第13話
微妙な居心地の悪さを感じながらも、アスベルはキリカに促され部屋に入った。
外観同様、室内の様式も東の島国を参考にしている。部屋の中央には暖炉の代わりに囲炉裏があり、その周りにはイ草の代わりに藁を使った黄色の畳。座布団と呼ばれる四角いクッションが四方に配置され、椅子やテーブルの類はない。
柱に使われている木の香りと、囲炉裏で弾ける炭の香りが懐かしい気持ちを呼び起こす。
「外も中も、昔のままではないか」
「もともと古かったからねー。ほら、よぼよぼのおじいちゃんって何年経ってもよぼよぼのままでしょ? それと一緒だよー」
「その例えはどうなんだ?」と、リリィ。
「なるほど、納得である」
「納得するのか……」
「ふふ。はい、お茶ですよー」
湯気が立ち上る湯呑みを手渡され一口すする。苦みの中に微かな甘みが隠れた落ち着く味だ。
アスベルがお茶を啜る様子を、キリカはにこにこしながら見つめていた。
「なぜ帰ったのか聞かぬのか?」
「実家に帰ってくるのに理由なんかいらないよー。お互い見た目も変わったし、アスベルは話し方も変わったけど、ここがあなたの実家だっていうことは変わったりしないんだよ」
「そうか。恩に着る」
「恩にきせられましょー」
二人が見つめあっているとリリィが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「おいキリカ。この男とはどういう関係なんだ」
「え? えーとねー、アスベルはもともとこの家で一緒に暮らしてたんだよ」
「なに!? ならこいつは王家の血を----」
「む?」
「あいや、オーケイ、
リリィは誤魔化すようにお茶を飲み「あふい!」と叫ぶ。そんな彼女の態度にキリカは小鳥のように首をかしげたが、細かいことは気にしない性格ゆえに構わず話し始めた。
「あのね、アスベルはもともとわたしのお父さんが連れてきた孤児だったの。その頃はお父さんがつけたカインって名前だったんだよ。でも、えーと、あれはいつだったかなぁ」
「余とキリカが五歳の時ではなかったか?」
「ああ、そうそう。わたしたちが五歳の時に国王様がきて、どうしてもカインを自分の子供にしたいっていってきたの。里親ってことなら別に相手が国王様でもよかったんだけど、アスベルはすごーく嫌がったんだよね」
「うむ。余はこの道場を継ぐつもりだったからな」
「継ぐって、まさかキリカと……」
「え? なぁにリリィ。いまなにかいった?」
「い、いや、なんでもない。続けてくれ。道場を継ぐつもりだったのに、なぜ急に王族に?」
リリィはまだ舌が痛いのか何度もお茶に息を吹きかけて啜った。
「前王亡きいま、余が現国王と知ってもずいぶん冷静なのだな」
ぶはぁ、と噴き出すリリィ。しくじった、と彼女の表情が物語る。
「リリィも修行を積んでるから、ちょっとやそっとじゃ動じないんだよー」
「なるほど。見上げた胆力である。あっぱれだ」
「はははっ、アリガトウ。そ、それで、なぜ王族に? 嫌がっていたのだろう?」
「うむ、嫌だった。だが目覚めたのだ」
「め、目覚めた?」
「うむ、拳にな」
「わけがわからないんだが……」
「目覚めちゃったらしかたないねー、ってわたしもお父さんも納得したんだよね」
「目覚めたのなら仕方がない。こればかりは余自身にもどうしようもないことなのだ」
「わたしがおかしいのか……?」
一人半眼になるリリィをよそに、アスベルとキリカは実に和やかな雰囲気だ。
「まぁ、肉を打つ快感に目覚めたのはさらにそのあとだったがな。端的に申せば、余は魔物に襲われているところを父上に助けられたのだ。王族になったのはその恩返しだな」
「最初からそういってくれないか!?」
「お、おう。すまん、許せ」
まさか怒鳴られるとは思わず、アスベルもたじたじである。
「ふん。それでいまさらなにをしにここへきた? いまはわたしもキリカも忙しいんだ。ただの帰省ならいますぐ回れ右して帰れ」
「ずいぶん冷たいではないか」
「そうだよーリリィ。アスベルに酷いこといっちゃダメー!」
指でバッテンを作るキリカ。彼女に対してリリィは「で、でも」となにかいいたげだった。
「なにか困りごとか?」
雰囲気を察したアスベルが問いかけると、キリカが「実はね」と話し始めた。
「三年前にお父さんが死んじゃって、それからわたしひとりで道場を切り盛りしてたんだけど、どうにもうまくいかなくてね……。孤児院をやる余裕もなくなっちゃって、リリィの助けもあってなんとかここまで続けてこれたんだけど、でも、そろそろ限界で……」
「そうだったのか。ならば余が家臣にかけあおう」
「それはダメだよ! 王宮のお金はみんなが納めた税金でしょ? それはこの国がよくなるために使わなきゃダメ! わたしのために使うなんて間違ってるよ!」
「うーむ、そういわれてしまうといかんともしがたいの」
「ふっ、これだからボンボンは。わたしの提案の足元にも及ばんな。な? キリカ」
リリィは嬉しそうに同意を求めるが、キリカは「もう!」といって頬を膨らませた。
「提案とは?」
「あのね、冒険者のお手伝いをしようと思ってるの」
「お手伝いとは?」
「この国は自然が豊か。だからこそ魔物の活動も活発で、冒険者ギルドは常に人手不足。わたしたちはそこに目を付けたのだ」
アスベルはピンときた。
「つまり、戦力を提供する人材派遣というわけか」
「そういうこと! アスベルすごい! よくわかったね! まぁ、人材派遣っていってもわたしとリリィしかいないんだけどね」
「うむ、余も似たようなことをするためにこの道場に帰ってきたのでな」
「というと?」
「幼き頃の余は、キリカに約束したのだ。いつか余が本物の王様になったあかつきには、必ずや竜を討ち取ってこの道場に飾るとな」
「りゅ、竜を……か」
「竜を、だ」
「気持ちは嬉しいけど、いまは竜よりお金かなぁ」
「そのようだな。であるならば話ははやい。余もお主らの提供する戦力に加わろうではないか」
「な、なに!? まさかお前、わたしたちについてくるつもりか!?」
リリィは立ち上がり、アスベルを指さして異を唱えようとしたが、キリカは手を打ち鳴らして遮った。
「本当にー!? ありがとう、アスベルがいてくれたら百人力だよー! ね、リリィもいいでしょ!?」
「し、しかしだな……」
「はっはっはっ、遠慮することはない。余はこう見えても強い」
ゆらり、とアスベルの周囲の空気が歪んだ。
彼の猛禽類のような眼光に射貫かれ、リリィは伸ばしていた指を徐々に下げた。
「くっ。い、いいか! いっておくが、これはキリカのためだからな!」
「わかっておる」
お茶を啜るアスベル。その人生の大半を拳に捧げてきた彼の、生まれて初めてのアルバイトが決定した。
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