第8話 私が知らなくていい事

 一方、その頃。


「キリア〜〜〜?どこじゃ〜〜?おるなら返事せ〜い。おらんのなら、おらぬと言え〜〜」


 キリアの師匠こと、カルティエ・ロエ・マヌエルはあろうことか……本当に弟子の姿を見失っていた。


「なんとまあ、我としたことが。こんなことでキリアとはぐれてしまうとはのう」


 ため息を吐きながら雑木林へと足を踏み入れて行く。


「目印が見当たらんな」


 今歩いてきた草原までは引き摺られた跡がくっきりと残っていたが、草木が鬱蒼と生い茂るその場所にはどこにも手掛かりが見当たらなかった。

 キリアの短い悲鳴を聞き付けたあの時。

 すぐさま駆けつけようとしたのだが、行手を阻むようにして得体の知れない敵が現れ、応戦している間にキリアの気配を完全に見失ってしまったのだ。そして、敵を振り切ってキリアの引き摺られた跡を追ってここまできたが、その声音とは裏腹に心の余裕はなかった。

 邪魔な枝葉を魔法で焼き払いながら進んでいく。すると、行く先にある草叢がわさわさと音を立てながら隆起していった。


「おでましかや」


 草が根元から剥がれ落ち、盛り上がった土の中から黒い土塊で出来た人形が姿を現した。


「核すら持たぬモンスター紛いが、よくもまあ凝りもせず我にちょっかいを引っ掛けてきおって。貴様ら、いったいなんなんじゃ」


 視界の端から端までぞろぞろと沸き出てきた敵に向かって我は再び歩み始める。魔法を使って数を調べようとしてみるが、先の戦闘の様に、まるで伸ばした手を弾かれた様な感覚に阻まれてしまう。実に解せぬ。


「御丁寧に【領域戦闘阻害】までしてくるとは腹立たしい限りよ。対人、対魔導士戦に特化しすぎやしないかのう」


 お陰でキリアの居場所を探るどころか、敵の探知さえをままならない。


「邪魔じゃっ!!」


 先行して飛びかかってきた二体を横一閃の蹴りと一振りの拳でただの砂塵へと変える。


「雑兵のくせに」


 魔法を使わなかったのは単に八つ当たりをしたいがためだった。魔物と違い、この敵には【アンチウェア】がないのだから素手を振るったとて腕が消される様なことは一切ない。砕けて砂に変わるだけのただの的だ。いくら相手に高い戦闘能力と魔法耐性、術式反射特性があろうとも、関係ない。ただただ、我は機嫌が悪かった。

 魔獣とも、モンスターとも判別出来ない得体の知れん輩に、我が徹夜して考えていた楽しい楽しい旅のプランがこうもあっさりとぶち壊されてしまったのである。


「鬱陶しい」


 我は化身であって、神ではない。


「旅の初日からこんな有り様とは。いつもいつも思い通りにいかんのう、この世界は。キリアには、これ以上ないトラウマの出来上がりじゃないかや」


 我は尚も襲い掛かって来る敵を必要以上の力で殴り飛ばしていく。

 そして。


「あの子が本当に引き篭もりになったら」


 金の色をしていたはずの長髪は焔色へと変わっていき。


「どうするつもじゃ?」


 魔法四大元素【熱量ロエノシタン】の化身は、敵がより多く沸き出て来る方へと突っ込んでいった。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「この、スキルは?」


 私はナビィに聞きながら、仰向けの状態から体を捻ってうつ伏せへと体勢を変えていく。そこから両肘を地面に突き立てるようにして体を引き摺って進むと、木の幹を支えにようやく上体を起こした。木の幹を背もたれにして寄りかかっていくその間、ナビィは簡潔に説明していった。


『【トランス】は、あなたの記憶にある物理学を元に既存の魔法と組み合わせたものです。今のあなたは触れている物の少し先までしか魔法の現象を引き起こせません。原因は、あなたの精神体が魔法を使うことに慣れていないことと、単純にそれ程までの負傷を負ってしまっているということです。『リーフ』の循環が非常に悪い状態です』


《リーフ》とは人が纏っている目に見えない粒子の膜のようなもので、この《リーフ》を使って人は魔法を発現し、操作していく。締め付けられていた事により手脚の血流が滞っていたため、《リーフ》の循環が悪くなっているようだ。


「それで?」

「この【トランス】というスキルは周囲の『エーレア』を『リーフ』に変換することができます。つまり、あなたは自身の魔素を増やし、且つ魔法を行使できる領域を手の届かない遠くまで広げることができるようになるのです」

「手の届かない場所、って。それってまるで師匠みたいね」


 何の前触れもなく。

 声を発することもなく。

 構えの所作も必要とせず。

 視界に入れずとも。

 師匠と仰ぐあの少女は魔法を繰り出すことができる。

 私の前では分かりやすいように格好だけを見せるには見せるが、本来のあの人はそれらを必要としない。

 考えただけで魔法を意のままに操る。

 それはとても憧れていた姿で、とても羨ましい力で、私が成りたいと思う望むべき光景だった。

 それが出来るようになるスキル【トランス】ーーー。


「いい。それ、すっごくいいわ」


 どうやってそんなスキルを作ったのかは知らない。だけど、それができれば【ディスレギア】だって簡単に届く。それさえ使えれば、魔獣だろうがモンスターだろうが致命傷を与えることができるはずだ。


『分かりました。では、善は急げです!【トランス】を唱えてください。展開された領域にモンスターが侵入すれば、すぐに意識できます。尽かさずそこを【ディスレギア】で狙ってください!』


 私はナビィの指示に同意するとそれを口にした。


「【トランス】!!」



 …………。


 …………………。


 …………………………。


 …………………………………………。




「ふ〜〜〜〜〜う。上手くいった〜〜。残念、【トランス】は精神の入れ替えでした〜〜〜ぁいっつつ……。久々の体を味わう感覚がこんな痛みとは」


 ワタシは黒紫色に変色している手脚を見てげんなりする。

 そして、ステータス画面を目の前に出現させ、寿命という値を確認した。


「あの化身め。何をしたのか知らないけど、こんな施しはありえないでしょ。異常だ、異常」


 考えられない値が記されているそれに文句をつける。だが、表情は決して険悪ではない。


「お陰で使いたい放題だから別にいいけどね。パスはこっちに繋いで……アウトプット設定完了っと」


 むしろ。

 可笑しくて、楽しくて堪らないという下衆な笑みを浮かべていた。


「【アン・ラクティアライズ】」


 ワタシが魔法を唱えると、負傷していた手脚の血色が戻り、触手によって抉られるように潰れていた皮膚も元へと戻っていった。


「うーーん、じょーできじょーでき!」


 白く透き通るような綺麗な肌を取り戻した脚で立ち上がり、調子を確かめながらターンする。

 完全に回復していた。

 自分で組み上げた術式の効果に満足し、ワタシは自分の髪を片手でさらって格好つける。

 すると、手にドロッとした液体が髪の毛と共にまとわりつく感触を覚えた。とっさに手を引くと、鈍い痛みが引っ張られる後頭部から伝わってきた。


「いっ、た……、え、なにこれ。うわぁ……頭の後ろから血が出てるじゃん。【アン・ラクティアライズ】」


 唱えるとその傷口も何もなかったように塞がっていった。


「これで全開っと。どれどれ、寿命は120ちょっと減ったか。でもこんなにあったら関係ないよね。そうだ。あとでダメージ用の別ステータスも作成しよう。痛覚が鈍くなってると怪我してても今みたいに気が付かないし。やっぱり情報の可視化って大切よね」


 そうしてワタシは林の奥へと歩き出した。足取りに迷いはない。すると奥の方から奇妙な轟音が聞こえてきた。ワタシは早足で草木を掻き分けていくと、それが見えるところまで来た。

 そこには自分をここまで引き摺ってきたモンスターがいた。

 いや、違う。単にいるわけではない。地面の表層を穿ちながら向かってきているところだった。


「あんなのに取り込まれていたんですか」


 ニッ、と不敵に笑いながらワタシは余裕をかます。


「時の流れとは残酷極まりない」


 そう口にしている間に敵は途轍もない速さで迫ってきていた。距離というにはあまりにも心許ない間合いだ。

 地面から飛び出し真っ直ぐ突っ込んでくるそのモンスターは人の形へと姿を変え、心臓目掛けて土塊の剣を向けてきた。もう避けることも不可能なその状態。だが、ワタシは何一つ態度を改めることなく、身を逸らす素振りもしない。

 その代わり、ただ一言呟いた。


「【ディスレギア】」


 敵の大きく開いた口に目掛けてその消失魔法は発動し、口の奥に垣間見えていた魔物の核が一片残らず消える。胸に突き刺さらんと迫っていた土塊の剣は【ディスレギア】の余波によって体ごと吹き飛び塵芥と化す。


「ぐふっ……これが慣性ですか。地味に痛い」


 その中で唯一、体に当たってきた物が一つあった。それは大して音を立てずに地面へと落ち、足元へと転がった。


「これはワタシのものだ」


 透き通った赤色の球体をワタシは拾い上げた。


「損傷は無いみたいね。ここまで長かった。モンスターに取り込まれてしまったのは予想外だったけど、だけどそれが一番良かったのかも知れないわね」


 唇に当て、そして、空に翳すように眺める。


「ワタシって本当に美しい形をしているわね。自画自賛が止まらないほどに。もう絶対に離さないわ」


契約素体ジンマー】を取り戻すのにとても長い時間を掛けた甲斐があった。これでワタシは自由を手に入れたに等しい。


「でも、あの化身……。もうすぐそこまで来てるわね」


 モンスターをワタシが倒してしまった為に、その配下の傀儡が消えたのだ。すぐにこちらの場所を特定し駆けつけてくるだろう。

 ステータス構築に伴うスキル開発は申し分ない。

 だが、アレに叶わないことは“この男”の記憶を見て十分に理解している。例え相対して勝負が成り立ったとしてもそれは開始数分が限界だ。この体は化身を相手にするには未熟過ぎる。


「ここで失敗しくじるほどワタシは馬鹿じゃないわ。この体を育ててからよ。そうしたら、ワタシはーーー」


 そして、決意を新たにすると、歯をあらん限り食い縛って息を止めた。ワタシは胸の間にそっと手を当てる。

 次の瞬間、【ディスレギア】を念じた。


「ーーーーーーっ!!」


 皮膚から肋骨までがぽっかりと消え失せたそこへ、手を差し込んで赤い球体ーーー【マジュラ】を埋め込んでいく。

 ぼたぼたと吹き出いく血を気にも留めず、雑に手を引き抜くと反対の手で風穴を押さえた。


(【アン・ラクティアライズ】ッ!!)


 ワタシはそれを唱えると前のめりに倒れ込んだ。


(痛みは消えている。成功した。当たり前だ。それぐらいワタシには造作もない。でも、血を流し過ぎたのか……。血という概念……肉体とは不便ですね)


 すると、遠くの方から草を掻き分ける音が聞こえてきた。

 師匠とかいう化身が来たようだ。


「っ!?キリアっ!なんてことじゃ、その血は!?」


 声まで聞こえてきた。時間だ。


(しばらくはキリアーーーあなたに身体を預けましょう。ですが、ゆくゆくはワタシが)



 ーーー【トランス】ーーー。



「キリアっ!おい、しっかりするんじゃ!!すまなかった、我が遅れたばっかりに……そんなことで」

「…………………ぁ、あれ、師匠……?」


 気が付くと、師匠が私を抱えて涙目に見下ろしていた。

 何で泣いているんだろうか、と不思議に思いながら私はどっと疲れた身体の感覚に意識を引っ張られ気を失うのだった。

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