第12話

※  ※  ※


 医務室から王宮を抜け出したアスベルは、久しぶりの町を観光気分で歩いていた。


 町は大層な賑わいだった。


 八百屋のマッチョは呼び込みに精を出し、肉屋のマッチョは売り物の肉を焼いて香ばしい香りを市場に漂わせ、手芸屋のマッチョは鮮やかな手つきで手袋を編んでいる。


 マッシブ王国は北に山と森、東に海、西に湖がある水に恵まれた土地だ。地下水が湧き出る南はほぼ全域が農耕地帯で、国中に食べ物が溢れている。


 ただし海は少し沖に出ると激流。山は一年を通して山頂付近に雪が降り、湖には竜を始めとする脅威度Aランクの魔物が跋扈ばっこする。


 唯一安全な南側も、隣町まで行くには広大な平原を十日ほど馬車で移動しなければならない。また国内の町もほぼ自活できており、輸入に頼らないため交易も少ない。


 他国の文化圏から隔絶された環境からか、人々の趣味はもっぱら自身の肉体を使った遊び。すなわち狩りやスポーツ、格闘技に集中していた。


 だからこそ、この国はマッチョが多い。とりわけ城下町は特に。


「うむうむ、この国は今日も活気に満ちておるな!」


 噴水広場で腕相撲に興じるマッチョたちを横目に、満足そうに呟くアスベル。


 マッチョたちの無垢な笑顔を見て心が満たされる。この国を、父から受け継いだ民の笑顔を、これからも守り続けようと改めて胸に誓った。


 行き交うマッチョを通り過ぎ、アスベルは南東に向かった。


 赤レンガを積み上げて作られた家々を潜り抜けると、この町では珍しい東の島国風の木造の建物へとたどり着いた。

 

「変わっとらんな、ここは」


 玄関の前で深呼吸をするアスベル。珍しく緊張した面持ちで、引き戸を開いた。


「おーい、キリカ。おるかー?」


 アスベルが呼びかけると、どたどたと慌ただしい足音が聞こえて目の前の障子が勢いよく開いた。


「はいはーい、どなた……え」


 障子の向こうの畳の部屋から現れたのは、橙色のショートヘアーの女の子。上半身は袖のない道着を着ており、下半身は黒いスパッツを履いている。

 彼女の姿を見て、アスベルは片手を上げた。


「よう、キリカ。久しぶりである」

「あ、アスベル!? うそー、なんで!?」

「はっはっはっ、約束を果たしに来たのだ」

「約束って?」

「なんだ忘れてしまったのか? ほら、余がこの家を出ていくときに----」

「おーい、キリカー。お茶が切れてしまったのだが、新しいのはどこに……って、うおおっ!?」


 黒髪の女が顔を出したかと思えば、障子が、すぱぁーん、と閉じられた。


「ん? 誰かいるのか?」

「あ、そうそう。いま友達が遊びに来ていたの。おーいリリィー。ちょっときてー」

「ま、待て! ……よし、いまいく!」


 障子の向こうでなにやらもそもそとシルエットが動いたかと思えば、今度はゆっくりと開いた。


 出てきたのは、艶のある黒髪のツインテールに、白いブラウスと内側に幾重ものパニエがついた赤いスカートの女の子。


 彼女は可愛らしい服装に対して、凛然と腕組みをしていた。


「あれ、リリィがスカートなんて珍しいね? それにその髪型も」

「い、イメチェンだ! イメチェン! たまにはいいかと思ってな!」

「そうなんだー。とっても似合ってるよー」

「あ、そ、そう? えへへ、嬉しいな」

「うむ、実に可憐である!」

「うるさい、黙れ。そして死ね」

「なぬっ!?」


 なぜかリリィに睨まれるアスベル。なにもやましいことなどないのになぜ、と困惑せずにはいられなかった。


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