第17話 ステージ[森] エリア2

 魔法の併用が出来ない。

 私はその事に焦りを覚えていた。

 どうやら【インビジブル】で姿を隠しながら【アジリティー】で走る速さを上げたり、【ワイド】を使って倒木の枝葉や木々を伐採したりすると私自身に効果をもたらしていた魔法が一度解除されてしまうようだった。

 確実に迷わず前へ進むためには木々を倒し、目指している目標を見失わないようにしなければならない。だから、どうしても【ワイド】を使う必要があった。しかし、その都度、【インビジブル】が解除され姿が星明かりの元に晒されてしまうので私はいつ魔物に襲われるかと常に冷や冷やしていた。なにせ、伐採する度に大きな音を立てて木が倒れていくのである。動物は音に怯えて逃げて行くかもしれないが、魔物はどうかは分からない。


(私を見つけ次第、襲ってきたらどうしよう……)


 逃げる?

 逃げるよね?

 それしかないよね?

 と、思った矢先のことだった。


「ぁ………………」

「ブギュゥ……?」


 進行方向の視界を遮る枝葉を【ワイド】を使って切り飛ばすと、その開けた先に四足歩行で歩くシルエットを見つけてしまった。大きめのイノシシに似ているその生き物は、私に気付いて振り返ると意外にも可愛い鳴き声を返してきた。

 しかし、だからと言って相手が有効的とは限らない。


「ブフォロロロロロギュゥゥウウウウウウウウ!!!」


 イノシシ似の動物は雄叫びを上げると背中から突出したヒレのような角を赤く発光させ、身を低くしてきた。


(ーーーっ!やばっ!!)


 狙われていることに気付いた私はすぐさま横に向かって走り出し、伐採していない木の影へ身を隠そうとした。

 しかし、そうは問屋が下さない。


「うそっ!!?」


 赤く発光した球体が私の行く手を遮るように飛来してきたのだ。辛うじて視界の端で捉えていた私は寸手のところで足を止めて直撃を免れる。だが、赤い球体が倒木と地面に着弾した影響で破片が飛び散り、容赦なく私を襲ってきた。


「きゃあああっ!!」


 いくつもの破片が体を切り裂き、突き刺さってきた。


「痛っ……」


 爆風が収まり、私は顔を上げる。幸い飛び散ってきた破片は小さく、致命傷になるような怪我はせずに済んだようだ。しかし、殆どが擦り傷とは言え、痛いものは痛い。華奢で非力な身体の至る所に切り傷が出来ていて、そこかしこから血が滲み出ていく。肌に突き刺さった小さな木の破片を丁寧に取り除きたいところだが、今はそれどころではなかった。

 敵の方へ首を捻ると次がこちらへと目掛けて飛んできていた。


「くぅっ!!」


 私は地面に身投げするように横へ飛んで回避し、急いで立ち上がると近くにあった太い倒木に身を隠した。するとこちらへ目掛けて二度三度とあの赤い球が間髪入れずに飛んできた。木の破片と土が否応なく舞い上がり飛び散っていく。


「魔獣、魔獣だ……」


 そんな中、しゃがみ込む私は息を荒げながらそれを繰り返し口にしていた。何をどうするとか、全く頭が回らない。胸が痛くなるほど心臓が鳴っていて、自分がどれだけこの状況に焦りと恐怖を抱いているのかが分かる。だから、落ち着こうと理性を働かせるがどうしても上手くいかない。それによって瞬く間に気が動転していった。

 不味い、やばい、どうしようーーーそんな言葉ばかりが思考を支配していく。すると、思い出さなくてもいいのに、半年前の魔獣に殺されそうになったあの瞬間が勝手に蘇っていき、追い討ちを掛けるように恐怖を増長させていった。

 身体中から大量に嫌な汗が滲み出いく。


「………ハァ……………ハア……」


 すぐ後ろで魔獣による攻撃が何発も倒木に着弾して大きな音を立てている。だと言うのに、その音がどんどん遠くなっていくような錯覚に襲われた。


「ハア…………ハァ………ハア……ハア…………」


 いつの間にか自分の荒い呼吸の音しかしなくなっていた。


(なにこれ、どうなって、落ち着け、落ち着けっ)


 今自分がどうすべきか。どうしたらいいのか。本当は分かっているはずなのに、自分を客観視する理性すら最早もはや使い物にならなかった。


(早く落ち着け。何してる急げ。逃げろ。方法を考えて。逃げろ。いいから立ち上がれ。逃げろ。早くして。逃げろ。動け。逃げろ。考えて。逃げろ。反撃して。逃げろ。立ち向かえ。逃げろ。魔法を。逃げろ。今すぐ。逃げろ。逃げろ。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろーーー)



『うるっさぁーーーーーぁあい!!!!!』



「ナビィ!!?」


 私は頭に響く男の声に驚きその名を咄嗟に叫んだ。


『よくもまあ20秒の間にあれだけ心を乱せますね。得意技か何かなのですか?』

「あなたなんで!今まで何してたのよ!!」


私はようやく息を吹き返したように声を上げた。しかし、ナビィは冷静に指摘してきた。


『今はそれどころではないでしょう!』

「だってあなた」

『ほら、さっさと立ち上がって!左奥の倒れた木の後ろ!あそこに走ってください!』

「え、どれ!なんで!」

『いいから急いで!!』


 叫ぶナビィの声に私は訳も分からず、示された方向にある枝葉の残った倒木へと走り始める。

 すると、そこを完全に離れた瞬間、私の居た場所にあのイノシシ似の魔獣が障害物を消し飛ばしながら駆け抜けていった。

 私は転ぶようにして倒木の影へと入り込むと、そこから顔を出して魔獣の姿を追った。魔獣は私が躱すのを捉えていたのか、地面に脚を突き立てて抉るように止まるとまたこちらに振り返ってきた。


『間一髪でしたね』

「あ、あぶなかった……ほんとに、あぶなかった」

『あれは《ボロドファゴ》という魔獣です。魔法による砲撃と【アンチウェア】を展開して突進する攻撃を仕掛けてきます。同じところに止まっているとーーー』

「また来たっ!!」


 私はナビィの説明もそこそこにまた違う場所へと走り出した。


『そうです。ボロドファゴは物影に隠れた相手に対して容赦のない突進をかまして来ます』

「えっ!!?じゃあ身を隠す意味は!?」

『特にありません。さらにボロドファゴは障害物のない場所に獲物を誘い出すと魔法を放って動きを止めます。破壊力もありますが、触れると身体が一時的に麻痺します。そこを狙って捕食してくるのです』

「怖いっ怖い怖いっ!!それでどうしろっていうのよ!」


 私は体力の限界に来ている足を必死に動かして、倒れた木の間を移動し続けていく。その度にボロドファゴが突っ込んできて肝を冷やす。


『ボロドファゴの弱点は突進時に【アンチウェア】を進行方向に全面展開する点です。その為、正面からの攻撃はあなたの力では破ることはできません。しかし、躱した直後の背後は無防備になります。その時を狙って攻撃して下さい』


 な、なんて?逃げるのに精一杯だというのにその上攻撃を当てろと?

 簡単に言ってくれる。


『実際、ボロドファゴは魔獣の中でもあまり大した敵ではありません。簡単です。初級ですよ』

「……聞こえてたのね」

『もちろんですとも』

「でも、私、もう体力が残ってなくてこれ以上魔法を使ったらどうなるか」

『無闇矢鱈と走ったり魔法を使ったりするからですよ。体力に気をつけるように言ったはずですが』

「誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ」

『自業自得です』

「くっ!この薄情ーーー」

『ほら、集中して下さい。来ますよ!』

「きゃああああっ!……っ、あぶなあ」


 私はもう何度目ともしれないダイブを決めてボロドファゴの突進を躱した。

 体力が限界に近づいていて立ち上がるのもやっとだった。あと二、三回避けられるかどうか。


『あなたって前世が男のくせに本当に可愛い悲鳴をあげますよね。正直、恥ずかしくないんですか?』

「やめてっ!命辛々逃げてるのに茶化さないで!死んだらどうするのよ!」

『それもそうですね。では、力を貸すとしましょうか。今のあなたでも倒せる方法をお伝えします。聞き逃さないでくださいよ』

「もうほんと腹が立つわ」

『では、いきますよ』


 こちらに猛突進をしてくるボロドファゴに私はナビィの指示の下、反撃を開始するのだった。

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