第2話 気が付くと
「何を思い、何を目的として生きてきたか……ですか」
難しい質問だ。
盛り上がるような話を少しでも要求されようものなら私は詰んだとしか言わざる他ならない。
盛るところがないから話を大きくすることも出来ないし。
ここは正直に言ったほうが身のためだろうな。
「特にありませんでしたね」
私がそう言い切ると、師匠はえっ?おわり?みたいな表情で固まってしまった。
「あの、だから……。そんな私に何かを期待しないでくださいよ。以前にも言ったことがあるように、気が付いたら色んなことが過去になっていたんですよ。印象に残るようなことも特になかったので、覚えている出来事も本当に僅かなんですって」
幼稚園から大学、そして社会人へと段階を踏んでいく中、私はただ流れに任せて生きていただけだった。
上っ面だけ人間を演じていた様な……というと、人でない何かの様に聞こえるかもしれないが、実際、やることなすこと直面すること全てに関心がなく、どうでもいいとばかりに過ごしていたので人間味は本当になかったと思う。
「それでもお主、30年も生きたのじゃろう?やりたいこととか興味のあることの一つや二つはあったじゃろう。それこそ貴様は前世は男じゃったのじゃから女の一人や二人、思いを伝え合った者もいたんじゃないのかや?」
思いを伝え合った、って。表現が古いな。
「告白されたことはまあ、何度かあったので試しに付き合うってことは何回かありましたね。でも、私の性格を理解すると相手の方から勝手に離れていっていたので、師匠の乙女心を騒がせるようなことは何もなかったです。今じゃ、相手の名前も、どこで何をして過ごしていたのかも全く思い出せません」
「うわぁ、とことん乾いておるな。普通は好いた相手のために人生を捧げたりするのじゃがな」
「人生を賭してしたいことが本当になかったんですよ」
「それでよく30まで生きてこれたのう」
うへぇ、などと冷たい目を師匠から向けられる。
そうは言われても社会にある程度適応出来れば何かが壊れていようと生きていけるのが現代だったのだ。この世界の様にみんながみんな生きることに必死になっている世界ではなかった。
「私の記憶をある程度見た師匠なら分かるでしょうけど、元の世界にはこの世界よりもたっくさんの人がいたんですよ。全世界人口80億人越えです。そんな自分以外にうじゃうじゃ人間がいることを考えたら自分なんていなくても何ら影響ないって思いませんか?」
「思わんな」
即答しないでください……。
「私は思いました。物心がついたあたりでそんな悟りをひらいてしまったんです。それからですよ。時間が瞬きをするほどにあっという間に過ぎる様になったのは。目に止まるものすべてが一瞬で通り過ぎていく様な感覚でした」
「それで、気が付いたら死んでいたと」
「横から車が突っ込んできたんです。私の死因に私の過失はないと思います」
「さあ、それはどうかのう。お主のことじゃ、いらんことでも考えていて不意を突かれただけじゃろ。他のものなら避けられたやもしれん」
「……まあ、その可能性は無きにしも非ずですが」
転生してしまった今では私の事故の詳細は知ることはできないので完全否定することも出来ない。
「話を戻しますが、とにかく、そんな感じだったので師匠が期待する様な崇高な志しも夢も目標も何もありませんでした」
「貴様の前世の、地球とかいう世界は我にとっては宝の山の様な飽きる事を知らない場所に思うのじゃがな。勿体無い時を過ごしたな」
「……たしかに、そう……でしたね」
他人からそんな事を言われると心にくるものがある。
勿体無い。
やっぱりそうだったのだろうか。
「でも仕方がないじゃないですか。私からすれば地球での出来事は色褪せて目に止まらなかったんです」
「それをこの世界でもするのか?」
私はそこではっきりと胸に痛みを覚えた。
「それはどういう」
「わざわざ聞き返すでないわ。寿命が尽きるのを願い、その時を待つ。貴様の本心は見え見えなんじゃよ」
「ち、違います!」
私は珍しく大きな声を出して師匠に反論した。だが、次を言う前に師匠が遮ってきた。
「違わない!貴様はまた同じ事を繰り返そうとしておる。この世界で運良く生まれ変わったというのに、我の言いなりになるばかりか、碌に外界へ出て他者に触れようともせん。貴様、我が与えた課題を隠れ蓑にして茫漠とした人生の時間が早く過ぎ去るのを望んでおったのじゃろう」
「いいえ、そんなことは」
「ある。少なくとも我にはそう見える!」
師匠が椅子から立ち上がり私の方はずかずかと近寄ってくる。
「エルフの寿命を甘くみるでないぞ」
まるで頭突きをする様に目の前で吐かれたその台詞に背筋を凍らせる。それ程に言葉に重さを感じた。
「その時を待つというのは日が昇ってから落ちるのを永遠と眺めるよりも遥かに辛い。そして、苦しい。そんな生き方をしていたら貴様はやがて自害を試みることになるじゃろう。生き甲斐もなくただ息を吸って吐く存在に成り果てた己に価値を見出すこともできない。きっと貴様はそう言い訳をするじゃろう」
「わ、たしは……」
そんなことしない。そんなことにならない。
と。
言い返したかったが、その姿を私は簡単に脳裏に描き出すことができてしまった。何の前触れもなく、一人どこかで自らの命を摘み取る。可能性はゼロではない。
私は口をぱくぱくと小刻みに震わせることしか出来なかった。
「我が貴様を拾った時、なんて言ったのか覚えておるか?」
あの時、私は何と言っただろうか。
必死だった。ただそのことは覚えているのに、師匠と初めて会い言葉を交わしたその時のことがさっぱり思い出せない。
「助けて……」
「その後の言葉は?」
適当に口走ると師匠は目を
「その、後……」
私は言葉に詰まり視線を外した。すると師匠はすぐさま答えた。
「死にたくない。それを連呼しておったわ。忘れたのなら思い出せ。命尽きて尚、生きることを許されたのじゃろうが。死を待つ生き方を選ぶな。生き抜くことに目を向けよ。わざわざ前世と同じ生き方をする必要がどこにある?」
師匠は私から手を離すと、机の上から書きかけだった私の課題用紙を手に取る。
「我は別にお主を全否定するつもりはないんじゃ。この課題の様に真面目に取り組む姿は正直誇らしくもある。じゃが」
そこで言葉を切ると師匠は再び私を見た。
紫の綺麗な瞳が私をまっすぐに捉えるとその表情は微笑みへと変わってゆく。
「せっかく我が救った命じゃ。大切にして欲しいではないか」
言われ、私は未だ言葉を返せなかった。
きっと、わかりました、とかなにか返事をしなければいけないのだろう。でも、色んな感情が湧いては消えを繰り返していき、結局頷くだけにとどまった。
「キリアよ。お主はこれから自分が生まれた意味を探しなさい。必死になって探しなさい。どうでもいいと投げ捨てず、生きることに真摯に向き合うのじゃ。そうすれば例えあっという間に時が過ぎようとも、前世とは比べ物にならないほどの“経験”がお主の心をきっと満たしていることじゃろう」
心のどこかで成り行きだの、仕方のないことだのと投げやりになっていた面は確かにあった。転生しても心根は全く変わっていない。そんな実感はとうの昔にしていたのだ。
この人は敢えてそれを話題に出して、私を変えようとしてくれている。
そんな申し出を無碍にできるはずがない。
肩に手を添えて言う師匠に私は今度こそ、わかりましたと返事をした。
「ふむ。よい返事じゃ。では、明日早朝から旅に出る。それまでに準備をする様に」
「…………え、今何と……?」
「旅に行くぞ、我が弟子よ!」
師匠の突然の提案に私は困惑しながら固まるのであった。
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