第7話 激痛からの脱出

「……ぅぅ゛っ…………ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……」


 私は歯を食い縛り、唸るように息をしていく。

 痛みで涙腺は遠に崩壊していて顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。しかし、涙を止めなければ敵を見据えることなんてできない。

 私は気合いで涙を止め、眦にたまる雫を振り払った。

 ようやく正常な視界を取り戻した私は、激痛を脳に伝達してくる手脚を見下ろした。

 左脚は足首から太腿の付け根にかけて人の腕の太さ程ある木の根に巻き付かれていた。右脚は膝を折り曲げた状態になっていて右脛から足首に掛けて細い根が何本も巻き付いており、そこへ右上腕も重なるようにして拘束されている。そして、左腕はというと、後ろ手に締め上げられていて見ることは叶わなかった。

 見た限りでは、幸いなことにまだどの部位も骨折はしていないようだ。たが、骨にヒビが入っている可能性は十分考えられる。下手に抗って動かそうとすれば、きっとその瞬間に折れてしまうだろう。根の締め付けはそれ程だった。肌の色なんて見なければよかったと後悔すらする。車に撥ねられたあの時の痛みは頭を打ったお陰で意識が飛びかけていたから幾分かマシだったのかもしれない。こうして覚醒した意識の中でのこの状態の継続は、正に生き地獄そのものの気分と言えた。


「ぅぅ゛ぁ゛……っ、ナ、……ナビッ、まだなのっ……ねえ゛っ!!」


 私は息を荒げながら言った。

 覚醒してからまだ数分も経っていない。しかし、私はもうずっと仰向けに横たわったままこれに耐えているように感じていた。唸り声をあげながら私は何度も呼んだ。

 だが、【マジュラ】の声は未だどこからも聞こえてこない。私に聞こえていたのは最早、自分の立てる呼吸の音と早鐘のようにうるさく鳴る心臓の音だけだった。


「あ゛あ゛ぁあ゛…………はや……く」


 そうやって、どうしようもなく死の淵へと追い込まれていく感覚に襲われていく最中、待ち侘びた声が聞こえるのだった。


『お待たせしました!大丈夫ですか?まだ生きていますか?』

「おおおお゛っそい!!生ぎ、て……るわよ!!」


 頭の中に直接響く自分と同じ声音に私は、噛み付くようにそう言った。

 いったい何してたのよ!

 そう言いたかったが、私は息が持たなかった。その代わり【マジュラ】が捲し立てて言った。


『よく耐えましたね。訳を色々と聞いて欲しいところですが、今は後にします。モンスターの本体がもうすぐそこまで来ています!これからあなたをナビゲートしていきますので、私の言う通りにして下さい!いいですか、くれぐれも間違えないでくださいよ!』

「いいから、早くっ!」


【マジュラ】の声に私は堪らず食い気味に言った。


『ええと、では、これから拘束している硬い触手を破壊し、脱出します。まずは右腕と右脚を拘束している触手からいきますよ!巻き付いている部分から少し離れた部位を凝視して、しっかりと目の焦点を合わせて下さい』


 ナビに従い、私は右の腕と脚を纏めて巻き込んでいる細い根の元へと視線を向けていき、束になって太くなっている部位を睨むように見た。


『そうしたら風船が内側に破裂するようなイメージを強く持って、こう言って下さい。【ディスレギア】。いいですか?【ディスレギア】ですよ!』


 意識が飛びかけているのにイメージしろだなんて、なんて鬼畜なんだと私は思わずにはいられなかった。しかし、やるしかない。その事に変わりはなかった。


(風船が内側に破裂するイメージ……風船が内側に……)


 激痛に苛まれながらイメージを頭の中に描いていく。なるべく鮮明に、それを想像する。脳裏には常に失敗した時のことが思い浮かんでいて集中を掻き乱してきた。脂汗が肌を伝っていく、そんなちょっとした感覚さえ邪魔だ。

 時間にして10秒ほど。

 危機迫る中での貴重な時間を使うと、私は荒い息を吐きながら言った。


「【ディスレギア】!」


 ーーーバンッ!!


 言われた通りそれを口にした瞬間、銃の発砲音のような音が鳴り響いた。

 私は反射的に驚き顔を背け、もう一度そこを見る。木の枝に擬態するように上から伸びていたモンスターの触手が途中で千切れて宙ぶらりんになっていた。そして、その片割れの、手脚に巻き付いていた木の根の様な硬い触手は、崩れた漆喰みたいに様変わりしていた。


「……っ、やった」


 右の手脚の拘束が取れ、痛みが少し和らぐ。

 その事に少しの安堵を覚えたその時、尽かさず頭に声が響く。


『何しているんですか!?急いで!左の手脚も同じ様にしてください!』


 私は急かされるままに触手を破壊していった。

 今度は【ディスレギア】を唱えるのにあまり時間を使わずに出来た。唱えると目の焦点を合わせた場所が球体の形に景色を歪ませ、内側に向けて一瞬にして潰れていった。銃声のような衝撃音はそれが原因だった。


『これで全ての拘束が解けましたね。第一段階クリアです。ちなみに【ディスレギア】は任意の空間を消失させる魔法です。【位界層魔法】と【空間転移魔法】の応用し、簡易術式を構築しました。今は音再認識ですが、なれれば意識するだけで使用可能になるはずです。ですが、決して自分の体や大切な物に向けて唱えないでくださいね』

「わかってるわよ……、そんなことよりこれからどうするの、ナビィ」

『ん……ナビィ、ですか?』

「あなた以外に誰がいるのよ」

『ネーミングセンスに深刻な問題を抱えていますね』

「……ぬう……、いいから次の指示を」


 私が急かすとナビィは、わかりました、とだけ言って続けた。


『今のあなたの状態では身動きが取れません。逃げるのは不可能です。ですから、迎え撃ちます』


 私は予想していた言葉を聞いて苦笑いを浮かべた。


「もしかして私に恨みでもあるの?」

『強いて言えば、勝手にその体を使っていることでしょうか?』

「少し性格が変わったんじゃない」

『変化があるというのは良いことだと理解しています』

「だったら私にもその良いことを分けなさい」

『では、こちらを』


 ナビィがそういった途端に私の目の前に光る文字列が現れた。

 そこに記されている項目に目を落とすと、ナビィが言った。


『このスキルを使いましょう』

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