第13話 提案
赤い瓦屋根が特徴の二階建てのお屋敷に師匠と私は住んでいる。二階建ての瓦屋根と聞くと日本家屋のように聞こえてしまうかもしれないが、この屋敷は和洋どちらかで例えるなら洋風と言える。
私は建物に関して全くと言っていいほど詳しくはないので、この屋敷を説明するとなるとバルコニー付きのオシャレな二階建て木造家屋としか形容できない。
しかし、それをナビィに言わせると。
『19世紀フランスの北西部で見られた
これ程までにうるさかった。
おかしい……。私の知識にはそんなものはなかったはずなのに。なんでフランスとか知ってるの?ドールハウス??うさぎのお家で遊んだことはないはず……。と私は少し恐怖を感じた。
そんなオシャレな屋敷の一階に家主である師匠の寝室がある。玄関の間からすぐ右にある大きな扉がその場所だ。
私はその木目のはっきりした扉をノックする。
「あ……あの、師匠。夕食の支度ができました」
私は押してきたワゴンに乗った夕食に視線を落とし、返事を待った。もう何日も師匠と一緒にご飯を食べていない。こうして声を掛けても、決まってしばらくは返事がないのだ。
「…………師匠、夕食が」
「そこに置いておいて構わぬ」
もう一度声を掛けようか悩み、私がそれを口にしたところで扉の奥からくぐもった師匠の声が聞こえてきた。その大きな声とは裏腹に距離は遠く感じた。
私はわかりましたとだけ言ってその場を後にする。
(あからさまに避けられてますね……これ)
師匠の部屋の扉へと振り向く。それが動かないのを眺めると、私は二階へと上がっていった。
『今朝顔を合わせたのですから別にいいじゃありませんか。ずっと会っていない訳でもなく。口を聞いてくれない訳でもなく。あなたが作ったご飯はしっかりと食べている形跡もある。心配する必要がどこにあるのですか』
引き篭もりなんてのはそんなものですよ。
ナビィは心底興味がないと言うふうにそう付け加えた。
(そういうことじゃないんだけど)
『じゃあ、どういうことですか?』
「分かってるくせに。私はただ……」
私は悪態を吐いてから本心を口にしようとしたところで、やっぱりやめた。前の様に分け隔てなく師匠とお喋りがしたい、などと
『ただ、なんですか?』
だから私は別の考えをナビィに伝えることにした。
(【リーフ】を使って水を操作する練習を見てもらいたいのよ。それで、私もこれだけ基礎が出来るようになってるんだって認めさせたいのよ)
『外に出るためですか』
(それもあるけど。一番は旅を再開するためよ。私のせいで中止になってしまったようなものだし)
それに、と私は言葉を切り、あの日師匠が言って聞かせてきたことを思い出す。
(師匠は私に「自分が生まれた意味を探しなさい。生きることに真摯に向き合いなさい」って言ったのよ。今の、こんな状態が、それに値すると思う?)
危険があるから辞めました。
危うく死ぬところだったので旅はもうしません。
あなたは自衛もできないほど弱いので外に出てはいけません。
それでどう人生の意味を見つけろというのか。
師匠が私に失望したというならはっきりそう言ってくれればいい。その方がこうして距離を取られるより何倍もマシだ。
『籠の中の鳥と言ったところでしょうかね。そのまま歳を取れば深窓の令嬢にはなれるんじゃないですか?』
それはつまり大海を知らない蛙ということではないか。しかし、前の私だったら別にそれでも文句は言わなかったかもしれない。流れに任せて人生の選択を疎かにするくらいどうってことなかった。
でも。
(そんなの嫌よ。私はもう本を読んでるだけの生活に飽きたの。だって、本といっても魔法学の専門書と論文ばかりよ?そんなところに私が生まれた意味も、転生してきた理由も載ってるっていうの?ありえないわ!)
今の私はあの時とは少し考え方が変わっていた。
確かに、誰かに手を引かれて成り行きに任せるのも人生だ。だが、その終着点にはおそらくきっと私が望んでいる景色などない。見たい景色があるのなら、自分で選ばなければならないのだ。
だから、私は今度こそ、それをしていこうと思う。
自分から前へ進もう。
その第一歩として。
まずは師匠に前の私とは違うことを認めてもらおう。
(だから、ナビィも一緒に考えて。師匠が私を認める作戦を)
『随分とまあ、挑戦的な思考を持つようになりましたね』
(でしょう)
自分の部屋に入り、ベッドに腰掛けると私とナビィは作戦会議を始めた。
『では、この数日間で上達してきたその練習を見せるだけではダメだと?』
(最初はそれもいいかと思ったんだけど、やっぱり弱いかなあって。だって、結局は基礎練の範疇じゃない)
別に基礎を侮っている訳ではないが、インパクトに欠けていた。そもそも、そんなことだけでは魔物を相手に自衛すらできない。
(そうだ。【コマンド】にある《ブラスター》と《ガード》、それと《ストレージ》ってまだ使ったことないけど何かないの?)
私は【コマンド】を目の前に展開してそれらの項目を開いていく。しかし、どれも空白となっていた。
『私を頼りにして頂けるのは大変光栄ですが、この場合はあなたの知識のみを使って何とかするのが正しい選択なのではないですか?』
「それは、そうなんだけど……さ」
ナビィに正論を言われて私はつい声に出てしまう。
『正直申しますと、あなたの持つ知識だけで言えば魔導士の最高ランクである【オース・シーカ】を裕に超えます。この半年以上にも及ぶ読書の成果を発揮するべきです』
「おおお……それはすごいってことでいいのよね?でも……」
ナビィに突然褒められ持ち上げられた私は驚きつつ、声を窄ませていく。
「その知識の、どれもが、私に合わなくって……それに、出来たとしても……部屋の中じゃ絶対できないものばかりだし……」
『知識お化けが何を今更言ってるんですか。あの水を操作する練習で、少量ではありますが持ち上げることが出来るようになったじゃありませんか。それくらいの技量があれば、使える魔法くらいあるのでは?』
「………ぅぅ」
私は答えられなかった。
『知識を力にできない魔導士がこの世にいるなんて……。とんだポンコツですね』
「(え……、今なんて!?)」
『失礼。忘れてください』
「ちょっとねえ?!今、ポンコツって!?」
言った。確実に言ってた!
『コホンッ!!ええでは、話の続きをしていきましょう』
「待って、ねえ、待って!?」
そうして私が逃すまいと食い下がろうとすると、ナビィは大きな声で私を振り払うように言ってきた。
『このままではっ!いつまで経ってもっ!いい案が浮かばないと思います!』
「うああああ、やめて、音量落としてぇええええっぅげえっ」
頭に響く声がうるさ過ぎて私はベッドの上をのたうち回りると床へと落ちた。そして、それを見計らうようにナビィは穏やかな声で言ってきた。
『ふぅ。ですから、私から提案があります』
「ぁぁぅぅぅ……提案……って?」
私は打ちつけた背中の痛みに耐えながら、それを聞くのだった。
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