第18話 ナビィの策

『体力の温存を図りつつ、魔素の回復をします。ボロドファゴが突進を仕掛けてきたら、ある程度の距離まで引き付けてください。そしたら【アジリティー】を行使して素早く近くの倒木に隠れて下さい』

「魔法使ったら回復にならないじゃない。それにやってること今までと変わってないわよ」


 散々逃げ回って限界寸前だというのに、反撃もせず魔法を使って回避するなんて体力の温存も回復もあったものではない。これ以上、魔法を使って身体が重くなって息が切れたら倒れてしまう。


『あなたが一番楽できる方法を教えているんです。文句を言う前に目の前の敵に集中してください』


 言われてボロドファゴの様子に注目すると前足を地面に突き刺すような仕草を繰り返し、身を低く屈めていく。そして、赤く発光している背中のヒレのような角が強く光り出した。

 突進の“ため”だろうか。いやでも、違う気がする。

 確か、あの姿勢って……。


『ぁ、突進じゃなかったみたいです……砲撃でした』


 ナビィが気まずそうに言ってきたその時既に、ボロドファゴの周りに赤い球体が複数現れていた。サッカーボールほどの大きさにまで膨れ上がると私に目掛けて放ってきた。


「〜〜〜〜っ!!!」


 ナビィに文句を言う間も無く私は【アジリティー】を発動させ、ボロドファゴが砲撃してきた射線上から一目散に逃げ出した。

 倒木の幹の影へと滑り込むと体力の限界だったのか、【アジリティー】が解除される感覚がした。すると、全身にどっと重たい疲れがのしかかってきた。


「っ、はぁっハァ……ハア……ハァッ……」

『これは失礼しました。姿がもろ見えの時は砲撃してくるんでした。あっはっはっは〜』

「ナ、ビィ……いい、加減に、しな、さいよ……」


 命が懸かってるというのに笑って済まされることではない。お陰で体力を使い果たしてしまった。


「も、う……むり…………」


 私が先ほど居た場所のその奥から魔獣の砲撃が着弾した音が鳴り響いてくる。物影に潜めば、障害物を破壊するために今度こそ突進を仕掛けてくるはずだ。全力を【アジリティー】に使ってしまった私にはもう立ち上がる力もない。肩で息をし、額から垂れた汗が長いまつ毛の先を伝って地面に落ちていくのを眺めるのがやっとだ。地面に手を付いているだけでも辛い。

 状況はさらに絶望的になってしまった。

 だと言うのに、ナビィの調子は変わらなかった。


『少しハプニングがありましたが、結果オーライです。ほら、いつまで下を向いている気ですか?ボロドファゴは嗅覚に優れています。あなたの居場所はもうバレていますよ。ここからが本当の戦いです。さあ、迎え撃つ準備をしますよ!』

「なによ、それ…………だれの、せいで……」


 しかし、やはりナビィは私の様子を顧みることはなく、指示を出してきた。


『それでは、そこにある倒木を《ストレージ》の【フェイクテクスチャー01】に収納して下さい。やり方は対象物に手で触れて魔法名を唱えるだけで構いません』

「でき……ない…わよ…………。もう、力、が……」

『お忘れですか?【コマンド】内の魔法は全てアクティブな状態なんです。先ほど使ってしまった【アジリティー】はともかく、【フェイクテクスチャー01】はまだ使用してないですよね?それなら即時使用可能です』

(どういうこと?)


 私は息切れが酷くてもう口では聞けなかった。


『時間がありませんから詳しくは省きますよ。【コマンド】内の魔法は使用後に魔素の回復が自動で行われます。回復速度はあなたの状態にもよるのでその都度変動しますが、時間が経てば使用可能状態になります。先ほどの【アジリティー】は使用可能状態でしたが、魔素を完全に回復していなかった為に効力がすぐに切れてしまったのでしょう。今のあなたは【アジリティー】の魔素回復に力を吸われている状態なんですよ。体力ないですねぇ、ほんと』


 早口で捲し立て説明するナビィは、それでも余計な一言もしっかりと付け加えてきた。憎たらしいったらありゃしない。それらが分かったとして、それでどうして収納する魔法が今、出番を迎えるというのだろうか。


(この木を魔法で仕舞ったとして、何が狙いなのよ)

『これ以上、説明している時間はありません。左右どちらの手でも構いません。早く木に触れて収納してください』

(……分かったわよ)


 私は倒木にもたれ掛かると空いた手で幹に触れた。疲労で集中力の欠けた状態では、心で魔法を念じても上手くいかなかった。仕方なく息を吸い、か細い声でそれを唱えた。


「《ストレージ》、【フェイクテクスチャー01】」


 すると突然、木の幹が光の粒子に姿を変え、私の左手へと収まっていった。支えを失った私は地面に肩を打ちつけ、そして、手を付いて起き上がる。


「なに、今の光……」


 自分の背の何倍もあった木が一瞬にして消えてしまった。しかも、師匠が使っていた魔法とは少し違っていた気がする。師匠のはもっとこうパッと全てが消えるような、マジックでも見せられているかのようなそんな感じだった気が……。


『って、なにぼうっとしているんですか!?【アジリティー】を行使して次の物影に隠れて下さい!』

「えっ!?あわわわわわわっ!!!【アジリティー】ィイイ!!」


 ナビィの声によって強制的に思考を妨げられた私は、大きな足音を立てて向かってくる魔獣を見て言われるがまま魔法を唱えた。

 そうして回避に成功すると倒木の裏へと隠れる。


(魔法が使えた?どうして?……体も辛くない)


 先程まで息をするのも精一杯だったのに。

 すると、ナビィの声が頭に響いてきた。


『【フェイクテクスチャー01】は生きている物と魔法以外の全てを収納することができる魔法です。そして、収納した物から【エーレア】を抽出し、魔素に変換することができます。12のボックスに分けて保存も可能で…………まあ、詳しいことは後にしましょう。とりあえずは、枯渇したあなたの【リーフ】は倒木から補填しました。この調子で木の幹から折れた枝葉に至るまで収納していってください』


【アジリティー】を使って素早く回収しましょう。と、そうナビィは提案してきた。

 私はナビィの言う通りにそれらを回収していった。ボロドファゴが突進で蹴散らした木の幹の残骸まで隈無く魔法の中に収めていく。ボロドファゴが砲撃をしてくると厄介なため、なるべく姿を隠しながら回収を進めていった。ちなみに、あちこちに動くのが面倒だと思った私が新しく木を伐採しようかと考え始めていると、ナビィに『魔法を使う練習も兼ねていますから、これ以上の自然破壊はやめて下さい。それにお楽しみは取っておくものです』と釘を刺されてしまった。

 お楽しみとはなんだろうか?

 そうして、ボロドファゴが行ったり来たりと何度も突進をしてくる中、残る障害物は私が伐採して作った道の脇にある2本のみとなった。

 その頃には私の体の調子は魔獣と出会す前よりも少し良くなっていた。【アジリティー】は小さな力で素早く動けるため、僅かではあるが体力の回復にも繋がったのである。


「ナビィ。そろそろお楽しみについて聞かせてもらえない?」


 私が隠れながら言うと、ナビィはいいでしょうと楽し気に言ってきた。


『それでは爽快感のあるコンボをお伝えします』

「コンボって……」


 そうしてにやにやした口調のナビィの策を私は半信半疑で聞いていった。当然、ボロドファゴはそんな作戦会議を待ってくれるわけもなく突進を仕掛けてきて、私はそれを走って躱した。


『ビビらないでくださいよ。躊躇したらその隙に死んじゃいますからね』

そそのかしておいてよく言う」


 私は最後の一本になった倒木に身を潜めると、懲りずに突進を仕掛けてこようとするボロドファゴを確認した。

 猛烈な足音が近づいてくる。

 そこへ。

 私はボロドファゴの前へ飛び出した。


「《ガード》、【フロント・ウォール】!!」


 叫ぶように唱えると青白く透き通った壁が私の前に出現した。自分の背丈よりも大きいそれは突っ込んできたボロドファゴを受け止め、ギィイイイイイイイイイイイイッと凄まじい音を立てる。

 そんな光景を目の前にしながら私は右手をボロドファゴの方へ突き出し、更に魔法を唱えた。


「《ブラスター》、【ショット】!!」


 右手の先に緑色の球体が生まれ、徐々に大きさを増していく。そして、触れていないはずのその球体から手に向かって伝わる反発力もそれに比例するように、大きく強く感じるようになっていった。


「くぅっ」

『まだですよ!まだまだ!』


 耐える私にナビィが声を掛けていく。

 緑色の球体はソフトボールほどの大きさまでになると、そこからは大きくならなかった。

 では、なぜ放たないのかと言うと。


『展開し始めました!』


 それ以外の別の変化を待っていたからだ。

 ライフルの砲身のようなバレルが展開され、更に3本の輪っかが砲身を中心として広がっていく。

 そして、まだ。


『いいですね。最大充填に到達です!』


 砲身が縦に裂け、3つに分断されていった。それぞれが間隔を空けて射線上を軸に高速で回転を始める。それに伴い、ソフトボールほどの大きさだった緑色の球体が次第に大きくなり、色が紫へと変わっていく。

【ショット】を唱えて形が変わるまで耐えろ、としか聞いていなかった私は目の前で何が起こっているのか正しく理解できていなかった。

 右手の受ける反発の力に耐えているのがやっとで、もう限界に近かった。


「ね、ぇ、まだあっ!??」


 だから、耐えかねて私は叫ぶようにナビィに聞いた。


『砲身の展開は申し分ありませんが、カウンターショックの構築がーーー』


 まだなの?!とそう思い、頑張って力を入れ直そうとした瞬間。


「ぁ、むり……」


 私に限界が訪れ、それが解き放たれた。



 ドォオガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガカーーーーーーーッ!!!!!!



 凄まじい轟音と光がその場を支配していった。

 私は視界が紫色から白色へと色が染まっていく中で、眩しさに耐えきれず目を左手で覆った。

 だから、次に目を開けた時、自分が空を見上げて仰向けに倒れているのを確認して驚いた。


「あいたたた……」


 鈍く伝わる痛みに表情を歪ませる。

 見れば身体中が土まみれになっていて、手脚に限らずそこかしこを打ちつけたらしい。服の胸の下辺りが破けているが、どこかに引っ掛けてしまったのだろうか?

 立ち上がりながら調子を確かめる。


『骨折などの大怪我はしていないようですね』


 すると、ナビィが声を掛けてきた。

 私は口に入った土を吐きながら、心の声で聞いた。


(いったい何がどうなったの?魔獣は?)

『まずは前を見てみて下さい』

(っ、なに……これ)


 言われて前を向き、その光景に驚いた。

 私が木々を伐採して小高い崖を目指していた方向。それとは違う方向に大きく開かれた道ができていた。いや、この光景は道とは言えないだろう。地面が根こそぎ削られ、土が抉られたように剥き出しになっているのだから、事故現場と言ったほうが余程納得できる惨状だった。


『ボロドファゴはあなたが作り出した魔法の盾ごと蒸発しましたよ。少々、やり過ぎてしまいましたね』

(少々って……)

『魔法の術式構築は理論上もっと軽度なものだったのですが、あなたの現状の身体データや抽出した魔素も加わって理論値を大きく上回ってしまったようです。ああ、そうそう。次からはカウンターショックが構築展開される前に撃たないでくださいよ。こんなことでは寿命がいくらあってもそこをつきかねません』

(……寿命って。そんなこと言われても本当に限界だったんだから仕方ないじゃない。あなたの計算ミスが招いた結果よ。しっかり調整しておいて)


 まさか、段階的変化の魔法がこれほどまでの威力とは思いもやらなかった。ナビィは今回、【ショット】のことしか説明してこなかったが、おそらく【ワイド】もその類だろう。そして、その他の魔法にもまだいくつもの仕掛けが施されている可能性がある。

 私の為に用意したとか上手いことを言っておきながら、その能力の全容を明かさないナビィに私は頭を抱えた。


「あ……」


 私はそうして一つ思い出すことがあった。


『どうしました?いきなり変な声を出すと変人に思われてしまいますよ?それともお手洗いですか?安心してください。ここは大自然の中ですので』

「ちっがうわ!!トイレは、確かにちょっと行きたくなってるけど、そうじゃなくてっ。ナビィ!あなた、今まで私を無視して何してたのよ!」

『ええと、それはですね』

「なによ!」

『まあその、この後のお楽しみということで!』

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!なにそれ、いいから言いなさいっ!」


 そうして私はナビィに怒りながら、森の出口を探していくのだった。





『腹部貫通、頸椎骨折の回復による寿命の消費

 ーーー約120年』

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