第14話

「さて、君たち。準備はいいな?」

「ゴブリンは弱いけど姑息よ。なめてかかると痛い目見るわ」

「せいぜい俺たちの足を引っ張るんじゃねーぞ」

「はい! わかりましたー!」

「うむ。不慣れ故、手ほどきを頼む」

「…………ちっ…………」


 アスベルのキリカ家訪問後、彼らはすぐに冒険者ギルドへむかった。


 人手不足に悩んでいたギルドは、戦力の補充という名目の人材派遣は二つ返事で受け入れ、いまは依頼を受けたパーティーの補填要員として同行している。


 今回のクエストは北の森で数が増えすぎたゴブリンの駆除。それほど難易度が高くないのでなんならリリィ一人でも対応できる依頼だし、その方が報酬も多いのは確かだが、なにぶんリリィもキリカも冒険者の資格をもっていない。


 リリィは裏稼業をやっている手前、足がつくような痕跡になりかねないギルドへの登録は避けたかったし、キリカはキリカで登録費用や更新料を払う金がないという切実な問題があった。もともと期待はしていなかったが、王宮暮らしのアスベルももってはいなかった。


(いったいなぜこんなことに)

 

 明らかに格下に見下され、だれにでもできるような報酬の少ない仕事をやらされ、着なれないふりふりの服を着ているこの現状に、リリィは際限なく溜まっていくストレスを感じていた。


(しかもなぜこいつは髪型を変えたえたくらいで気づかないのだ。馬鹿なのか?)


 いくら初対面の時は夜で、しかも顔の下半分を隠していたとはいえ、髪型を変えただけで気づかないアスベルにもムカついていた。気づかれたら気づかれたで厄介なので、この状況は正しいのだが、だとしても彼の鈍感ぶりに苛立ちを禁じ得ない。


「あの、ゴブリン退治って難しいんですか?」


 もくもくと森の中を進行中に、キリカが尋ねた。


「いいえ、ゴブリンはとても弱い魔物よ。一匹一匹はせいぜい人間の子供くらいの強さかしらね。あ、でも、人間の子供を倒したことはないからね? 勘違いしないでね?」 


 うふふ、とブラックなユーモアを吐いたのは、三角帽子をかぶった魔女っぽい魔法使い。


「ならばなぜ余たちを使うのだ?」

「数が多いんだ。手っ取り早く終わらせるには人手がいるんだよ」


 左胸に胸当てをつけ、頭に赤い鉢巻を巻いたいまいち職業の見当がつかない青年がいった。本当に、この人はいったいなんの職業なのだろう。


 胸当てをしているので弓使いかと思いきや武器は背中に背負った直剣一本。では騎士なのかというと鎧は着ておらず、盾ももっていない。


 妙に自信ありげな態度に流されていたが、リリィはこの青年はやばいんじゃないかと薄々感じ始めていた。


「ま、気を抜くなってこった。特にあんた」


 全身に鉛色の鎧を装着した戦士風の男が睨みつけてきた。


「え、わたし? なぜだ?」

「これから魔物と戦うってのに、そんな格好してるなんて舐めてるとしか思えねぇからだよ」

「まったく同感だね。俺は君だけじゃなくて、そっちの男も弱そうに見えるけど。キリカちゃんだけじゃないかな。まともな戦力は」


 両刃斧を背負った戦士にならまだしも、職業不明の青年にまで貶され、ふつふつと怒りがこみあげてきた。

 リリィはスカートのポケットから黒い手袋を取り出し、おもむろに手に嵌めた。


「ゴブリンだ!」


 突如、先頭を歩いていた青年が叫んだ。隣に並んでいた魔法使いと戦士が武器を構える。

 彼らが臨戦態勢になった頃には、リリィの前を歩いていたアスベルが煙のように消えていた。


(消えた!? ええい、駄目だ。あの男を意識していては集中力を乱される!)


 リリィはかぶり振って駆け出し、青年たちを通り過ぎて前に出る。


「キリカ! 行くぞ!」

「うん! 左は任せてリリィ!」


 キリカとともに左右に展開するリリィ。後ろから、止まれ、と聞こえた気がしたが無視した。


「グゲゲゲ!」


 前方で薄気味笑い笑みを浮かべるゴブリン。見た目は、全身の皮膚が緑色で、腹だけがぽっこりと膨らんだ小鬼のような姿をしている。


 キリカ側は三体。こちらは四体。恐らく茂みの中にはもっと隠れているのだろうが、いま確認できるのはこの七体のみだ。


「ふっ!」


 リリィは太腿に巻いていた針袋から三本の針を拳に挟み、ゴブリンの頬をひっかいた。ひっかかれたゴブリンはリリィを追って振り返るが、やがて毒がまわってその場に倒れた。


 さらにもう一体を毒で仕留めると、三体目に向かって針を投げた。眉間に針が刺さったゴブリンは容易く絶命。


「ギー!」

 

 耳障りな声で叫び、背後から四体目が棍棒を振り下ろしてきた。


 リリィは左手で棍棒の側面を掴み、受け流す。棍棒の先端が肩をかすめて地面にめり込むと、今度は地面を掠るように右手をふりあげ、渾身の掌底をゴブリンの顎に打ち込んだ。


 指の間に針を挟んで使うため、彼女の手袋には薄い鉄板が縫いつけられている。

 暗殺者として武術も習得している彼女の掌底は、ゴブリンどころか大型の牛でさえ昏倒する威力だ。

 

「こっちは終わったぞ! キリカ!」

「こっちも終わってるよー!」


 顔を向けると、キリカは折り重なって倒れた三体のゴブリンの上で胡坐を組み、ピースをしていた。安堵するリリィ。新たな針を取り出して、残るは茂みの奥の奴らだな、と思ったが、


(気配が消えている? ……ああ、か)


 その必要はないと理解して、針をしまった。


「やるじゃないか嬢ちゃんたち!」

「あああ、のキリカちゃんだけじゃなくてリリィちゃんも強いなんて! くぅ、やっぱり頼んでよかったぁ!」

「あら? そういえば連れの男の子はどこにいったの?」


 魔法使いが周囲を見渡すと、茂み奥からアスベルがひょっこり出てきた。


「おや、待たせてしまったようだの。これは失敬」

「おいおいおいおい、アスベルさんとやらよー。いくら国王様と同じ名前だからって、そんなのんびり構えられちゃ困るぜ」


 鉢巻が呆れたように両手を上げた。この男、どこまで怖いもの知らずなんだと口走りそうになる。


「はっはっはっ、肝に銘じよう」

「頼むぜまったく。あれ? あんた、手袋なんてしてたっけ?」

「ああ、これは」

「ま、いいや。しっかりついてこいよ」


 リリィは気づいていた。

 一見、赤い手袋に見えるアスベルの手が、実は肌が見えないほど血にまみれているだけだということに。


(二人がかりで七体倒している間に、こいつはいったい何体のゴブリンを倒したんだ? 敵が強い弱いの話以前に人間に可能な速度なのか? だいたい----)


 リリィの頭の中が、どんどんアスベルで埋め尽くされていく。

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