異世界で私が旅に出るまで。
現状思考
プロローグ
第1話 とある日の師匠と私
「キリア。お主、今暇か?」
「私のこの状況を見てよくその質問をされましたね」
机の上に山盛りに置かれた本の塚を更に増やす声の主に、私はせっせと物書きをしながら返答した。
「なんじゃ。随分素っ気のないことを言いおってからに。可愛くないのう。見た目はこんなにも愛らしいと言うのに、くふふふふ」
私よりも少し背の高い金髪の少女は言いながら、私の背後から抱きついてきた。
「やめてください。師匠、邪魔です」
「むう、なんという塩対応か。貴様、それでも我の弟子かや?」
「あなたがこの課題をやれとおっしゃったのでしょう」
「我の相手をしてくれぬ、そんな弟子にお仕置きじゃ。えいっ!」
師匠の掛け声と同時に私の体をもそもそと撫で回していた手が胸に飛び付き、その先をきゅっと摘んできた。
「っ!!?」
私は反射的にガタッと身体を跳ねさせてしまった。
「キリアめ、かわゆい声を出してどうしたんじゃ?」
「し、師匠、あなたって人はっ!」
私は尚もおちょくって邪魔をしてくる金髪ロングの少女に振り返り、掴み返そうとする。しかし、あえなく師匠は私からパッと離れていってしまう。そして師匠はしてやったと言わんばかりの意地の悪い表情を浮かべこちらを見て言う。
「我を足蹴にした当然の報いじゃ。ざまあないのう。くふふふふ」
「あなたって人は」
「我の方ばかり見ておってよいのかや?」
私がむすっとした顔で言い返そうとすると、師匠は机の方を指さして面白そうに言ってきた。
その手にはならない。
今日こそこの人に仕返しの一つでもしてやろう。
そう思い立ち上がろうとした瞬間。
「え、ぁ、うそ〜〜〜〜〜??!」
机に積まれていた大量の本が背中越しに傾れ込んできて私は押し潰されるように床に押し倒されてしまった。
「じゃから言うたのに。師匠の言うことは聞くものじゃ」
「そんな意地悪言ってないで早く助けて下さい」
言いながら立ちあがろうとするが、分厚い本は相当に重く、自分の幼い体では寝返りすら打てそうになかった。
「ん〜、どうしようかのぉ〜。手を貸してもどうせキリアは我の相手もしてくれんしのお。そんなんじゃったらこのままお話ししていた方がよい気がするのお〜」
顎に人差し指を当て、くねくねとしなをつくりながら師匠は言った。実にご機嫌のようである。
私はその間もなんとか自力で脱出を試みたが、やはりどうにもできない。
「お願いです、師匠。このままではお手洗いにも行けません」
「許す!そのままするがよい。世界は広い故な。見る人によってはご褒美じゃろう」
「何言ってるか分からないので早く助けて下さい。もう一生口効きませんよ」
意味不明な事を口走る師匠に私はわりと本気のトーンで言った。第一、私たち二人だけの家に誰が見にくると言うのか。想像もしたくない。
「もぉ〜。主は本当に冗談の通じぬやつよのお。そんな時のために魔法を勉強しておるんじゃろうが」
「仕方ないじゃないですか。私の前世と余りにも常識が違うんですから。そうほいほい使えませんって」
「そう言って貴様が実技練習を怠るからじゃろうが。座学ばかりに逃げおって。精霊長命人種のエルフがよく言う」
「体だけエルフ族なだけです。中身は地球生まれの日本人なんですってば。ほら早く手を貸して下さい」
外見で判断されては困る。それは日本育ちのアメリカ人にネイティブ英語を要求するようなものだ。
心の中で悪態を吐きながら私は差し出された手を掴み、グッと力を入れると本の山から脱出した。
そしてそのまま。
「捕まえました」
「なっ、貴様っ!?ずるいっ!汚いぞ!それが弟子のする事かっ!!」
「これが弟子のする事です。よく覚えておいて下さい!」
掴んだ腕を上げさせ、歯がいじめの格好まで体勢を持っていくと今までの仕返しと言わんばかりにくすぐり倒していった。
「にゃああああああああ〜〜や、やめい、やめろぉおおおお」
「いいえ、やめません」
そうして金髪少女が阿鼻叫喚の如く笑い転げる様を見ながら私はストレスを発散させていった。
「それで、本当は私に何の用があったのですか」
床の上で伸びる師匠を尻目に崩れた本を片づけながら私は聞いた。
「お、お主、いまさら、それを……聞くのかや。鬼畜じゃな……」
息を整えながら何とか体を起こした師匠は長い金髪を手櫛で整えながらこちらを見上げてきた。乱れた服を先に直そうとしないあたりが彼女のズボラな性格を物語っている。
私は手に持っていた本を机に置くと師匠の脇を抱えて、よいしょと立ち上がらせる。
「何を仰いますか。私はただのエルフですよ」
「そういう問答がしたいんじゃないのじゃが……」
師匠の服を整えていく。
すると、師匠の紫の瞳と目が合い、じっと私を見てくるのでさっと目を離した。
「なんじゃ?我の美貌に照れたのかや?初々しい奴め。くふふふふ」
「違います」
師匠から離れ椅子に座る。
「本題に行かないのなら勉強を再開しますので、お話はここまでと言うことに」
「んなっ!こらこら勝手に終わらすでないわ」
「では、どうぞ」
「むう、その振り方はやりずらいわ」
師匠はまったくと肩を竦めて言うと自分も椅子を引き摺ってきて向かい合うように座った。
「まあ、なんじゃ。貴様の前世、つまりそれまで生きてきた人生について少し聞こうかと思っての」
「どうしたんです?随分といきなりですね」
私が少し驚いたように聞くと師匠は幼い容姿に似合わない腕組みをして唸った。
「いやあ、まあそうなんじゃがなあ。まあほら、少し我も考えねばならぬ事があるということじゃ」
「……なんか、怪しいです」
私が訝しげな眼差しを送ると師匠は手を左右に振って否定してきた。
「怪しいことなどないわ。とりわけ貴様にとっても何か損するようなことでもなかろうに」
「それはそうですが。言って聞かせるような面白エピソードとかはないですよ。師匠も知ってるじゃないですか」
「まあのう」
師匠に拾われた時に彼女は私の記憶をある装置を使って覗き見ていたのである。だから、大概のことは知っているはずだ。
「じゃあなんですか」
「記憶のあれこれについて聞く気はない。聞きたいのは貴様の人生観じゃ」
「人生観?」
またけったいな事を聞くなあ。
「そんなこと聞いてどうするのですか?」
「実はのう。貴様の身の振り方について、ちと考えていてな。参考にしようと思ったんじゃ」
「答える前に答えにくくするようなこと言わないでください」
それって答えによっては私をここから追い出すとか、弟子を辞めさせるとかそういうことに繋がるんじゃないだろうか。
「…………」
「何を不安がっておる。すべてはキリアのためを思ってじゃ」
フラグびんびんですって、それ。
「そう、ですか。わかりました。人生観って具体的にどんな事を聞きたいのですか?」
私は心内で渋々了承し話を促した。
「30年生きた中で幸せだった事とか、こうしたかったあれがしたかったとか、そんなんじゃ」
「ずいぶんとざっくりしてますね」
「やかましい。とにかくそんことじゃ。何を思い、何を目指して生きてきたのか。それが重要なんじゃ」
言葉だけ聞けば青春臭い質問である。しかし、その熱量はさして感じなかった。それは単に私が持ち合わせていなかったからかもしれないが、師匠も声のトーンから情熱的な話を聞きたいという訳ではなさそうだ。
なぜいきなりそんなことを?と腑に落ちなかったが、仕方ない。
私は一度目を閉じて思い返し始めた。
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