第32話 バー
「お前わざと喰らっただろ」
「何でござるか、急に」
道場の外でバンダとサムライは向かい合って缶コーヒーを飲んでいた。
「あれに当てられない訳もないし、喰らう訳もない」
「それなりに当てるつもりはあったでござるよ」
「頭に打たせたいのも分かってたな?」
「あの作戦を考えたのはバンダ殿ではござらんか?」
「……あいつの為にならねーだろ」
「拙者が求める水準には至っていると判断した。だからいいんでござるよ」
バンダは苦い顔をしたが、最終的には諦めたように大きく息を吐いた。
「まあ、そもそも条件を出したのはお前だしな。これ以上何も言わねえけどよ」
「いい保護者でござるな」
「うるせえぞ」
「途中で気付いたでござるが、拙者にニコちゃんを推薦させようと考えたのは時間短縮の他にも理由があるでござるな?」
「…………」
「拙者にも色々と情報網があるでござる。ニコちゃんの居た施設に資金提供していた者やニコちゃんを狙おうとする組織に対するけん制ってところでござるか?」
「ああ、そうだよ。バックなんかいるかも分かんねえし、人さらいやるようなとこもねえとは思うけど、念の為な。俺の名前だけだとイマイチだからな、サムライの推薦受けてるってなりゃ手出しするのはバカか自殺志願者の二択だ」
「酷い言い様でござるな」
「事実だろ。……先に言わなかったのは悪かった。それを言ったら推薦自体を嫌がるかと思ってな」
「そんなに器の浅い男ではないでござる」
軽口を叩きながら二人が道場に戻ると、中央ではニコがASSFの隊員達に胴上げをされていた。
ニコはどうリアクションを取ればいいのか分からないようで、空中でわたわたと手足を動かしている。
ピースは職務に戻ったようで既にその姿は無かった。
グリムは相変わらずの仏頂面で壁際に立っている。
「夜に祝勝会でもしてやるか」
「……お金あるの?」
「コイツから貰ったからな」
そう言ってバンダはサムライを指さした。
かなりの金額だったようでその表情はかなり嬉しそうだ。
「拙者も顔を出していいでござるか?」
「奢らねえぞ」
「そんなこと言わないでござる。ポーター殿じゃあるまいし」
「おめえにたかったことねえだろ!?」
「では夜にグリム殿のバーで」
そう言うとサムライは踵を返した。
少しだけニコの方を見て微笑ましそうに眼を細ませてから。
「……あ。そういえば、あの店の名前はなんて言うのでござるか? 友人に聞かれていたでござる」
「グリムのバー」
「いや、店名でござる」
「「グリムのバー」」
二人が口を揃えて言った。
サムライは言葉に詰まったまま、苦笑いを見せてその場を後にした。
「……変?」
「変だろ。で、あれどうする?」
未だに胴上げされているニコに目を向ける。
「私もそろそろ帰る」
「一緒に帰らないのかよ」
「今日はおやすみ」
「そうか。じゃあほっといていいな。俺もこのまま昼飯でも食いに行くか」
「来るの?」
「いや、港町にきたねえが飯はうまいところがあってな」
「そう。じゃあ夜に」
「おう」
そうして二人も道場を後にした。
ニコが怒って珍しい大きな声を上げるまで、胴上げは続いていた。
そして夜。
店前には貸切の看板が立ち、ニコ効果で客の入りが良くなっていたグリムのバーは普段よりは静かだった。
店内はバンダやサムライ、ASSFの隊員達がのんびりと酒を嗜んでいる。
バンダ、サムライは元々酒の席で騒ぐ性格ではなく、隊員達も店に迷惑を掛けたら一日組手だとピースに釘を刺されているからだ。釘を刺した当人は酒が入ると暴れまわるのだが。
「ウエイトレス姿がすっかり板についたな」
「そうですか? ありがとうございます」
「本当にかわいいでござるよ。飾りたいぐらいでござる」
「お前が言うとなんか……」
「図体がでかくてもかわいいという権利はあるでござる」
「似合わねえ。グリム、ウイスキーとピザをくれ」
「ミックス?」
「ポテトに決まってんだろ! それ以外はピザじゃねえ」
「……変な人でござるなあ」
と言ってもそれなりに酒の入った二人は普段よりも会話が妙になっていた。
ASSFの隊員達もそれなりに出来上がってはいるようで、時折かみ合っていない会話が聞こえてくる。
サムライに握手してもらった者も居る。ハゲ頭を叩こうとした猛者はその場で縦に一回転させられた。
「そういや、今日は休みじゃねえのか?」
「私が働くって言ったんです! なんだかこれももう生活ルーティーンみたいになっちゃって」
「助かる」
グリムも無表情のままだがどことなく嬉しそうだ。
「試験の日はいつなんだ?」
「来週でござる」
「そりゃ……早くもないか。充分準備期間はあるな」
「拙者気遣い出来る故」
「見た目と違ってってか」
「……傷の治りは早いんでござるよな?」
「ぶった切れた腕も簡単に治るくらいには……おい、何する気だ! やめろ!」
サムライがバンダにアルゼンチンバックブリーカーをかまし、店内は大盛り上がりになった。
ニコもそれを見ながら大笑いしていた。
ここに来れて、この人たちの仲間になれて本当に良かった。
そう思いながら。
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