第11話
マルシスとの模擬試合から七日後。
エルザは医務室でアスベルの診察をしていた。
「はい、消毒は終わりです。傷もほぼふさがりましたし、もう包帯を巻く必要もありません。お疲れさまでした」
「うむ、感謝する」
手際よくガーゼや消毒液を救急箱にしまうエルザ。この一週間、アスベルを診てきた彼女だが、これほどまでに回復力が高い人間は珍しいと思っていた。
マルシスが使っていたような違法薬物も疑ったが、血液検査の結果、そういった類のものは検出されなくてほっとした。
アスベル曰く、何度も怪我して何度も治せば自然と早くなるらしい。あまりにも医学的見地から外れた答えに、エルザは戸惑った。
「それにしても、あんな怪物を一撃で倒せるくらい強いのにどうしてわざわざ攻撃を受けたりしたんですか?」
「余は殴るだけではなく殴られたくもあるのだ。より深く相手を知るためにな」
「うーん、天性のエンターテイナーですね。国王様が国王様でなければ、きっとファイティング・ショーでスターになってましたね。あーもったいないなー」
心底残念そうにいうエルザに、アスベルはシャツのボタンをとめながら「余は王であるのでな」と答えた。
「あれ、前掛けやマントはいいんですか?」
「うむ。このあと野暮用があるのでな。今日はこれを着る」
そういってアスベルが袖を通したのは、紺色のロングコート。首元はループタイで締め、頭の上にはハットをかぶる。
まるで普通の町人のような格好に、エルザは目を丸くした。
「こ、国王様? その格好はいったい」
「人と会うのでな。相手は一般人ゆえに、余もそれなりの装いをせねばならん」
「ええと、ちなみにその方の性別は?」
「女だが?」
「ほほう!」
アスベルが女性に会いに行くと聞いて目を輝かせるエルザ。彼女は自分に好意を向けられるのは苦手だが、他人の恋愛には興味津々なのである。
「このことは内密に頼むぞ。町へ行くなどと近衛隊長に知られれば、また叱られてしまうからな」
「イエッサーであります国王様!
「おお、助かる」
「ですので、ぜひお土産をお願いしますね?」
「よかろう。なにを所望だ?」
「それはもう、とびっきり甘くて胸焼けしそうなお土産話を」
「土産話? そんなものでよいのか?」
エルザは「それはもう!」といって何度も首を縦に振った。
「ささ、国王様。城門からでは怪しまれてしまいます。窓からどうぞ」
「すまんな。それでは行ってくるでの」
「行ってらっしゃいましー!」
エルザに見送られ、アスベルは窓から飛び降りた。
ここは地上三階。そこから外壁の頂上に飛び乗り、さらに壁の向こうへと跳んで行った。
「さーてと、それじゃあこの服はどこかに隠しておかないと……って重!」
床の上にぐちゃぐちゃのまま置き去りにされた前掛けとマント。そのどちらも、エルザには到底動かせる代物ではない。見た目に騙されうっかりしていた。片づけてから見送るべきだったと心底後悔した。
「ちょっとぉ、これどうすりゃいいのよ」
合計三百キロの、布なのかよくわからない物体の後処理を任されるエルザ。勘弁してほしいと思うのも無理はない。
彼女が途方に暮れていると、医務室の扉がノックされた。
「どうぞー」
「すいません、国王様がこちらにいると聞いてきたのですが」
入ってきたのは、線の細い青年だった。長い白髪を首の後ろで束ね右肩から垂らしている。装いも白い。純白のマントと、肩に三つ首の竜の紀章が描かれた白銀鎧。腰には赤い宝石が嵌った剣を携えている。
「あら、あまり見ない顔の騎士さんね」
一目見て年下だと判断したエルザは敬語を使う必要はないと思い気安く話しかけた。
「ええ、まぁ。あの、ところでそれ」
騎士の青年の金色の瞳に、床の上に放置された塊が映りこむ。
「ああ、実はちょっと困っててね。これただの布じゃなくて、とんでもなく」
エルザが話している最中に、青年はマントを掴んでひょいと持ち上げた。
「おも……たい……」
彼女が呆気に取られていると、青年はてきぱきとマントと前掛けをたたんで医務室の片隅に置いた。
「これでいいですか?」
「え、ええ」
「まったく、相変わらずだなぁ。がさつで、無神経で、本当……気に入らない」
青年は相変わらず穏やかな表情をしていたが、それがかえってエルザに悪寒を走らせた。
「あ、あの、あなたはいったい----?」
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