第16話 ステージ[森] エリア1
(……暗い。全然見えない)
空を見上げても背の高い木々が揺らす枝葉しか見ることのできない。私はこの鬱蒼とした森の中、息を殺しながら立ち尽くしていた。
(どっちから来たっけ……)
前を向いても後ろへ振り返ってもそこには暗闇があるばかり。
なにか出口へと繋がる手掛かりはないかと探すが、数メートル先がようやく見えるような明るさの中でそれを見つけるのは不可能と言えた。せめて自分が通ってきた方向さえ分かればと首を巡らせ目を凝らすが、足跡一つ分からなかった。
(…………どうしよう……)
私は一歩を踏み出そうとして躊躇し、元の場所に足を戻す。
下手に動けなかった。
もしここで闇雲に歩き出したとして、更に山奥に行ってしまったら最悪だ。そして何より、この暗闇の中で魔物に出会しでもしたら私に命はない。だが、それはここに留まっていても同じ事が言える。
現段階ではどうしたって命の危険があった。
(こんな時に限って、どうしてアイツはっ!)
私はもう何度も胸の内でナビィを呼んでいた。
しかし、一向に応答することなく気配すら感じさせなかった。
ナビィなら帰り道を知っているはずである。そうでなければ、屋敷への方向を私に言ったりなんてしなかったはずだ。それなのにどうして呼んでも出てきてくれないのか。全くもって酷い相棒だ。
(こんなところに私一人を置き去りにするなんて絶対に許さないわ)
自分から森に入り込んだことを棚に上げて、私はナビィに対して恨みを募らせていく。それと同時に現状の打開策を見出そうとする。
(とにかく何とかしなきゃ)
まずは身を隠す場所か、その他の方法を見つけなければ。
私は周囲を警戒しつつも考え始め、とりあえず【コマンド】を表示した。
《ブラスター》
・【ショット】
・【ワイド】
《ガード》
・【フロントウォール】
《フィジカル》
・【インビジブル】
・【テクスチャー・アイ】
・【アジリティー】
《ストレージ》
・【フェイクテクスチャー01】
私はざっと目を通すと、その中から一番初めに【インビジブル】を選択し魔法を発動させた。
(これで姿を消せたはず)
試しに足元の落ち葉や枝を踏んでみると微かな音しか鳴らなかった。もっと注意深く歩けばきっと全く音を立てずに進めるはずだ。
(魔物には見つかりにくくなったと思うけど。あとは……)
【コマンド】には、エーレアやリーフといった魔素の動きを観測できるようになる魔法ーーー【テクスチャー・アイ】しか知るものはなかった。
その他のカタカナ英語で記載されている項目は実際にどんなものかは分からないが、おそらくはそのまま意味だろうと予想する。いや、そう思いたかった……。
となれば。
(《ブラスター》は攻撃をするための魔法、だよね。だから、【ショット】と【ワイド】はその攻撃の形が違うということ……。それで、えーと……《ガード》は防いだりする為のものだとして、《フィジカル》の【アジリティー】って……?アジリティーは確か……速さ、かしら……)
そうなると、《ストレージ》は収納だから【フェイクテクスチャー01】はその類と予想できる。確か、師匠が屋敷を目の前から消したあの時の収納魔法もこんな名前だった気がする。
(ゲームちっくな項目のくせにマップ表示もライト代わりの魔法すらないなんて)
よくこんなのでこの森に入るよう私を誘ったものだ。きっとあのまま素直に森に入っていったとして、結局は暗闇の中で路頭に迷う運命だったに違いない。
(釜の火を着火する小型魔導機でも持って来れば良かったわ)
私は身一つでこの場に来てしまったことを果てしなく後悔し始めていた。
ここは前世のようにあちこち人の手が加えられた世界ではないのである。だから、森の木々は間引きや剪定なんてされていないし、倒木も放置しっぱなしで、雑草は逞し過ぎるほど背を伸ばしていて、当然そこに人が通るような道すらない。ナビィが新たに解放した魔法なら何とかなるはず、と任せていたが為にこんな結果を招いてしまった。それを設定した本人は私を無視し続けているし、その魔法は全然当てになりそうもない。
(だったら、電波が無くてもスマホの端末を用意してくれた方がよっぽどマシだったわ)
電波がなかろうと。
GPSが使えなかろうと。
スマホにはライトの機能が搭載されているのだから。
こんなボヤッとした光しか放たない【コマンド】なんていう変なスキルよりも、もっと実用的な物を用意して欲しかった。
そもそも、魔法なんて何の役に立つのだろうか?
私は師匠の元で何百冊もの魔法に関する専門書を読んできたが、その有用性について日々、疑問に思っていた。
私生活で魔法を使うことはほぼないに等しい。使う機会があるとすれば、家事をこなす際に少し魔導機を弄る程度だ。火を起こしたり、流し場の水を操作したりとそんなものである。
専門書に載っているような小難しい理論や長い詠唱文の魔法とか、職人技としか言いようのない複雑怪奇な魔法陣の構築理論などは日常生活に於いて決して必要なかった。
確かにすごい法則なのだろう。文言を口にするだけで自然現象を生み出したり、操作したりできるのだから。まるで超能力みたいだ。
しかし、それだけのこと。
科学には遠く及ばない。
なぜこの世界は電気を使わないのか。
誰かそれを題材に研究をしなかったのだろうか?
魔法という物理法則に重なるようにして存在する法則に気を取られすぎてやいないだろうか?
私は自分に不向きな法則を目の敵に、常々そんな考えを抱いていた。
(魔法って、本当に使い勝手が悪いわね)
魔法という法則について理論は理解している。しかし、それは知っているだけで私には殆ど身に付いていない。電気学もプログラムも知らずにその恩恵を扱えていた機械文明のなんたる素晴らしかったことか。
別段、魔法文明を全否定したいわけではないが、私は自分の手元にある手段を前にそう思わずにはいられなかった。
(けど、もうこうなってしまったんだもの……)
流石にいつまでもボヤいてばかりいられない。
紛れもなくそれが今の私の現実なのだから。
(こんなところで蹲ってるわけにはいかないわ。いくら姿や気配が消えてるとしても虫が群がってこない可能性を否定できないもの!それに、魔物だっていつ遭遇するか)
私はようやく現実逃避を辞めた。
今ある手段でここを切り抜けるしかない。
(ナビィ、絶対に許さないんだから)
すると私は恨みを力に変えるようにして立ち上がり、右手を胸の前に突き出して構えをとる。
(多分、合ってるはず)
そうして、狙い通りに行くようにと心の中で念じながらそれを声に出して言った。
「《ブラスター》、【ワイド】!!」
口に出して魔法を口にした瞬間、身を隠していた《インビジブル》が剥がれ、全身の力が右手の先へと集中していくような感覚が走っていった。突き出した右手の数センチ先の空中に緑色の光が集まり、横一文字に刃を寝かせたような刀身が形成されていく。
私は右手にその刃から反発するような力を感じ、刀身の形成が終わったと同時に手放した。
「いっけぇええ!!」
すると、水平状態で形成されたその緑色に光る刀身は、まるで弾丸のような勢いで私から離れていった。
それは目の前に乱立している太い木々を紙でも切り裂くようにして止まらず直進していった。瞬く間に見えなくなるその魔法は、通り道に緑色の残光を残しながらやがて消えていった。
「これが【ジンプシャー・ロード】ってやつね。初めて見たわ」
私は魔法の反動で舞った落ち葉を払いながらその光に手を伸ばした。
【ジンプシャー・ロード】ーーー。
魔法が放たれた後に残る軌跡線のことを表す言葉だ。それは魔学者ジンプシャー・ハン・カロディアスが放射型魔光学の研究中にその法則性を発見し、命名したものである。ジンプシャーは軌跡線に残る僅かな残粒子からその放たれた魔法を解析することが可能であるという研究結果を発見した太古の偉人である。しかし、残粒子の検知・解析のための方法は現代では既に失われてしまっているらしい。
「意外ときれいね。ぁ……、あぶっ!!?」
魔法を放った余韻を感じつつ、その軌跡線に見惚れていた私は、バギゴゴゴゴゴッと豪快な音を立て始める木を見上げて急いで離れた。
近くからも遠くからも同じ音が鳴り響き、何十本もの木が地面へと倒れていった。危うく巻き込まれそうになりながら振り返ると、そこでこの森に入って初めて空を拝むことができた。
「ああぁあっ!!空だ!日が沈んでる!暗いっ!でも空だ!星明かりだぁ〜〜〜〜〜〜ぅうううう」
青白い星明かりが見えるだけでここまで心が救われるとは思ってもみなかった。
そうしてしばらくしてから私は上着をたくし上げて目をごしごし拭うと、先へと進むことを新たに決意する。
「こっちでいいか分からないけど、あの崖の上を目指しましょう!そうしたら自分の居場所が分かるわ!」
私は新たに《フィジカル》の欄にあった【アジリティー】を唱え、助走をつけて飛んだ。横倒しになった太い木の幹に着地し、その上を走って行くのだった。
「ひぃっ!虫がっ!!!」
そんな悲鳴が森に響き渡ったそうな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます