第30話 攻略

「攻略法、教えてやろうか」

「なん、ですか? い、き、なり……」


 翌朝の走り込みは一層ハードになった。

 ニコがそれを望んだからだ。

 ここでもニコは自身が調子に乗っていたことを改めて思い知らされた。

 明らかに厳しくギリギリでクリアできるタイムを提示され、それを走り切って自身は酸欠で目の前がちかちかしている。だというのにバンダは息切れすら起こしていないのだから。

 唐突な提案の意図を酸素不足の頭では理解しきれなかった。


「サムライの攻略法だ。攻略と呼べるほどのものでもないが……手助けにはなるだろうよ」

「それって、ずるく、ないですか?」

「事前調査なんか誰でもやることだ」


 息を整えながらニコはゆっくりと考えた。

 正直な気持ちだけで言うと、断りたかった。そうでない事は何となくわかるが、卑怯な気がしたからだ。

 それを目の前の男に素直に言ったところで卑怯の何が悪いんだと返ってくるだろう。

 このままでは戦いという土俵にすら立てないのも事実。

 今や卑怯だと言うプライドも無い。


「……教えて、ください」

「意外だな。そんなの聞かなくて大丈夫です! なんて言うかと思ったが」

「……昨日までの私が馬鹿だったんです」

「いいだろ、教えてやるよ」


 ニコに水を渡し、自身も一口水を飲んでから話し出した。


「存在強度が一定以上になると、それぞれ身体能力の何かしらが異常な発達を遂げる。例えば俺は持久力だ。酸素の消費や体内に取り込む能力が異常に優れている上に、心拍も上がりにくくなっている。他にも色々あるが、まあ分かりすく言うとそれだな」

「はい」

「サムライは目だ。あいつの目はほんの僅かな筋肉の緊張や収縮すら捉える。敵が無意識にやっている重心移動すら見えるそうだ」

「……あ、もしかして」

「それを使い、重心を利用して簡単に敵を転ばしたりできる」

「それ、やられました」

「対策としては常に重心を意識することだな。重心が僅かにも偏らなければ利用されることは無いだろう」


 バンダは簡単に言うが、かなり難しい事だ。


「あとは……そうだな、俺が知ってる事では……あいつは型を持たない」

「型ですか?」

「剣術の流派みたいなもんだな。サムライは目で弱点を見極め、そこを突く。それを高い身体能力で行う。それだけだ」

「……対策、とかは」

「無い。型が無いからどんな局面、相手にも対応できる。それがサムライだ」

「どうすればいいんですかそれ!」

「さあな。それを考えるのがお前の宿題だろ。俺なら一撃貰うの覚悟で組みに行くが、お前には出来ないしなぁ」


 いつものようにおちゃらけた様子ではなく、本気でそう思っているようだ。

 出し渋っているわけではなく、本当にそのくらいの情報しか知らないのだ。

 バンダもそれなりの仲とは言えどもサムライの本気の戦闘は見たことが無い。


「攻略法どころか、ますます頭を抱えそうなんですけど」

「難しい事してないからな。シンプルイズベストを地で行く男だ」

「それに、私は拳ですけどサムライさんは武器を使うじゃないですか。リーチの差が厳しくて」

「うーむ……うまく行くかは分からんが、1つだけ策がある」

「教えてください。藁にもすがりたい気分です」


 バンダがその策を説明すると、ニコは顔を青ざめさせた。


「難易度高いなんてもんじゃありませんよそれ!」

「ピースに言ってそれを重点的に鍛えてもらえ。あいつも実力者、サムライの戦いに近い動きは出来るだろう」

「……でも、他に糸口も無いですもんね」

「博打に近い上に、サムライなら分かって簡単に対処してくる可能性が高い。いかに自然にそれが出来るかだ。一発勝負になるだろうな」


 ニコはうんうんと唸って悩んでいたが、最終的には覚悟を決めたようでバンダの案を採用することにした。

 バンダもこれ以上の助言は本人の為にもならないだろうと考えた。

 実はバンダが持っている情報はもう1つ残っていた。

 サムライが持つ唯一の技をその目で見たことがあるのだ。

 技の説明をされたわけではないが、直に見れば何をしたのか少しは理解できる程度にはバンダにも武の心得はある。

 それまで言ってしまうのはフェアではないと感じた。

 何より、それを使うほどサムライが大人げない人物ではない事を知っているから。


「よし、じゃあ続きは後で考えろ。少し休み過ぎた、さっさと再開するぞ」

「はい!」


 そしてまた二人は走り出した。

 ニコは日に日に見違えるように良くなっている。

 最初は身体能力だけが高く体の使い方を分かっていない印象であったが、今ではどう地面を蹴ると足への負担が少ないのか、どう呼吸をすれば酸素を取り込みやすいのか、そういったことをしっかりと理解して実践できている。

 それがドラゴンの細胞を移植されたことによるものなのか、本人が生まれながらに持つ才能なのかは分からない。

 バンダはなんとなく後者のように感じていた。

 このまま訓練と経験を積んでいけば、各道のスペシャリストにも引けを取らなくなるかもしれない。

 俺も鍛え直す必要があるかもな。

 めきめきと成長していく姿を目にして、そんなことを考えていた。

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