王に通い妻がいらっしゃるなんて! やるとかやらないとか、なんだかとってもスキャンダラスな匂いがしましてよ!」
「か、か、通い妻ぁ!? おい貴様! い、いますぐその写真をよこせ!」
暗殺者である自分が写真を撮られるなど言語道断。
リリィはベッドを飛び越えようと爪先に力をいれた。
ところが、質のいい滑らかな肌触りの絨毯が、彼女の足を滑らせる。
「しまった足袋を脱いで----」
「いかん!」
前のめりに転倒するリリィを庇おうと、アスベルが身を挺して体を滑り込ませる。
そのまま彼は、リリィに押し倒される形でベッドに横たわった。
「怪我はないな?」
「……ああ。だが、」
「礼はいい。民を守るのは、王として当然の務めである」
「これが、か?」
リリィはアスベルの上で肩を震わせた。
アスベルの左手は、しっかりと、リリィの右胸を掴んでいたからだ。
「お、おぉ……」
「い、一度ならず二度までも……わざとやっているのか!?」
「じ、事故である!」
アスベルが弁解している最中に、再びフラッシュが部屋を白く染める。
「ありがとうございますお二人さん。こんな素敵な特ダネを二つもいただけるなんて」
いつの間にか窓に腰掛けていたロザリアが、悪戯っぽい笑みを浮かべていった。
「あ! 貴様いつのまに!」
「うふふ、それでは来週の週刊炎の拳をお楽しみに。アデュー」
背中から窓の外へ落下するロザリア。
「まて!」
リリィはすぐさまかけより、窓から身を乗り出す。
すると落下中のロザリアの手首が射出され、王宮の外壁を掴んで飛んでいくところを目撃した。
「あの義手、中にワイヤーでもしこんでいるのか!? ええい、ぜったいに捕まえなければ! おいそこの馬鹿! なにをボーっとしている! いくぞ!」
「え? あ、応!」
神妙な顔つきで左手を眺めていたアスベルに発破をかけ、リリィは窓の外へと飛び出した。
落下しながら、腰の後ろに装着していた鎖分銅を投げて観葉樹の枝に巻きつける。
地面から数ミリのところで振り子のように弧を描いて、外壁の上に飛び乗った。
「別に、そこまで必死にならなくてもよいではないか」
窓から直接外壁の上に飛んできたアスベルがそういった。
「馬鹿か! わたしは暗殺者だぞ! 記録に残るなんてヘマができるか! だいたい、あれではまるで、わたしが、お前の……その……」
「通い妻といわれとったの」
「う、うるさーい! だれがお前の妻になんか----はっ!」
----どっかの成金に見染められて、家庭に就職するのが一番気楽かもしれないぞ?
ふと、黒コートの言葉が脳裏をよぎる。
じゅうう、と顔が熱くなっていく。
「どうしたのだ。耳まで真っ赤ではないか」
「だ、だまれ! いいからさっさとあの写真を奪い取れ!」
「いわれずとも!」
アスベルが速度をあげてロザリアを追いかける。
「あらら、思ったより早いですわ!」
ロザリアは二枚の写真を豊満な胸の谷間にしまいこんだ。
「うおおい、ちょっとまて馬鹿! 絶対に奪い取るなよ!」
反射的にアスベルを止めるリリィ。
「どっちなのだ……」
「き、貴様は回り込んで挟みうちにしろ! 奪い取るのはわたしがやるから!」
「余が一番早いのだから直接狙った方が……」
「やかましい! いうことをきけー!」
走りながら両手を振り上げるリリィ。アスベルは「やれやれ」といって外壁から飛び降り、二手に別れた。
「国王に指図するとはなかなかあっぱれな女である! 余は、ますますそなたが気に入ったぞ!」
彼は去り際にそんな言葉を残していった。
「へっ……? あ、いや、う、嬉しくないぞ! 嬉しくなんかないんだからなー!」
口ではそういうものの、無意識ににやついてしまうのであった。
「本当に仲がよろしいんですわねー!」
「黙れ盗撮魔! 大人しくお縄をちょうだいしろー!」
リリィが叫ぶと、外壁の下からアスベルが文字通り跳んできた。
彼はロザリアの進行方向に立ちふさがり、リリィと挟み撃ちする形なった。
「よし、計画通りだ! そのままその女を足止めしろ! でも体には触るなよ! 絶対だぞ!」
「無茶をいう……。さて、逃げ場はないぞ」
「残念! ありますわ!」
ロザリアは直角に曲がり、外壁から飛び降りると、再び手首から先を射出して民家の屋根に飛び移った。
「ワイヤーじゃない……あれは、磁力か!?」
「ご名答! わたくしの腕は魔力で駆動する魔道具でしてよ!」
「ええい、やっかいな奴め! 貴様は上からいけ! わたしは地上から追いかける!」
「承知した!」
「でもいっておくけど捕まえるのはわたしだからな! お前はその自慢の筋肉で触れずに足止めしろ!」
「う、うむ……?」
いったいどんな方法を使えば筋肉を使って触れずに足止めできるのか不明だが、とにかくリリィは、アスベルがあのいやらしい体つきの女に触れるのが我慢ならなかった。
満月が照らす晩。騒がしい夜が始まった。
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