Ep.12
エニシィはコクリとうなずいてから周囲の大人たちの様子をうかがった。現実世界よりもブラックな労働者が多い異世界ということもあり何が失礼に値するかは未知数だった。すでにエニシィはデイジーと共犯で身分を詐称している。地下街で生まれ育ったとはいえラジオがあれば契約闘技のことくらいはしっていてもおかしくないのだ。失言は思わぬバッドエンドをまねく。この人生観のイメージはインターネットやゲームの世界でしかみたことがなかったエニシィは仕事をひとつこなしたことで沈黙することを実感するとともに実践するにいたった。
デイジーが財布を取り出した。まずは髭もじゃがバイト代を受け取ることでこの場を切り抜けることが出来そうだ。
「じゃあ報酬をもらおうか。このステーキショップのオーナーは誰かな?」
ガスマスクをつけたコックがポケットから何かを取り出した。親指と人差し指でつまんでいるそれは細い金棒だった。
「オーナーは私だ。5万ドーラ―のゴールドバーだ」
財布を持つ手を震わせたデイジーは目を見開いている。その姿をみたエニシィは目を細めた。細長い茶熊のような風貌のデイジーが震えるほどの額なのだろうか。文字通り身を削って仕事をしたエニシィは現状についていけなかった。
「なんだと、高すぎる。追加の仕事でもあるのか。皿洗いの仕事をしたくらいではそれほどの報酬をもらえるとは思えないな」
コックはマスクをはずすことなく5万ドーラ―のゴールドバーをずいと差し出した。
「水道管が故障してからちょうど一時間後に契約闘技プロのヨークシャー・コルク・ストーナー様がステーキを食べに来ることになっていた。彼は私たち地下民の希望の星だ。彼にステーキを提供することができなかったら彼は農協CAセントラルアグリファクチャーコオペラティブとの契約を継続してくれなかったかもしれない。厨房の換気扇と肉を殺菌する紫外線装置があるとはいえほかの客を店に入れずに闘士を優先することなどできない。きれいにつまれた皿の枚数次第では我々はコルクストーナーに失礼なことをしてしまうところだったのだ。トヨタァエニシィ殿。貴殿には再生能力がある。だがそれでも痛みはかんじるのだろう?まだ子供なのにあなたは煮えたぎる湯のなかに手を伸ばすことのできる勇気がある。今回が初仕事だと聞いていたが素晴らしい仕事ぶりだった。マネージャーのデイズ殿、ゴールドバーを受け取ってくれないか」
まさか、いまから地下街のヒーローが店に来るのだろうか。エニシィはみすぼらしい緑色のセーターをよれた部分を意味もなく整えた。
「わかりました。でコルクストーナー氏が来る前に我々は撤退します。感謝を」
デイジーは腰を折って手を伸ばしゴールドバーを受け取った。できれば契約闘士の姿をみてみたいところではある。だが現実世界の格闘家のようにプライドが高くて攻撃的な性格だった場合エニシィは額を近づけられて挑発を受けるかもしれない。転生してもなお貧弱なエニシィにはまだ闘士と対面する力と気力はない。コックの男はそわそわとした様子で地下街の通路をながめた。まだらに設置された照明によって薄暗い地下街には工事現場や建設現場特有のドンドンという金づちをたたく音と機械のモーター音が響き渡っていた。地下街は年中こんな感じなのだろうか完成したエリアはもっと栄えているのかもしれない。
「よおし、これで安心してストーナー様をお迎えできる。そうだ。このエリアには動かすことの出来ないレイピアがあるらしい。それが工事の邪魔になっていると聞いている。聞くところによるとそのレイピアはケースの中に入っているようなのだ。だがケースを開くことはできてもケースを動かすことが出来ないと知り合いの地下民がいっていたよ。多くの力自慢がそれを持ち上げることに挑戦したがビクともしなかったという話だ。どうだいエニシィ殿一度挑戦してみてはいかがかな」
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