第10話
バーの店内で、黒コートの男は一人静かに酒を飲んでいた。
店の入口が開き、ベルが乾いた音を鳴らすと、女暗殺者リリィが男の隣に座った。
「蒸留酒にミルクと蜂蜜をたっぷり入れてくれ」
リリィの注文にマスターは頷いた。
この国では十五歳から飲酒が認められている。今年十七歳になるリリィも酒はたしなむが、大の甘党であるがゆえに酒を頼むときはいつも甘くする。
「今日くるなんて、ずいぶんタイミングがいいな」
「状況は?」
「さんざんだ」
「だろうな。しかもマルシスの奴は兵士たちの前で禁術を使った。もう二度と、太陽を拝むことはできないだろう」
「知ってたのか?」
「観ていた。遠くからだがな。だからいっただろう、あいつには無理だと」
リリィは得意気な表情で、カウンターに置かれた酒をちびりと飲んだ。
彼女は王宮の尖塔から一部始終を観ていた。別にどっちが勝ってもいいと思っていた彼女だったが、自分の予想通り国王が勝利したことに、多少なりとも満足感を感じていた。
「はぁーまいったよまったく。もみ消しやらなんやらでまた仕事が増えちまう」
「マルシスから情報が漏れる可能性は?」
「ない。奴は俺たちの情報をなにももっていないからな。あいつに渡した情報は全部嘘だ」
「わたしのことを【眠れる森の魔女】だとかよくわからないことをぬかしていたのはそのせいか」
黒コートは「なかなかいい二つ名だろ?」といって鼻で笑った。
「いいというよりどうでもいい。もともと貴様のことは信用していない」
「おいおい、冷たいじゃないか」
「名前も知らん奴を信用できるか馬鹿者」
「組織より自分の心配をしたらどうだ?」
「それこそ心配無用だ。痕跡はすべて消してある」
「やっぱり君はスマートだ。全身、余すところなくな」
黒コートの視線がリリィの胸元に注がれる。すかさずリリィは飲みかけの酒をぶっかけて席を立つと、つかつかと出口に歩いて行った。
そのまま帰るかと思いきや、去り際に立ち止まり振り返る。
「そうだ、一つだけ伝えておくことがある」
「……なんだ」
おしぼりで顔を拭きながら、黒コートは怪訝な表情になった。
「しばらく組織の仕事は休む」
「本気か?」
「冗談でこんなことがいえるわけないだろう」
「理由は?」
「友人の援助だ」
「ああ、たしか世話になったっていう」
「わたしが薄汚い仕事までして金を稼ぐのはあの子のためだ。だから、しばらく休暇をもらう」
「駄目だといったら?」
「組織を潰す」
「おお、おっかない」
「ふん、白々しい」
お道化て見せる黒コートを無視して、リリィは店を後にした。
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【Q.〈彼〉とは、どのような関係ですか?】
「幼馴染でーす。子供の頃は毎日のように遊んでましたよー」
間延びした声で答えたのは、肩まで伸びた橙色の髪を持つ女性。やや太めの眉毛と目じりの下がった垂れ眼がどうにも緊張感に欠けた、よく言えば温和な印象だ。
道着を着た三人の子供たちに囲まれ、「ねぇねぇ」と服を引っ張られている。
【Q.幼いころの〈彼〉はどのような人物でした?】
「そーですねー。いまとそんなに変わらないような気がしますし、やっぱり違うよな気もしますし。って、この年で子供のままっていうのもおかしな話なんですけどね。でも子供らしいところはちゃんとありましたよー」
【Q.子供らしいとことは、具体的にいうと?】
「んーと、そうですねー。たとえば子供って、大人になったらダレダレちゃんと結婚するーとかいうじゃないですか。〈彼〉もそんな感じで、わたしと約束してくれたんです」
【Q.まさか、その子供たちは〈彼〉との?】
「あはは、この子たちは違いますよー。うちの道場は昔から孤児院と兼業なので。そういえば、〈彼〉もうちでお世話していたんですよ」
【Q.それは衝撃の事実ですね。ということは、前国王とは血の繋がりがないということですか?】
「そうなりますねー。ある日、国王様がふらっとやってきて、〈彼〉の目をみるなり我が子になれ! なんていったんです。あの時は本当に驚いたなー」
【Q.では〈彼〉の強さは血筋によるものではないと?】
「ふふふ。彼は正真正銘、どこまでも努力家なだけですよ」
【Q.ちなみに先ほどおっしゃっていた、約束、というのは?】
「ああ、別れ際に〈彼〉がわたしに言ったんです。大人になったら必ず迎えに来るからって。その時は、わたしの道場に----」
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