第33話 協会

「うわ、すごいですね」

「俺も来るのは久々だ。改築したとは聞いてたが……こんなにでかいとは」


 ニコとバンダの二人は試験の為に探索者協会を訪れていた。

 三棟のビルが渡り廊下で繋がった形をしており、上から見れば綺麗な三角形になっている。

 周囲には毛皮を身に纏った者や革鎧を着た者、弓矢を背に携えた者などビルをバックにするにはアンバランスな者ばかりだ。

 銃を持っている者もいるが、大半がリボルバーのような銃であったり軍人すら鼻で笑えるような重装備の者ばかりだ。


「普段来ないんですか?」

「仕事は直接俺に来るか、開拓者協会に行くからな。こっちには来ねえ」

「なるほど……あ、あれサムライさんですよ」


 ニコの目線の先にはビルの入り口前で仁王立ちするサムライが居た。

 隣にはスーツを着た女性が立っている。茶髪を後ろで結んだ美人の女性だ。

 強者独特の威圧感のようなものは一切無く、サムライに気付いていない者も多い。

 だが、気付いた者は誰もが頭を下げていた。


「こんにちは!」

「こんにちはでござる」

「こんにちは。えっと……あなたが本日の受験者のニコさんですか?」

「はい。よろしくお願いします」

「試験監督を行うリタ・ペルゼと申します。ニコ様、本日は宜しくお願い致します」


 そう言うとリタはぺこりと頭を下げた。

 それだけで、サムライの推薦と言えども良い意味でも悪い意味でも特別扱いはしないという事が伝わってくる。


「そちらは?」

「付き添いです。バンダと申します」


 バンダの珍しい敬語にニコとサムライが目を丸くした。

 何か文句でもあるのか? と言いたげに睨みつけると二人は目を逸らした。


「バンダと申します……ですって」

「気色悪いでござる」

「おい、聞こえてるぞ。じゃあ普通に話すか」

「全然問題ありませんよ。バンダ様……ポーターで知られるバンダ様ですか?」

「一応そうだな、一応」

「ご謙遜なさらないでください。有名ですよ」

「そこのには負ける」


 バンダが目線を向けると、リタも同じ様にそちらに目を向けた。

 そこにはでれでれと威厳のかけらもない表情でニコの頭を撫でるサムライが立っていた。

 リタがため息を吐きながら額に手を当てる。


「はぁ……これが探索者の頂点なんて泣きそうになりますよ。もっと威厳を出して欲しいんですがね……」

「……普段からこうなのか。ニコの前だけだと思ってたが」

「動物でもなんでも可愛いもの見るとこうなりますよこの人。せめて協会内ではやめてほしいんですが」

「これを直せと言われる筋合いは無いでござる」

「協会から口出しできる事じゃないのは分かってますけど、あなた自分が探索者の顔だってこともっと理解してくださいよ!」

「無理でござる。じゃあ行くでござるよー」


 こういったやり取りはよくあるのか、サムライは意にも介さないまま入口へと向かっていった。

 リタはにこやかな顔で二人を入口へと促した。額に薄く浮いていた青筋には誰も言及しなかった。

 中に入ると、活気のある空気が充満しているのが肌で感じ取れる。

 いくつか設置されている巨大な電光掲示板にはそれぞれ高値の素材や新しく発注された依頼が数多く並んでいた。


「探索者協会は主に探索者への依頼の仲介や素材の買い取りを基本業務としています。探索者達は個人事業主として扱われます。と言っても、普通の会社や社会とここは大きく異なるので、当てはめたらといったところですが」

「探索者ってのは何人くらいいるんですか?」

「約1万人です。多いようにも思えますが、探索業のみでは生計が立たず兼業している方も数多く居られます」

「探索業だけで生計が立つ人はどのくらいいらっしゃるんですか?」

「トウキョウエリアですと、2000人から3000人ほどでしょうか。狩りをメインにしている方や、植物や鉱物を収集している方など様々ですよ」

「数が多いと、良い事も悪い事もあるでござる」


 ニコは興味深々に質問を繰り返している。

 くるりとサムライが振り向いて話し始めた。


「良い事としては、素材の供給が安定するでござるな」

「買い取り価格が下がりもしますが、協会で最低価格を決めているのでそれ以下にはなりません」

「悪い事として素材収穫の競合の末に狩場の独占を行いだす者が出るでござる。また、特定の素材を狩りつくしてしばらく保管し、市場価格の吊り上げを狙う者もいたでござるな」

「儲かりはするだろうが、デメリットがでかすぎる」

「バカはやるんでござるよ。そういった場合、協会からの制裁を受け、悪質な場合はASSFに引き渡して起訴されるでござるな。エリアJでの素材関係の犯罪はほとんどが極刑もしくは無期懲役になる故、そこから帰ってきたものはいないでござる」

「制裁っていうのは……?」


 ニコが恐る恐る聞くと、にこっと笑いながらサムライは自身の腕をぱんぱんと軽く叩いた。

 リタに視線を向けるとこくりと頷いた。


「たいていの場合制裁依頼に関しては生死問わずとなるので、ニコ様はそういったことの無いようにお願いしますね?」

「ま、まだ受かってないです……」

「そうでした。優秀だとお聞きしてましたので、ついもう受かった前提で話してしまいました」


 バンダの価値観は『普通』とはかけ離れている。ポーターとしての特殊な死生観を持っているのだ。

 そのバンダから見ても、また違った特殊な死生観を持っているのではないかと感じた。

 生死そのものや命の奪い合いが日常であり、ごく普通の事である。

 そんな印象を受けた。

 ニコもそういった何かを感じたのか、引きつった笑顔を見せていた。

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