第7話
「お前も見掛け倒しの優男かと思ったが、なかなか良い眼をしてやがる」
「ふふん、余は目が奇麗だとよく母上に褒められたのだ」
「そうかよっ!」
マルシスは再び距離を詰めた。
今度は姿勢を低くして、開手した両手を左右に広げ、直接アスベルの下半身に狙いを定めていた。
「無様にすっころびな!」
「王を組み敷こうなどとは、あっぱれな豪気ぶりよ!」
対してアスベルはマルシスの右手首を掴む。すると、まるで手品のように二人の立ち位置が入れ替わった。
「はぐぅ!?」
背中から練兵場のざらついた地面に叩きつけられ、マルシスはくぐもった呻き声を上げた。
地面に倒れ伏した彼の眼前には、いまだ悠然とアスベルが薄ら笑いを浮かべて立ってる。
「ほれどうした。ねんねの時間か?」
「くそっ、があああああ!」
跳ね起きながら体を捻り、アスベルの喉笛に爪を突き立てようとするマルシス。
獲物に襲い掛かった野獣が、爪を突き立てようとしているかのような様相だった。
「ははは! ようやく本気になったか!」
「うおおおおお! ぶっ殺してやる!」
「では、余もそろそろ
アスベルが拳を握ると、ほぼ同時に空気が破裂する音が響いた。
「でた! 国王様の
そう叫ぶ近衛兵長の隣で、エルザが「まだです!」と否定する。
「そんなに甘くはありません! 確かに並みの人間ではあの光速のパンチは脅威です! ですが相手はあのマルシス! 殴られることは織り込み済みのはずです!」
エルザのいう通り、マルシスはアスベルの拳を受け止めてもなお前進をやめない。
それどころか、殴られ、体に痣が増えるほどに、その勢いを増してさえいる。
「ふうううう……ようやく体が温まってきたぜぇ……」
「タフだの。お主」
近衛隊長は理解ができなかった。
あの拳をくらって無事ではすまないということは、身をもって知っているからだ。
なのに、なのになぜ、
「なぜマルシスは、戦えているんだ」
「秘密は首にあります」
「首、だと?」
「ええ、マルシスはあえて首を脱力しているのです」
「だ、脱力……?」
「例えば薄い石の板と同じ厚さの紙を想像してください。板は叩けば割れてしまいます。それは硬さゆえの脆さ。ところが同じ厚さの紙は、たとえ折れたとしても破けることはありません。柔軟にその身をしならせることでダメージを分散しているのです」
「で、では、マルシスは、国王様の拳にあわせて顔の向きを変えているということなのか?」
「その通りです。それと、もう一つ」
エルザは眼鏡のブリッジを中指で押上げ、さらに解説を続けた。
「な、なんだ? 教えてくれ!」
「あの一見無造作なひっかき攻撃。あれは攻撃であると同時に、首を守る盾の役割も担っています」
「どういうことだ?」
「首には可動範囲があります。一般的に左右の回旋は六十度と言われています。つまり、この可動域の限界の方向を向いていると、ダメージを分散できず脳を揺らされてしまいます」
「だ、だが、マルシスは常に前を向いているぞ。腕を振り切った瞬間はどう見てもその可動域の限界とやらじゃないか!」
アスベルがその隙を逃すはずがない。近衛隊長は、そういいたそうだった。
「そのためのあの攻撃なのです。ひっかき攻撃で体をひねったとき、確かに首は可動範囲の限界に達します。ところがその時、マルシスの巨大な肩が彼の首を守っている。みてください、彼の肩を! あの無数の青痣がその証拠です!」
エルザのいう通り、マルシスの肩はうっ血して青紫色に変色していた。
「おお……では、このまま攻撃を続けていれば、いつかは押し切れると」
「ですから、そう甘い話ではないのです。確かに肩は人体の中でもかなり防御力の高い部位です。しかし、肩とは腕の根元に位置する土台的な存在。そこに集中砲火をあびれば、おのずと----」
エルザの言葉が示すように、マルシスは急に攻撃の手を止めた。
肩で息をしながら、アスベルを見下ろしている。
「どうした。もうバテたのか」
「まさか。ちょっと腕が重てぇだけさ」
その実、マルシスの腕はすでにほとんど感覚が残っておらず、もはや拳を握るどころか爪を立てることすらできなくなっていた。
「こないのであれば、余から参ろうか」
アスベルは一足で距離を殺し、マルシスの懐に飛び込んだ。
ジャブの連打を、板チョコのような腹筋に叩きこむ。
「むっ?」
「はははぁ! 不用意に俺の領域に飛び込んだことを後悔させてやるぜ!」
「肩の痣が……消えておる?」
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