第35話 骨戦

「ふうー……」


 自身でも意外な事にニコは落ち着いていた。

 迷いなくスケルトンを選んだのも勝てると感じたからだ。

 バンダには言っていなかったが、サムライには訓練中にニコの強度が推定でも7以上はあるだろうと言われていた。

 慢心しているわけでもなく、あくまで推定という事も理解している。

 それでもこれまでの訓練でついた自信がニコの背中を押していた。

 そしてその人たちへの信頼が問題なく勝てるだろうという考えのもとになっている。


「頑張るでござるよー!」


 サムライが見守ってくれているのも心強い。

 自身の人生を変えてくれたバンダもちゃんと見てくれている。

 恩返しの一歩目として、ここで少しでも強くなったところを見せたい。

 少しだけ気負っているが気合の入り方としては十分だろう。


「よし!」


 ニコが構える。

 サムライと戦った時とは違う、右足を前に出して拳を顎の前あたりに出したオーソドックスな構えだ。

 多少の揺れと共に正面の壁の一部がゆっくりとせり上がっていく。

 ごこん、という音で壁が止まりその奥の暗闇から白い骨がぬうっと姿を現した。

 骨に肉片などは一片も付いておらず、だがしかしその骨格の良さや骨太さから生前は立派な戦士だったことが伺える。

 スケルトンは出てきてすぐに歩みを止めた。周辺を伺うように頭を動かしている。

 やがてニコを認識したのか、こちらに向かってゆっくりと歩き出した。


「すぅー……はぁー……」


 ニコが大きく深呼吸する。そしてゆっくりと前に出始めた。

 かなり開いていた距離が縮まっていく。

 15メートル。まだ互いの動きに変化はない。

 10メートル。ニコの歩幅が少し小さくなった。細かく足を動かして即座に対応できるようにしている。

 5メートル。ニコが止まった。それに呼応するかのようにスケルトンも動きを止めた。

 かのように見えた。


「コカカカッ!」


 どこから出ているのか分からない、甲高い音を上げながらスケルトンが飛び出した。

 その骨だけの体のどこにそんな力があるのだろうか。

 一飛びでニコとの距離を一気に詰め、2メートルほどの高さから襲い掛かる。

 頭上から襲いかかる拳に常人であれば一撃で頭をかち割られるだろう。頭上に飛んだことさえ分からないはずだ。

 しかしニコは至って冷静だった。

 スケルトンが飛び上がったことも、肉の付いていない軽さ故か素早く振り下ろされる拳も。

 すべてしっかりと目で追えていた。


「ふッ!」


 素早く着地点を見極めて素早く2歩だけ後ろに下がった。

 足は地面ギリギリで動かされており、すり足がしっかりと身についている。

 どぉん!

 骨だけの拳はコンクリートの床に突き刺さっていた、どころではなく。人間の頭1つ分ほどの穴が開いていた。

 スケルトンはしゃがみ込んだような体勢になっている。

 ニコは頭部に向かって鋭く前蹴りを放った。鈍く空気を切る音が聞こえるほどだ。

 が、帰ってきたのはぱかん、という軽い感触。手ごたえが無い。


「なッ!?」

「コカカッ!」


 スケルトンはのけぞりはしたものの、全くダメージの無い様子で上半身を起こした。

 だけに留まらず、その勢いのまま頭からニコに突っ込んだ。

 その速度は尋常ではなくニコの引き足にぴったりと張り付くほど。

 避けきれない。

 瞬時に判断し攻撃が来るであろう腹部の前で腕を交差させる。

 めきり、と頭突きの衝撃が響く。


「う、グっ!」


 咄嗟に片足で後ろに跳んだ。

 腹部まで衝撃は届かなかったが、腕には明確なダメージを受けた。

 とても骨だけの体の威力とは思えないほどだ。受け続ければ腕が上がらなくなるだろう。

 腕に目を向けていたニコが前を向くと、真っ暗な眼窩が間近に見えた。

 ほんの一秒目を離した間、ニコが後ろに跳んだと同時にスケルトンも追撃の為に前に出ていたのだ。


「まずっ」


 めきり。

 躊躇などあるはずも無く、ニコの顔面に硬い拳が叩きつけられる。

 宙にあったニコの体は後頭部から地面に叩きつけられ、そのまま縦に1回転した。

 軽い体に見合わない、理外の拳。

 並みならこれで頭がザクロのように潰れてお陀仏だ。

 幸いにもニコは並ではない。

 1回転し、そのまま綺麗に着地して即座に右ストレートを放った。


「はあっ!」


 これはスケルトンも対応できず、頭蓋骨へと拳が突き刺さる。

 だが、やはり手ごたえは軽い。

 スケルトンが仰向けに大きく吹っ飛ぶが、ダメージなど無いかのように容易く体勢を立て直した。

 その間にニコは自身のダメージを確認する。

 鼻血がだらだらと出ているが、骨に異常は無い。この程度であれば連続で何度も喰らわなければ問題ないだろう。


「やっぱり効いてない!」

「ニコちゃん、骨を砕かないとダメージにはならないでござるよ!」

『試験なんですから口出しダメですよ!』


 心配そうに見ていたサムライがついに声を上げた。

 すぐさまリタの注意が入る。

 やっぱりそうなのか。

 あまり良くない事かもしれないが、聞いてしまった以上はしょうがない。

 ニコは戦い方を変えることにした。

 おそらく立ったままのスケルトンに攻撃を加えてもその軽さ故に衝撃はまともに入らない。

 ならば衝撃が逃げないような攻撃を加えて骨を砕けばいい。

 狙うは脚。

 ニコは作戦を決め、体を深く沈ませた。

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エリアJ 柳澤 @Mister-yanagi

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