第31話 挑戦

 月日が過ぎるのは早く、あっという間にサムライとの試験の日となった。

 ASSFの道場にはピース、バンダ、グリム、ASSFの隊員達が勢ぞろいしている。

 そして道場の中心にはニコが立っており、サムライを待つだけだ。


「がんばれニコちゃーん!」

「俺達は全員味方だぞ!」

「ニ! コ! ちゃん! ニ! コ! ちゃん!」


 ASSF隊員たちの異様な熱狂にバンダは顔を顰めていた。


「……なんだこりゃ」

「ウチは女っけがねえからなぁ」

「ちょっと怖い」


 バンダとピースはどっかりとあぐらをかいており、グリムは背を壁に当てることもなくぴしっと立っている。性格の差がよく出ている待ち姿だ。

 決められた時間の数分前になると入り口付近の隊員が急に静まり、全員が入り口を向いた。


「ぶははは! ウチの奴らが怯えてるぜ!」

「即座に反応してるとこ見るだけでも、ASSFの隊員達が強いのは分かる。でもよ……」


 ぬうっとその男が道場に現れた瞬間空気が凍り、隊員達は一斉に口をつぐんだ。

 普段のへらへらとした笑みを一切見せず、ニコを敵として認識しているサムライの姿がそこにあった。


「ありゃ別次元だわな」

「ん。あれはおかしい」


 隊員達はその闘気に当てられてたじろいでいる者が大半だ。

 平然としているように見えるバンダ達三人も内心では冷や汗をかいている。

 三人も隊員達と比べれば確実に格上なのだが、その三人が口を揃えて別次元だと確信を持っている。

 それがサムライという男。

 サムライはニコの前に立ち、僅かに目を大きく開けて観察し始めた。


「成長したでござるな」

「ありがとうございます」

「正々堂々、手は抜かないでござるよ」


 そのまま横を通り、奥に置かれていた棍を持ってサムライはニコと対峙する。

 無骨な木製の棍だがその恐ろしさは身をもって知っている。

 互いが構え、サムライが僅かに驚くような表情を見せた。

 ニコが腕を下げて頭を一切ガードする気が無いと言わんばかりの構えを取ったからだ。


「……入れ知恵されたでござるな」


 サムライがちらりと横を見た。

 入れ知恵した本人は全力で目を逸らしている。


「教えてはもらいましたけど、最終的に具体的な作戦を考えたのは私です」

「ならいいでござる。誰か、開始の合図を頼むでござるよ」

「おう、オレがやってやるよ」


 ずいっとピースが立ち上がって前に出た。

 全員が固唾を呑んで見守る中、ゆっくりとピースが手を上げる。


「準備はいいな?」

 

 そしてそのままあっさりと戦いの幕が上がった。


「はじめぇい!!」


 ピースの声と同時に手が振り下ろされ、即座にピースが離れる。

 中央の二人は睨み合っている。開始と同時に攻める様子はない。

 当然この状況は均衡している訳ではなく、サムライは余裕を持ってニコの行動を待っているだけ。対してニコは重圧と緊張から足を前に出せないでいた。

 これまでの訓練では一度も見せなかったサムライの本気に近い重圧が足を絡めとっている。


「……」

「……ふぅー……」


 ニコがゆっくりと息を吐いた。

 気合を入れたのか、そこから行動を始めた。

 じりじりとすり足で少しずつ距離を詰めていく。足を上げれば、そこをすくわれかねない。

 頭のガードを捨て、一撃が飛んでくる前に一撃を確実に当てる。

 少しずつ少しずつ間合いを詰めて仕掛ける距離を見計らっている。

 そのような状況に見える。

 その見極めに失敗すれば手痛い一撃を喰らい、行動不能になる可能性が高いだろう。

 この場にいる全員がそれなりに高いレベルの実力者、全員が決着までの流れを予感していた。

 おそらく、一瞬の打ち合いで勝負は決まる!

 

「ふっ!」


 ぼっ、という音と共に棍が空を切った。

 ニコの顔面すれすれを通り過ぎたそれは攻撃ではなく警告。

 当てるつもりはなく、そこから先は攻撃が当たるぞ、ということ。

 それが分かっていても額には汗が流れていた。

 だがそこでニコは誰もが予想していなかった行動に出る。

 すり足をやめて思いっきり踏み込んだのだ。

 あと一歩で打ち込めるという位置まで。

 当然それとほぼ同時に鋭い攻撃が飛んでくる。

 横薙ぎと突きの中間のような軌道の攻撃。頭を狙った攻撃だが、奥にも伸びる上にしゃがんで避けようとしてもそのまま叩きつけに繋げられる。防ごうにも正面からは点に近い軌道な上、とてつもなく素早い為横から弾くのも難しい。

 ニコは頭部を守る構えをせず、よくて相打ち狙い。

 誰もがそう思っていた為、次の瞬間起こった事に驚愕の声が上がった。

 下からのかち上げで棍を弾いたのだ。


「おっ!?」


 サムライが僅かに驚きの声を上げる。

 ニコは頭部の守りを捨てたのではない。

 むしろ逆、頭部しか守る気が無かった。

 腕は下げていたが、頭部周辺に全神経を注いでいた。

 胴を狙われていたら反応出来ず防ぎきれなかっただろう。

 間髪入れずにさらに踏み込む。


「ぅああああぁああ!!」


 右拳が深々と脇腹に突き刺さった。

 どぉん、という衝撃音の後に静寂が場を支配する。

 それを崩したのはサムライの一言。


「うん、合格でござる!」

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