第4話

 マルシスは町を歩きながら考えていた。どうやって王子に接触しようかと。

 相手は王族。周囲には訓練を積んだ兵士たちがわんさかいる。正面から堂々と、とはいかないだろう。

 

「町に出てきたときに因縁をつけるか、それとも遠出する時を狙うか。さてどうしたもんかな」

「もし。そこの方」

「ああん?」

「もしやあなたは、マルシス・カルバドスさんではございませんか?」

「だったらどうした。サインでも欲しいのか? 悪いが、いまは苦手な考え事の真っ最中だ」

「そういわず、話を聞いていただけませんか」


 さっさと立ち去ろうかと思ったが、女の恰好が気になり立ち止まった。

 妙に身なりがいい。裾や襟元に幾何学的な模様のレースがあしらわれた黒いワンピース。耳には青い宝石がはめ込まれたひし形のピアス。銀縁の眼鏡もレンズが透き通っており高級そうだ。オマケにこの女、医者なのか学者なのか白衣を羽織っている。


 少なくとも、夜の店で働いているようには見えない。なぜ町中で白衣を着ているのかはわからないし、一歩間違えば変質者のそれだが、それなりの身分であることは一目でわかった。


「あんた、まさか王宮の関係者か?」

「そうです。王宮医のエルザと申します。何を隠そうわたくし、大の格闘好きでして」

「ほう、それで俺を知っていたのか」


 格闘好き、と聞いて悪い気はしない。しかもそれが美人であるならなおさらだ。


「ええ。それで、その、実は王子様、いえ、現国王様も大変な格闘技好きでして。ぜひマルシスさんにお会いしていただければと」


 マルシスはすでに国王が格闘経験者であるという情報を知っていたが、あえて知らないふりをして「ほうほう」と頷いた。


「そりゃあいい! なら一度あってやろう!」


 一度でも顔をあわせることができればあとはなんとでもなる。記念にとかなんとかいって、試合をする流れに持ち込めばいくらでも殺害するチャンスはあるからだ。

 事故とはいえ国王殺しなどすればただではすまないだろうが、次の国王候補は全員、あの黒コートの男の息がかかった人間。刑期は短くて済むし、牢屋から出れば巨万の富を得られる。

 重要なのは、これが暗殺ではなく、あくまでも殺意のない事故にみせかけることだ。でないとさすがに新国王も庇いきれないだろう。


「本当ですか! あ、あの、実はただお会いしていただくだけではなくて」

「なんだ? 他にもなにかあるのか?」

「はい。その、ぜひとも、模擬試合をしていただきたくて。これも王様の要望なんですけれど……あ、もちろん謝礼はお支払いいたします!」

「もちろんいいぜ!」


 マルシスは、まさかこうもうまい話が転がり込んでくるなんて、と内心小躍りしたい気持ちだった。

 準備は整った。負ける気はしない。それどころか、確実に息の根を止めるつもりだ。

 マルシスの内に眠る野獣が、いままさに目覚めようとしていた。


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 王宮地下百階。第一級犯罪者用牢獄にて。


【Q.いま〈彼〉に挑むとしたら、勝算はどのくらいありますか?】


「ゼロですね。万に一つも勝ち目はありませんや、あっはっはっ」


 オレンジ色の囚人服を着たその男は、檻の向こう側でもっさりと生やした赤い髭面を愉快そうに歪めて、胡坐あぐらを組みながら膝を叩いて笑っていた。


【Q.ずいぶん弱気ですね?】


「そりゃそうですよ。〈彼〉に勝とうなんて無理無理無理無理、かたつむりですよそんなの。そりゃね、俺も腕には自信がありますよ? いくら禁術や薬物に頼っていたとはいえ、もともとそれなりに強い武闘家でしたから。ま、いまはこんなんですけど」


 囚人は肋骨が浮き上がるほどやせ細った自身の胸を抑え、自嘲気味にいった。


【Q.例の技を使っても?】


「使っても、というか使ったんですけどね。でも駄目でしたよ。手も足もでないとはまさにあのことかと。彼と渡り合うにはもっとこう、力とか頑強さとか、そういうのとは別の次元の、運命的な物がないと駄目なんじゃないかなぁ」


【Q.当時の戦いについて詳しく教えていただけませんか】


「ああいいよ。ぜひ聞いてくれよ。俺もこんなところにずっとこもってるから話し相手が欲しかったんだ。さあて、どこから話そうか。そうだ、そもそも俺が王宮に呼ばれた理由なんだけどさ----」


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