六話
命というのは一瞬で失われる。
そう、誰かが言っていた。
ズザザァッッッと、スニーカーの裏を削るコンクリート。揺れる視界に歯を食い縛る。
俺は、最悪を相手取っていた。
馬鹿でかい黒い影。姿形だけでいうなら犬、そう言って良いんだろうか。黒光りする牙は鋭いし、怨嗟に染まった眼は血走っている。まったく可愛くない。一緒にしたら犬に失礼か。
コイツは悪霊。その中でも穢れを喰らって強化された黒霊なのだから。
脇腹からダラダラと流れる血は、幻でもなく現実だ。布を押し当てて強引に止血を試みるが……止まりそうに無い。
そうこうしている間に、黒霊は俺の方を見て歯を剥き出した。
「いや、マジで冗談キツイって。」
荒い息を吐きながら数珠を手繰り、体の前で構える。
簡単な依頼のはずだった。俺は難しかったり、相手が強い依頼は請け負わない。何故なら死にたく無いから。祓い屋を本職にするつもりは無いから。
それなのに、なんだよコイツは。
歯を剥き出したまま、化物は前足に力を込めた。
「あー、このヤロウ!」
飛びかかって来るっ!
だがこちらの予想に反して、俺を狙いながらもその黒霊は『グギャオォォッッ‼︎』という不協和音を響かせた。
遠吠えだ。
さぁっと血の気が引いていくのを感じた。
絹を裂くような悲鳴と、男の怒声のが混じり合ったような、そんな不気味な声が恐ろしかったのでは無い。そんなものはとっくの昔に慣れている。
コイツは、仲間を呼んでいる。
その事実が恐ろしいのだ。
もう止血は諦めよう。片手でスマホを操作し、総元締めの老人に電話をかける。
ワンコール……と数える前に『ただいま、電話に出ることができません』の定型文が流れた。
「あー、もうっ!電話もつながんないし‼︎」
総元締めは音信不通。
多分だけど、目の前の黒霊のせいだろう。あの人はいつ何時に電話しようが、コール三回以内に必ず出てくれる。
歯を剥き出すコイツが、だんだん笑っているように見えてきた。
霊を縛る呪布は引きちぎられた。
俺の意識も、若干朦朧としかけている。
あぁ、もう詰みじゃん。
「……コイツに殺されると、死体残らないんだよな」
祓い屋については何も知らない母さん。ずっと俺のこと心配し続けるのかな。
いや、でも。総元締めが、話に行ってくれるのかな。
事情を説明して、くれるか。きっと。
俺は右手で数珠を握りしめた。左手に呪布を巻き、残った札を扇のように持つ。
逃げれない。それはもうわかっている。
歯を剥き出すそいつに、俺は空元気で笑ってやった。
「来いよ、
「あーあ、何やってんだか、」
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